バルクーク
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バルクーク(アラビア語: برقوق / Barquq; 1366年 - 1399年、在位:1382年 - 1389年、1390年 - 1399年)は、ブルジー・マムルーク朝の初代スルターン。
カフカス出身のテュルク系マムルークで、奴隷商人であったアスアルディーによってカイロで売買されて、その縁からブルジー・マムルーク軍団(バフリー・マムルーク朝第8代スルターンカラーウーンが創設した軍団)に編入されることとなった。バルクークは優れた才智をもっていた人物であったため、そこであっという間にその軍団のリーダー格として頭角を現した。
そして1382年、軍部の支持のもとにクーデターを起こして、バフリー・マムルーク朝のスルターンであったハーッジー2世を廃して自らスルターン位に即位し、ブルジー・マムルーク朝を開いたのである。
しかし即位後は、テュルク系軍人を優遇して他系の軍人を冷遇したため、1389年にトルコ系軍人のアレッポらによって反乱を起こされて一時的にスルターン位を追われた。しかし翌年、反攻して彼らを討ったうえで復位している。その後はオスマン帝国のバヤジット1世と同盟を結んでティムールと対抗した。
[編集] 関連項目
- イブン=ハルドゥーン - バルクーク治世第1期(1382年 - 1389年)で大法官を務めた、『歴史序説』などで高名な学者。
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最終更新 2009年4月17日 (金) 10:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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