ハワード・ストリンガー
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| Howard Stringer ハワード・ストリンガー |
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![]() 2009年9月、メトロポリタン歌劇場にて |
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| 本名 | Howard Stringer | ||||||
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| 生年月日 | 1942年2月19日(67歳) | ||||||
| 出生地 | |||||||
| 職業 | ジャーナリスト、プロデューサー、 実業家 |
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| ジャンル | ドキュメンタリー | ||||||
| 主な作品 | |||||||
| 『CBSドキュメント』(スタッフ) 『CBSレポート』(エグゼクティブプロデューサー) 『CBSイブニングニュース』(エグゼクティブプロデューサー) |
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ハワード・ストリンガー(Sir Howard Stringer、1942年2月19日 - )は、ウェールズ出身でアメリカ合衆国のジャーナリスト、プロデューサー、実業家。学位は近代史学修士(オックスフォード大学)。ソニー株式会社取締役、代表執行役会長兼社長(最高経営責任者(CEO))。
CBSニュース社長、CBS放送社長、テレTV会長・最高経営責任者、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ会長・最高経営責任者などを歴任した。
目次 |
[編集] 人物
名門オウンドル・スクール卒業後オックスフォード大学で歴史を学び、同大学の大学院を修了した。同大学で近代史学を専攻し文学士および、文学修士の学位を取得した[1]。後年、エリザベス女王から「ナイト」(士爵)の称号を得ている。1978年にはエミー賞の放送ジャーナリズム賞を受賞し、2003年には英国映画テレビ芸術アカデミーのキュナード・ブリタニア賞を受賞するなど、多くの賞を得ている[2]。自称「ソニー戦士」。日本の大手企業トップの中で、ただ一人の、ベトナム戦争に徴兵され従軍したベトナム帰還兵である。
[編集] スローガン
[編集] 「ソニー・ユナイテッド」
2005年、会長兼CEO就任直前、ソニー幹部社員1,000人を集め、「マンチェスター・ユナイテッドみたいな話だが、ソニーは『ソニーユナイテッド』になるべきだ」と訓示した。
これは「グループ全体が一致団結すべきだ」というメッセージである。彼は、現在のソニーをこうみている。組織はアナログ的なタテ社会で、縦割りの体質がある。社員はそれぞれの小さなタコツボの中に入ったまま、出てこない。タコツボの壁を横断する形でコミュニケーションを取っていなかった(いわゆる“サイロ型システム”)。これらは、典型的日本社会の特徴とされてきたところであり、通常の日本人にとり、ソニーは最もそれらと無縁と思われてきた。しかし外国人であるストリンガーの目には、ソニーこそその悪循環の縮図が展開されていると見えたのである。
ソニーユナイテッドは、「これまでの壁を取り払った会社になろう」というメッセージである。製品ラインや境界線を越えて全社的にコミュニケーションすることを求めている。さらに、部門間の垣根を越えた、シャッフルするような領域横断的な文化を求めている。これは、例えば、従来型の旧い技術者にとり、頭の切り替えが難しいことである。とすれば、ストリンガーは、技術者の頭の切り替えをも望んでおり、狭い専門知識にとらわれるのではなくソニーのためになる行動を求めている。
[編集] 異例な経歴
- 日本の大手企業トップに外国人が就任する先駆的な例となった。
- ジャーナリスト出身者が巨大企業の経営トップに就任した例は世界的にも珍しい。
[編集] 受賞歴
- 英国国王からナイト爵位を授与(1999年12月31日)
- 1974年から1976年にかけて、エミー賞を9回受賞(ジャーナリスト、ディレクター、プロデューサーとして)
- 英国ウェールズ音楽演劇大学 名誉フェロー(2001年)
- オックスフォード大学マートン校 名誉フェロー(2000年)
- グラモーガン大学名誉博士
- リンカーン・センターで表彰
- テレビ・ラジオ博物館からVisionary賞を受賞(2007年2月)
- ウェールズテレビ協会殿堂入り(1999年11月)
- スティーブン・ロス記念人道賞(1999年5月)
- 放送・ケーブル殿堂入り(1996年)
- 憲法修正第1条リーダー賞
- アメリカ陸軍から栄誉章
[編集] 略歴
[編集] イギリス時代
- 1942年ウェールズのカーディフ生まれ。
- 少年時代は裕福ではなく、奨学金をもらってパブリックスクールに通った。
- オックスフォード大学卒業、同大学大学院修了。学位は、近代史学修士(オックスフォード大学)。
[編集] CBS時代
- 1965年2月、200ドルだけ持ち米国に移住し同年4月に米国の放送局CBSに入社するも、翌月米陸軍に徴兵されベトナム戦争に従軍。従軍理由について、移住先の米国では経済的に厳く生活が苦しかった故に、軍事特別手当てが支給されるアメリカ軍へ入隊したと『CBSドキュメント』のインタビューで語っている。後年、アメリカ軍より勲章を授与されている。
- ベトナム戦争から帰還後、CBSに復帰。
ジャーナリスト・テレビ製作者として、30年以上のキャリアを同局で築いた。
- いわゆるCBSドキュメントの制作に携わった。「パレスチナ解放機構(PLO)」や「アイルランド共和軍(IRA)」・「ボートピープル」などいずれもハードな内容の報道である。
- 1974年から1976年にはライター、監督、ディレクターを勤めた。
- 1976年~1981年 CBSレポート エグゼクティブプロデューサー
- 1978年7月 皮膚科医のジェニファー・パターソンと結婚。
- 1981年~1984年 CBSイブニングニュース エグゼクティブプロデューサー
- 1985年 米国市民権を得た。
- 1986年~1988年 CBSニュース社長就任。
- 1988年~1995年 CBS本社社長。好業績を残した。この間、主にニューヨークと英国に住んでいた。
なお、CBSテレビは日本のTBSと完全独占契約を結んでおり、ストリンガーが作成したドキュメンタリーが当時の日本で大量に放映されたものと思われる。
- 1995年CBS社長を退職してテレTVの会長兼CEOになった。
[編集] ソニー時代
- 1997年5月出井伸之によって、ソニー米国法人の社長としてリクルートされる。この時の権限はかなり小さく報酬も前職をかなり下回るものだった。
- 1998年12月 ソニー米国法人の会長兼CEOに就任。
- 1999年6月 ソニー本社の経営陣に入る。取締役就任。
- 2003年6月 ソニー本社の副会長に就任。
- 2003年11月 COOを兼務。
- 2005年6月22日 会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。
- 2009年4月1日 会長兼最高経営責任者でありながら社長も兼任。
[編集] 業績
- 米国事業をソニーの稼ぎ頭に成長させた。
- 映画事業を軌道に乗せた。従来のソニー・ピクチャーズ(コロンビア映画)に留まらず、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)買収を成功させた。しかしながら、MGMの経営をコントロール出来ず、ソニー・ピクチャーズがMGMライブラリの配給権やDVD販売権を失うなど、米メディア首脳との私的な会合で「ドジを踏んだ」と発言したと報じられている[3][4]。
- レコード事業では、BMG(RCAビクター、アリオラ・レコード、アリスタ・レコード等)を買収し、旧CBSレコード等の既存のソニーの事業と完全統合させた。
[編集] 脚注
- ^ "Sony Corp (SNE:NYSE)", Howard Stringer: Executive Profile & Biography - BusinessWeek, McGraw-Hill.
- ^ "Awards for Howard Stringer (I)", Howard Stringer (I) - Awards, Amazon.com.
- ^ 「ソニー、MGM買収で大きな誤算」米紙報道 2006年10月22日 NIKKEI NET
- ^ Why Sony Is Now A Bit Player At MGM 2006年11月20日 BusinessWeek
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年12月5日 (土) 08:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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