ハーデース
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ハーデース(古典ギリシア語:ΑΙΔΗΣ, Ἅιδης, Hādēs) は、ギリシア神話の冥府の神。一部の神話では、オリュンポス十二神の1柱としても伝えられてもいる[1]。日本語では長母音を省略してハデス、あるいはハーデスなどとも呼ばれる。クロノスとレアーの子で、ポセイドーンとゼウスの兄である[2]。ペルセポネーの夫。
のちに冥府が地下にあるとされるようになったことから、地下の神ともされる。また、さらに後には豊穣神(作物は地中から芽を出して成長する)としても崇められるようになった。
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[編集] 名称
西洋古典文学では、この神のギリシア語表記 Ἅιδης を「ハーデース」と転写するのが慣例となっている。しかし古典ギリシア語の発音(再建音)に従えば、ハーイデース(Hāidēs)と読むのが最も近い。ホメーロスやヘーシオドスの叙事詩など(イオニア方言)では、アイデース(Ἀΐδης)やアイドーネウス(Ἀϊδωνεύς, 見えざる者)と呼称されていた。地下の鉱物資源の守護神でもあることからプルートーン(Πλούτων, 富める者)とも呼ばれる。このほか、クリュメノス(Κλυμένος, 名高き者)、エウブーレウス(Εὐβουλέυς, よき忠告者)などの異名もある[3]。
ウィキペディア内での表記についてはWikipedia:ウィキプロジェクト ギリシア神話を参照
[編集] 概説
生まれた直後、ガイアとウーラノスの「産まれた子に権力を奪われる」という予言を恐れた父クロノスに飲み込まれてしまう[4]。その後、末弟ゼウスに助けられクロノスらティーターン神族と戦い勝利した。クロノスとの戦いに勝利した後、ゼウスやポセイドーンとくじ引きで自らの領域を決め、冥府と地底を割り当てられたとされる[5]。しかし、ホメーロスなどの古い時代の伝承によれば、ハーデースの国は、極西のオーケアノスの流れの彼方にあるとされていた[6]。
オリュンポス十二神の中で唯一席を与えられておらず(十二神には含めないとの説もある)、冥府の王というイメージから、弟ゼウスとは不仲とされ、往々にして悪役として表現されることが多い。しかし、種々の文献や神話を見る限りそのようなことは少なく、ハーデースの悪評は冥府・死者の世界に起因する感覚的なものや誇張表現であると言えるだろう。
[編集] 后ペルセポネー
ハーデースはゼウスなどと異なり、冥府の神であるが故に畏怖されたためか、神話や物語が少ない。その中で唯一際だっているのが、后であるペルセポネーの略奪をめぐる話である。ペルセポネーはゼウスと大地の豊穣の女神デーメーテールの娘であり、コレー(「娘・少女」の意)の異名を持つ。ペルセポネーはまたデーメーテールと共に「2柱の女神」とも呼ばれる。ペルセポネーは冥府の女王として、ハーデースの傍らに座しているとされる。
[編集] 神話
[編集] ペルセポネーの略奪
『ホメーロス風讃歌』中の『デーメーテール讃歌』によれば、ハーデースはペルセポネーに恋をして、ニューサで花を摘んでいたコレー(ペルセポネー)を略奪して、地中に連れ去ったとされる[7][8]。ニューサは山地と伝えられるが、具体的にはどこの山であったのか諸説があり、明確には分からない。またニューサ以外の土地でハーデースはコレーを攫ったとする伝説もある[9]。
ハーデースがペルセポネーに恋をしたのはアプロディーテーの策略であるとされている。ペルセポネーが、アテーナーやアルテミスにならって、アプロディーテーたち恋愛の神を疎んじるようになったことに対する報復として、冥府にさらわれように仕向けたとされる。ある日ハーデースは大地の裂け目から地上を見上げる。そこにニュンペー達と花を摘んでいたペルセポネーが映る。そこをアプロディーテーの息子エロースの矢によって射たれ、ハーデースはペルセポネーに恋をしたとされる。
一方ではハーデースはエロースとは関係なく、普通に一目惚れしたとの説もある。
コレーに恋をしたハーデースはコレーの父親であるゼウスのもとへ求婚の許可を貰いに行くが、ゼウスはコレーの母親であるデーメーテールに話をつけずに結婚を許した上に「女性は強引な男に惚れる」と恋愛に不慣れなハーデースを煽り立てる言動まで行っている。弟であるゼウスの言葉を真に受けたハーデースは水仙の花を使ってコレーを誘き出し、地下の国へ攫っていくが、母と地上を恋しがって泣くコレーに対してそれ以上強引な行動に出ることが出来ずに事態は膠着状態に陥ってしまった。
[編集] デーメーテールの地上彷徨
オリュンポスでは、ペルセポネーが行方知れずになったことを不審に思った母デーメーテールが、太陽神ヘーリオスから、ゼウスとハーデースがペルセポネーを冥府へと連れ去ったことを知る。女神はゼウスの元へ抗議に行くが、ゼウスは取り合わなかった。
デーメーテールは娘の略奪をゼウスらが認めていることに怒り、オリュンポスを去って地上に姿を隠す。女神は地上で老女の姿となって、炬火を手にして、各地を放浪して娘の行方を探る。デーメーテールが地上を彷徨していたあいだ、各地で様々な伝承を残す。もっとも有名なものは、女神がエレウシースを訪れたときの物語で、エレウシースの秘儀はこの神話から始まっているとされる[10][11]。
デーメーテールは大地の豊穣を管掌する大女神であったため、デーメーテールがオリュンポスを去った事によって、地上に大規模な不作や凶作をもたらした。ゼウスはデーメーテールに娘の帰還を約束するが、条件を付けた。コレーが冥府にある間、食物を一切、口にしていないというのがその条件であった[12]。
[編集] 四季の始まり
ペルセポネーは冥府にあって、一口の食物も口にしなかった。しかし、女神はヘルメースがゼウスよりの使者として訪れ、彼女の地上への帰還を伝えに来たとき、うっかりしてハーデースの勧めを受け入れザクロの実4粒食べてしまった[13]。ハーデースの支配する冥府では、冥府で食物を食べたものは、誰であろうともはや地上には還れない規則となっていたが、ペルセポネーはこの禁を犯してしまった
ハーデースはペルセポネーを地上に還し、母親デーメーテールに渡す。しかしペルセポネーがすでに冥府でザクロの実を食べていたことが分かったため、ペルセポネーは再び冥府へと戻らねばならない定めとなる。デーメーテールの主張やオリュンポスの神々の意見を元に、神々の父ゼウスはこの問題に採決を下し、ペルセポネーは1年の3分の1はハーデースの許で暮らし、残りの3分の2を神々の世界や地上に暮らすとした[14][15][16]。
この神話がエレウシースの秘儀で伝授される「神秘」であるが、これは植物の冬季における枯死と、春における再度の蘇りの神話である。またこの神話は、地上に四季が存在することの根拠譚でもある。すなわち、このような経緯をもって母娘共に大地の豊穣を約束する女神(デーメーテールとペルセポネー)が、1年のある期間にあって不在となったため、冬が生まれ、四季が生じたとする起源譚となる。
[編集] 冥府の女王ペルセポネー
ハーデースの略奪によって冥府に来たペルセポネーであるが、女神は、英雄ヘーラクレースが冥府に降りてきた際、冥府の女王として、ハーデースの傍らの玉座にあり、あるいはオルペウスが亡き妻の帰還を求めて冥府くだりを行ったときにも、ハーデースと共に玉座にあった。ペルセポネーは恐るべき「冥府の女王」ともされる。
[編集] その他の説・補足
大まかな経緯は上記に述べたとおりだが、ハーデースのペルセポネー誘拐には諸説伝えられている。
- ハーデースはエロースの矢で射たれたのではなく、純粋に一目ぼれした
- ゼウスの手を借りず、ハーデースが独断でペルセポネーを拉致した(これは主にハーデースが悪役として描かれる場合に多い)
- ゼウスがハーデースの申し出にあっさり許可を出したのは、デメテルがOKを出さないことを見越していたから。実はハーデースも同じ意見で、2人は最初からデメテルに無断で攫うつもりだったとも
- ハーデースはデメテルの許可も取ろうと考えていたが、ゼウスが「私から説得しておこう」と言ったのでデメテルには黙っていた。ゼウスは説得に行かなかったとの説や、行ったがデメテルの機嫌が悪く、言い出せなかったという説も
- ペルセポネーがザクロを食べてしまった理由は上記の他に、空腹に耐えかねて食べてしまったとの説、冥府の庭師が騙して食べさせた説、掟を知らない彼女が冥府でハーデースに丁重に扱われた感謝の意味で軽い気持ちで食べてしまったとの説、また、ペルセポネーが地上に帰れることになって喜んだときにそのほころんだ口元にハーデースがすかさずねじこんだという説もある
- ペルセポネーの食べたザクロの数は6粒
- ゼウスの発言である「冥界の王であるハーデースならば夫として不釣合いではないだろう」は、ハーデースとペルセポネーの結婚が決定して意気消沈していたデメテルにヘリオスが言った --これは『デーメーテール讃歌』がこうなっている。
- 上記にもあるようにペルセポネーが結婚を承諾した理由に、冥府で孤独に苛まれていたハーデースの身の上を知ったからとの説。これはハーデースが誘拐したペルセポネーに自分の身の上を嘆いたから
[編集] 物語
[編集] アスクレーピオス
アスクレーピオスはアポローンとコローニスの子。ケイローンのもとで育ったアスクレーピオスは、とくに医学に才能を示し、師のケイローンさえ凌ぐほどであった。やがて独立したアスクレーピオスは、医術の技をますます熟達し、ついに死者まで生き返らせることができるようになった。これには、冥界の王ハーデースは、自らの領域から死者が取り戻されていくのを“世界の秩序(生老病死)を乱すもの”とゼウスに強く抗議した。ゼウスはこれを聞き入れ、雷霆をもってアスクレーピオスを撃ち殺した。
[編集] オルペウス
オルペウスの妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだとき、オルペウスは妻を取り戻すために冥府に入った。彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、冥界の人々は魅了され、みな涙を流して聴き入った。ついにオルペウスは冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネの王座の前に立ち、竪琴を奏でてエウリュディケーの返還を求めた。オルペウスの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネに説得され、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。
[編集] メンテー
数少ないハーデースの浮気話。冥王ハーデースは地上に住むニンフのメンテーの美しさに魅了されてしまい、それに気付き嫉妬に狂ったペルセポネーは「お前などくだらない雑草になってしまえ」とメンテーを踏みつけて恐ろしい呪いをかけ、草に変えてしまった。以来この草はミントと呼ばれ、ミントはハーデースの傍、神殿の庭で、 愛らしい存在感を保ったまま咲き誇り続けた。地上でも今も陽光を浴びる度に芳香を放ち、人々に自分の居場所を知らせるのだという。もしくは、地上を見回っていた冥府の王ハーデースに目を付けられ、攫われようとしていた。しかし自らも攫われて妻となったペルセポネーがそれに気付き、彼女を香りの良い小さな草に変えて茂みへ隠し、ハーデースの目から隠してやったともいわれる。
[編集] レウケー
レウケーは冥界の王ハーデースに見初められて冥界に連れて行かれたが、彼女は完全な不死の神ではなかった為に死んでしまった。これを悲しんだハーデースは、レウケーを白ポプラに変えたという(なお、レウケーとは『白い』という意味)。それ以来、エーリュシオンには白ポプラが繁っているという。
後にヘーラクレースは12功業の一つとして冥界を訪れた時、エーリュシオンのレウケーの木から冠を作ったという。
[編集] ヘーラクレースの12功業
ケルベロスはオルトロスの兄貴分であり、3つの頭を持つ犬の化け物。ヘーラクレースは冥界に入ってハーデースから「傷つけたり殺したりしない」という条件で許可をもらい、ケルベロスを生け捕りにした。その際、ペルセポネーを略奪しようとして「忘却の椅子」に捕らわれていたテーセウスとペイリトオスを助け出した。また、地上に引きずり出されたケルベロスは太陽の光を浴びた時、狂乱して涎を垂らした。その涎から毒草のトリカブトが生まれたという。
[編集] その他
- ハーデースには他にも、シーシュポスにあっさりと騙されたりする場面や、オルペウスの琴に涙を流すなど、感情を豊かに表す描写もある。
- 12神の席については、冥府は絶えず死人が訪れるため管理を疎かにすることが出来ず、オリュンポスに行く余裕が無いからだとされている(冥府の管理に専念するため12神に加わることを辞退したとの説もある)。
- ハーデースの恋愛については、妖精のメンテーやレウケーとの悲恋も伝えられている。
- ハーデース信仰はヌマ・ポンピリウスによってローマ神話にも取り入れられ、プルートと呼ばれる。
[編集] 脚注
- ^ 「ギリシア神話の代表的な神々は、アテーナイのパルテノン神殿小壁の彫刻にある十二神である。ハーデースはオリュンポスの神ではないが(彼は地下の神である)、しかし主要な神の1柱である。「十二神」は図式化が行われており、述べる者の立場でいくらかの入れ替わりがある」(Classical Dictionary, p.1301, religeon, Greek, Gods and other cult figures)
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、I:5:6
- ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』190頁
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、I:6
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、II:1
- ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』190頁
- ^ 『デーメーテール讃歌』17頁
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、V:1
- ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』165頁
- ^ 『デーメーテール讃歌』30-35頁
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、V:1:3
- ^ 『デーメーテール讃歌』88頁、訳注98「参照、オウィディウス『変身物語』五巻、同『祭暦』四巻」
- ^ 『デーメーテール讃歌』37-39頁。および89頁、訳注98「オウィディス『変身物語』五巻では、ペルセポネーは庭園を散歩しているとき、みずからの意志でザクロの実を7粒食べたとされる」。
- ^ 古代ギリシア人は1年を3つの季節に分けていたともされる。冬の季節をハーデースの許で、残りの春と夏を母親などと暮らすことになる。
- ^ 『デーメーテール讃歌』41頁。および103頁、訳注103「オウィディウス『変身物語』五巻では、一年の半分の六ヶ月を天界で、残り六ヶ月を冥界で暮らすとされる」。
- ^ 『ギリシア神話』第1巻、V:3
[編集] 関連項目
- タルタロス - 冥府よりもさらに深い、奈落を司る神。
- ケルベロス - 冥府の番犬。ハーデースの忠犬とも。
- ヘカテー - 冥府神の一柱でありその地位はハーデース、ペルセポネーに次ぐ。
- デーメーテール
- ペルセポネー
- ポセイドーン
- ラダマンテュス、ミーノース、アイアコス - ともに冥界の審判者。
- カロン - 冥府の河の渡し守。
[編集] 参考文献
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、2007年、ISBN 4000800132
- アポロドーロス『ギリシア神話』岩波書店、1987年
- ホメーロス「デーメーテール讃歌」『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2004年、ISBN 4480088695
- Simon Hornblower et al., ed. The Oxford Classical Dictionary, 3rd, Rev. Oxford UP, 2003. ISBN 9780198606413
最終更新 2009年10月26日 (月) 22:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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