バビロンの空中庭園

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16世紀に描かれたバビロンの空中庭園

バビロンの空中庭園(くうちゅうていえん)とは、セミラミスの架空庭園(懸垂庭園)とも呼ばれ、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の一つの屋上庭園。 

名前からは、重力に逆らって空中に浮かぶ庭園が連想されるが、実際には高台に造られた庭園である。

[編集] 概説

現在のバグダード郊外にそれらしき遺跡が残る。紀元前600年頃に新バビロニアの王、ネブカドネザル2世が、メディア出身で砂漠の国に輿入れするのを嫌がった王妃アミュティスを慰めるためにバビロンに建造した。宮殿の中に作った高さ25m、5段の階段状になっているテラスに土を盛り、水を上まで汲み上げて下に流し、樹木や花などを植えた。あまりの大きさのため、遠くから見ると、あたかも空中に吊り下げられているように見えたという。一番上の面積が60平方メートルと推定される。紀元前538年のペルシアによる侵略の時に破壊されたという。

ストラボンディオドロスなどの歴史書やプリニウスの『博物誌』では言及されているが、ヘロドトスには知られていない。ニネヴェにあったという別の庭園と混同されているのでは、という説もある。ストラボンの説明によると、柱や地下室は煉瓦で作られ、四隅を柱で支えられ高いところへ据えられた立方体のテラスに土を盛って庭を構成し、その上にアーチ上の屋根が架けられていたという。「吊り下げられた庭園」という誤解があるが、それはギリシア語のkremastosまたはラテン語のpensilisの不正確な翻訳のせいらしい。水を汲み上げる方法については、らせん水揚げ機などの説明がされているが決定的ではない。

[編集] 関連項目

  • アクロス福岡 - 人工的に建造した建造物斜面が段々畑形状で全面緑地化されており、現代技術によるバビロンの空中庭園を実現。

最終更新 2009年12月2日 (水) 08:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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