バスガイド

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バスガイドは団体貸切バスや観光バス定期観光バスに同乗する案内係で、観光地や名所旧跡など、旅のガイドを務めたり乗客の世話(主に車内サービス・下車誘導・下車説明等)をする乗務員を指す和製英語バス車掌とは正式には異なり、車掌に近い業務も含まれる。団体は、必ずしも観光旅行とは限らず、スポーツ少年団から企業研修や学校研修の研修地への移動、冠婚葬祭にまつわるものなど多種多様である。

添乗員とは本質的に仕事の内容は異なるが、自社主催の定期観光バスやツアーに関しては添乗員的な業務に多少携わる場合もある。

観光案内をしない運転者以外の乗務員をツアーメイト、バスメイト又は単にメイト、車掌、ボーイと呼ぶ。バック誘導・横断・乗降注意・清掃が主な仕事で、旅行業界ではこれらの乗務員をバスガイドと呼ぶ事は無い。

目次

[編集] 雇用

雇用形態は、バス会社の正社員(公営事業者の場合は正職員)、もしくは嘱託など。最近では小規模観光バス会社の増加にともない、バスガイド派遣業者の設立もみられ、派遣ガイドが増えている。

近年フリーバスガイドとして自営業的に仕事を取って複数のバス会社に乗務するバスガイドも多くなっている。人気のあるバスガイドはガイドレス選択時代においてますます需要が増える仕組み。人気に左右される事なく仕事が欲しければ1つの会社に所属すれば多少の賃金格差があってもなんとか仕事はまわってくる。まさに芸能界同様である。バスガイドも商品として別料金になってしまったからには質を問われる時代である。

ほとんどは女性であるが、近年、男性ガイドの例もみられる(山梨交通や沖縄が有名)。観光専門学校を卒業して就業する場合もあるが、一般に就職で特定の資格は必要ない(大型二種免許を取得すればバスの運転もできる)。

1960年代から70年代にかけて、幼稚園教諭、看護婦(看護師)、スチュワーデス(客室乗務員)などと並び、女性の憧れの職業で上位にランクしたこともあるが、最近は待遇の低下やガイドレス運行、女性の社会進出の拡大により、以前ほどの人気はない。

アルバイトガイドに定年はなく18歳~80歳近くまで活躍している。

昭和40年代位まで人手不足で中卒採用もみられたが、近年は大卒でも採るバス会社がいくつか増えてきた。一般的には高卒で18歳から就職する事が多い職業。ガイドクラブと呼ばれる職業紹介組織で一人前にプロの仕事をこなす為には、最低でも観光バスガイド経験5年以上必要。

早起きが出来なければ勤まらない仕事。運転士とペアで乗務すること、台数口運行がある以上遅刻、無断欠勤は他の職業以上に道義的責任が非常に重く、何が何でも絶対に許されない職場である。その為、寮制度などが完備されている。

[編集] 料金体系

かつてのバスガイド料金にはバス貸切料金に含まれており、観光バス・貸切バスには必ずバスガイドが全行程において乗務していたが、2000年2月1日に実施された道路運送法改正により、バス貸切料金とバスガイド料金は別料金とする制度に改められたため、バスガイドが乗務せず、あるいは行程において必要な部分だけガイドが乗務するケースが増えてきている。

案内する場所に特化したバスガイドもある。例えば、他地方のバスが、四国に入る直前に四国専門のガイドを乗せ、あるいは、東京のバスが京都に夜行で走り、京都で現地のガイドを乗せる、というように、その地方に特化したガイドを乗せることで、案内内容の充実を図り、現地に着くまでは運転手のみの運行で乗務に無駄を省く場合もある。下車観光地でも、バスガイドが全ての案内をせず、その観光地専門のガイドにゆだねる場合も多い。

別料金制度による問題点は幹事及び顧客側がガイド料金としての金額が別立てで明白になる為、本質的な観光案内以外の点で過度なサービス要求期待値を持ってしまう事にある。

又格安ツアー(募集集客型)では単価を抑える為にガイドの仕事分野を添乗員に委ねるケースが多くみられるようになっているのが現状である。 そのような現状もあり近年ではバスガイド自体が減少傾向にある。

[編集] 主な職務内容

通常は観光バス・定期観光バスに一名乗務する。道路運送法により、乗務中、制服着用が義務付けられている。乗務中のほとんどは乗客と接するため、バスガイドの印象はバス会社のイメージを左右するため制服のデザインは運転士に比べて凝ったものであるほか、厳しい研修が行われる(後述)。

  • 乗客への観光地や名所旧跡などの説明、案内 この際以前は立って案内していたが、2008年改正道路交通法により座席着席案内になった。
  • 地図によるナビゲーションや駐車時などのバスの誘導など、運転手の補助
    後方誘導は、バックカメラや拡大鏡が付いていない場合、後方確認が運転手からは難しく、かつては二人乗務が必須となっていた。の吹鳴間隔によるバスの誘導技術は今では余り見ることができない。安房峠などの狭い峠道では、バスに先行して対向車を止める必要がある場合もあった。
  • ドアの開閉、集合時刻の告知
  • ビデオデッキカラオケなど車内娯楽機器の取り扱いや、湯茶や飲料水の配布を行う場合がある。
  • 万一の事故の場合の乗客の誘導
  • 乗客降車後に車内の清掃

大型(小型バスの場合は中型)二種免許保持者の場合は案内をしない夜間などに運転をする場合もある。

[編集] 新人バスガイドが受ける研修

ガイドのイメージはバス会社にとって重要な要素であるため、就職後の研修は厳しく、半年から一年の研修期間を経て乗務につくことが多い(研修期間はバス会社により異なる)。研修は発音練習から始まり、数百ページにものぼる観光地の地理や歴史関連資料の学習、歌唱指導、乗車教習、車両誘導など多岐にわたる。

内容はバス会社により異なるが、新人バスガイドは入社後本社において集合研修を受け、接客・言葉遣い・身だしなみ・挨拶の仕方・会社概要等を教わる。その後は配属先営業所毎に分かれ、車両の扱い方・バック誘導・発声・滑舌練習、万一の事故発生時に乗客を安全に誘導する為の実習等が行われる。

バスガイドが案内する内容は各バス会社が独自に用意した「バスガイド・ブック」と呼ばれる専用教本に基づいている。この教本は「社外秘」として厳重管理されている為、多くのバス会社では部外者へその内容を漏らす事を固く禁じている。教本編集はバスガイドOG等が編集委員となり、約2~3年毎に改訂する形を採っている。ページ数はバス会社により異なるが大体500~600ページあり、広範囲に及ぶ膨大な量の観光案内や地理等を限られた研修期間で暗記しなければならない。

(観光ピークの春と秋を避けシーズンオフ期に実施される)車上実習ではベテランのバスガイドが教官となり、教本の内容をもとに「どこでどの観光名所・車窓風景を案内すべきか」を体得していく。また宿泊を伴う郊外地区の実習では(新人バスガイド)各人が「確認帳」を作成し、教官が案内する観光名所等を確認帳に書き込んでいく(これは乗務本番における教本になる)。 

[編集] 歴史

1925年12月、東京周遊バス(現・はとバス)でバスガイドを採用し、観光案内のため乗務させたのが最初である。しかし観光案内には豊富な知識が要するとされて、大学を卒業した男性のみを採用した。

今日の女性バスガイドは1928年油屋熊八が、経営する大分県別府市の亀の井遊覧自動車(現・亀の井バス)が地獄巡り遊覧バスを運行する際に考案したのがはじまり。2009年3月30日に亡くなった村上アヤメは当時採用された第一号ガイドの一人である[1]。若い女性の採用で、七五調による観光案内を行い、大好評を博した。その後、東京周遊バスでも女性ガイドに切り替え、全国に女性バスガイドが波及した。

大阪市の中央観光バス(現ジパング (大阪府))において、観光ガイドは行わず、飲料の配布や客の接待のみに従事する、スチュワーデスと呼ばれる接待専門の乗務員も存在した(倒産後、現在はそのような事はない)。

1999年に改正された男女雇用機会均等法の施行で、男性バスガイドも採用されるようになったが、採用しているバス事業者は多くない。しかし、ある年代の女性客から絶大な支持を受けているのは確かである。[要出典]

なお、はとバスでは、1999年以前から外国人旅行者向けの定期観光バスに男性ガイドを採用していた。

[編集] バスガイド出身の著名人

[編集] タレント

[編集] 歌手

[編集] 国会議員

[編集] 楽曲

[編集] 書籍

[編集] 脚注

  1. ^ 日本初のバスガイド逝く 昭和初め、別府温泉PRに尽力アサヒコム2009年3月31日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年6月24日 (水) 09:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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