バカボンのパパ

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バカボンのパパバカボンパパ)は、赤塚不二夫のギャグ漫画・『天才バカボン』、ならびにそれを原作としたアニメの登場人物である。

目次

[編集] 人物像

『天才バカボン』の主人公で、バカボンとハジメの父。妻はバカボンのママ。誕生日は本人曰く「昭和元年12月元日のクリスマスの夜」[1]。これは昭和元年(1926年)12月25日生まれのことと解釈される[2]。生年月日は植木等と同じである。連載開始が昭和42年(1967年)であったため、年齢は41歳とされており、アニメ第2作後期エンディングでもそのように歌われている。血液型はBAKA型という特殊型で、なめると甘い味がする。

熊本県菊池市の七城中学校(実在)[3]東京都のバカ田高校を経て[4]バカ田大学を首席で卒業。学級委員も務めた。大学時代のあだ名はキャロル、またはノールス(がいつも留守だから)。バカ田大学の卒業式の日、「東洋工業に入社してマツダ・キャロルを作るのだ」などと言ったことがある。妻であるバカボンのママと出会ったのも大学時代である。

口癖は「これでいいのだ!」「タリラリラ〜ン」「コニャニャチハ」「はんたいのさんせい」「さんせいのはんたい」など。サブタイトルのほとんどに使われている「〜なのだ」という語尾の多用も一般的にパパの特徴とみられているが、原作初期は「〜だよ」など普通の語尾で会話することの方が多かった。「コニャニャチワ」は当時投稿の挨拶などに多用され、現在でもラジオ番組の投稿に用いられる挨拶の変形の元祖であるとされている。また、理解不可能な事態に直面すると、「国会で青島幸男が決めたのか?」と言うこともある[5]

ハチマキと腹巻を身に付け、口元に髭を生やしている。鼻毛を伸ばしているように見えるが実はである[6]。ハラマキの下に履いているズボンの色はアニメ版第1作目では藤色だが、第2作目以降は青(紺)色になっている。

レバニラ炒めが好物で、しばしばこの料理の名を口にする。おでんではタコの足が好みで、竹輪が嫌い。以前は唐辛子たこ焼きも好物だったが、二つとも何らかの理由で嫌いになった。タバコも吸うが、そのシーンはあまり出てこない。アニメ第3作では「ハイライト」らしきタバコが出てきている。

[編集] バカになった経緯

もともとはハジメをも凌ぐ天才児で、生まれてすぐに『天上天下唯我独尊』と口にし、家庭教師をつとめたり自動車の修理を簡単にこなしたりしていたが、アクシデントによってバカになってしまう。なおバカになった経緯はアニメと原作マンガでは若干異なる。

原作 
パパが道を歩いている時にクシャミをし、その勢いで頭の歯車を口から吐き出してしまい、「もう天才はやめるのだ」と言ってバカになった。
アニメ第1作
ある日交通事故に遭った衝撃で、天才児だったバカボンのパパの口から脳味噌が飛び出して近くにいた馬が飲み込んでしまい、それと同時に馬の口から脳味噌が飛び出してバカボンのパパが飲み込んでしまうことで、バカボンのパパの脳味噌と馬の脳味噌とが入れ替わってしまう珍現象[7]が生じ、以降、現在のバカボンのパパのキャラとなった。
アニメ第2作
なぜか馬に逆恨みされ、蹴飛ばされたショックで脳味噌の歯車が壊れたためとなっている。

[編集] 職業

原作者の赤塚不二夫は「パパは無職でないといけない」としているため、原作、アニメともに基本的には無職ということになっている。アニメ第1作では「パパが無職なのは子供番組として良くない」というテレビ局の要請で植木屋と設定され、赤塚はこれに激怒した。そのほか、クリーニング屋の従業員、化粧品のセールスマン(ただし夢)、大工、サラリーマン、夜警、僧侶、洋食の料理人、変わったものでは唐辛子の味見係などいろいろやっているが、全て雇い主側から解雇されている。取引先に暴言を吐き、勤務していた会社を倒産に追い込んだことすらある。アニメ第3作の「家庭教師のパパなのだ」で我利野邸の家庭教師募集の広告を見て家庭教師をしたことがある。

[編集] 名前について

アニメ第1作の第1話で警官から姓名を尋ねられ、「バカボン」と答えている(この時の新居の表札は「バカボン」である)。また第4作では背広の注文書の氏名欄に「パパ」と書かれている。電話では「バカボンのパパなのだ」と名乗る。本名は「みんなそろってフチオさん」で「田中田フチオ」(たなかだ -)と自分で言っているが、田中フチオ・中田フチオ親子(義理の親子?)と共におまわりさんをからかっているように見えているので、かなり怪しい。 元祖天才バカボンではおまわりさんに「三丁目のバカ田さん」と呼ばれた事がある。

[編集] 声優

アニメ第1作『天才バカボン』および第2作『元祖天才バカボン』で声を担当。雨森は、TBSラジオの昼番組『TBS!それ行け歌謡曲』15時台の出張コーナー「ミュージック・キャラバン」にいきなり「バカボンのパパなーのだ!」と登場したことがあった。コーナー担当者の久米宏は、スーパーに買い物に来たついでに見物していた本人を番組冒頭に引っ張り出したと番組で説明していた。晩年には、1982年にTBS系列で放送された『日立テレビシティ・ニャロメのおもしろ数学教室』で登場したパパの声も担当した。
アニメ第3作『平成天才バカボン』で声を担当。富田はアニメ第3作の放送開始以前にも、セガマークIII用ゲームソフト『天才バカボン』のテレビCMで声を担当している。ゲームでは声は出ない。TBSの健康番組『人間!これでいいのだ』での、番組の案内役として登場したパパの声のほか、各種CM、パチンコ『CR天才バカボン』などでも起用されている。
アニメ第4作『レレレの天才バカボン』で声を担当した。

[編集] 補足

  • バカボンのパパは赤塚が一番気に入っているキャラクターで、その理由は「どんなに酔っ払っていてもバカボンのパパの顔だけは、ちゃんと描けるから」とのこと。なお、『トリビアの泉』のなかで「11:3=Bを横向きにするとバカボンのパパみたいになる」というネタが紹介されたことがある。11:3=Bのネタは96へぇ(100へぇ満点)という高評価を得ている。
  • モデルは作者である赤塚の実父と言われている。また、もーれつア太郎のア太郎のモデルキャラでもある。
  • 代々、天才バカボンを書き継ぐ漫画家にはジンクスがあって、「現実界で本物のバカボンパパを殺すと、二度と面白い漫画が描けなくなる」というものがある。

[編集] 脚注

  1. ^ 原作のバカボンのパパ誕生秘話の回より。
  2. ^ バカ田大学後援会『天才バカボンの大神秘―バカボンのパパの知能指数は12500なのだ!?』ベストセラーズ、1993年、12頁。ISBN 4584181543
  3. ^ 当時赤塚のアシスタントであった、現・漫画家の近藤洋助が七城中学校卒業であったことから、赤塚が「なるべく遠くの出身ということにしたかった」と思ったことにより、この設定が付いたという(2009年8月19日放送『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』(日本テレビ)の『日本二の旅』でも紹介)。
  4. ^ 曙出版『天才バカボン』第30巻より。
  5. ^ クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲でも野原ひろしがこの台詞を使ったことがある。
  6. ^ 竹書房文庫『天才バカボン』17巻「ハナゲもあらしもふみこえるのだ」。アニメでもこの設定に準じており、クシャミなど鼻の穴が映るシーンではきちんと描き分けられているが、鼻毛として描かれている場面も多い。
  7. ^ 週刊少年キング連載時の「おそ松くん」でもイヤミと犬の脳味噌が入れ替わるという話がある。

最終更新 2009年11月13日 (金) 14:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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