バンコク

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バンコク
กรุงเทพมหานคร
バンコクの遠景
バンコクの旗
バンコクの印章
印章
バンコク (タイ)
バンコク
バンコク
座標: 北緯13度45分8秒 東経100度29分38秒 / 北緯13.75222度 東経100.49389度 / 13.75222; 100.49389
タイ
建設 不明
首都成立 1782年4月21日
下位区分 50 ケート
行政
 - 種別 首都府
 - 首都圏政庁長官 スクンパン・ボリパット
面積
 - 総面積 1,568.737 km² (605.7 sq mi)
 - 都市圏 7,761.50 km² (2,996.7 sq mi)
人口 (2007年7月)
 - 総人口 8,160,522人
 - 人口密度 4,051人/km² (10,492人/mi²)
 - 都市圏 10,061,726人
 - 都市圏人口密度 1,296.36人/km² (3,357.6人/mi²)
等時帯 タイ標準時 (UTC+7)
ISO 3166-2 TH-10
ウェブサイト: www.bma.go.th

バンコクTh-Bangkok.ogg บางกอกヘルプファイル, Bangkok)はタイ王国首都である。東南アジア屈指の世界都市

目次

[編集] 名称

バンコクの儀式的正式名称は長い。この儀式的名称はラーマ1世が遷都の際つけたものである。

กรุงเทพมหานคร บวรรัตนโกสินทร์ มหินทรายุธยามหาดิลก ภพนพรัตน์ ราชธานีบุรีรมย์ อุดมราชนิเวศน์ มหาสถาน อมรพิมาน อวตารสถิต สักกะทัตติยวิษณุกรรมประสิทธิ์
クルンテープマハーナコーン ボーウォーンラッタナコーシン マヒンタラーユッタヤーマハーディロック ポップノッパラット ラーチャターニーブリーロム ウドムラーチャニウェート マハーサターン アモーンピマーン アワターンサティット サッカタッティヤウィッサヌカムプラシット

タイ語は後置修飾が基本であるので、意味は後ろの節から訳し、以下のようになる。

イン神(インドラ帝釈天)がウィッサヌカム神(ヴィシュヌカルマ神)に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の卓越した宝石のような、偉大な天使の都。

参考までにハース方式の発音記号(声調略)を挙げると、以下のようになる。なお、太字はラーイ詩形によって韻が踏んであるところである。

[kruŋ theep mahaanakhɔɔn bɔɔwɔɔnrattanakoosin mahintharaayutthayaa mahaadilokka phop noppharat raatchathaanii burii rom udomraatchaniweet mahaasathaan amɔɔn pimaan awataan sathit sakkathattiya witsanukam prasit]

一方ラーマ5世(チュラーロンコーン)は「イン神の卓越した宝石」すなわちボーウォーンラッタナコーシン(บวรรัตนโกสินทร์,[bɔɔwɔɔnrattanakoosin])の部分をアモーンラッタナコーシン (อมรรัตนโกสินทร์, [amɔɔnrattanakoosin]) すなわち「イン神の不滅の宝石」と変更させた[1]

その後、1916年いわゆるムアンをチャンワット(県)と呼ばせるようになる[2]とバンコク(現在のトンブリー地域を除く)は県庁在地のプラナコーン郡にちなんでプラナコーン県と呼ばれ、儀式上と行政上の名称が完全に分離した。

1971年のタノーム元帥は革命後、同年の12月21日の革命団布告によってプラナコーン県とトンブリー県を融合しナコーンルワンクルンテープトンブリー (นครหลวงกรุงเทพธนบุร)と改称した[3]、さらに翌年の革命団布告によってクルンテープマハーナコーン (Th-Krung Thep Maha Nakhon.ogg กรุงเทพมหานครヘルプファイル) と改称された[4]。現在はこの略称としてクルンテープ (Th-Krung Thep.ogg กรุงเทพฯヘルプファイル) がよく使われている。

日本語や英語で慣用されるバンコクの語は、「バーンマコーク (บางมะกอก)」が訛った「バーンコーク (บางกอก) 」がさらに訛ったものである[5]。バーンマコークとは「アムラタマゴノキ (オリーブに外見の似たウルシ科樹木Spondias magnifera) の水村」という意味である[5]

一般にはアユタヤ王朝時代この地トンブリー側にある要塞に駐屯していたポルトガル傭兵団が地名を現地人に訪ねたところこの名前が答えとして返ってきたが、バーンコークは固有名詞ではなくふつうの名詞なのでこれが誤って広まり定着したとされる[6]。一方、17世紀のフランスの外交官、シモン・ド・ラ・ルベールは本当の名前であるトン(ブリー)を外国人から隠すためにわざとバンコクという名を用いているとしている[7]。いずれにせよ、外国ではこの地をバンコクと呼ぶことが定着した[6]

なお、タイ語のバーンコークであるが、現在ではトンブリー側にある一地域を指す言葉であって、(タイ語の)バーンコーク=(外国語の)バンコクではない。

なおバンコクは、日本語ではバンコックバンコークとも表記される。また、バンコクの漢字表記は曼谷盤谷の2通りがある。中国語表記では主に前者が、かつての日本では主に後者が使用されたが、確定的ではなく、2者が混交されて使用される。

[編集] 歴史

バンコクの歴史は1782年ラーマ1世タークシンを処刑しそれまでのトンブリーからチャオプラヤー川対岸に首都を移したことに始まる。ラーマ1世が遷都した理由として、トンブリーがチャオプラヤー川西岸にあり、当時チャオプラヤー川周辺に勢力を広げようとしていたビルマのコンバウン王朝(現、ミャンマー)の進入が容易だったからである。

ワット・プラケオ
中心部

バンコクの建設は6月10日午前6時45分にラックムアン(市の柱)が建てられ始まった。建設主任はチャオプラヤー・タンマーティコーン (ブンロート)。3年後に建設が終了した。アユタヤと同じく王宮や関連施設を含む土地の周囲には運河が掘られラッタナーコーシン島と呼ばれる人工の島を形成した。この島の中には王に許された者のみ住むことが出来た。記録によれば、当時ラッタナコーシン島に居住していたのは王族を除けばタイ族ではなく「王室華人」と呼ばれた潮州系の華人であった。

建国当初はラッタナコーシン島のみがバンコクの中心として機能していたが、タイの経済発展と共に市街地は東へ延びて行った。またラーマ5世(チュラーロンコーン)の時代にすでにラッタナコーシン島の王宮のみでは妻や子供を十分に収容することが出来ないため北にドゥシット宮殿郡を建設している。チュラーロンコーンの子供はさらに北にバーンクンプロム宮殿、スコータイタンマティベート宮殿などを建設している。

また、経済の中心もチャクリー王朝初期には当時ラッタナコーシン島から運河を挟んで東側のヤオワラートにあったが、20世紀後半にシーロム通りに中心が移った。そのためラッタナコーシン島周辺は現在、旧市街地と見なされることが多い。

建設からラーマ5世時代までは、バンコクはチャクリー王朝の王による直轄地であった。しかしラーマ5世の以降市街地が拡大を始めたため、チャクリー改革によって、バンコクは畿内省という機関の管轄に置かれることになった。

1972年には、拡大が進みバンコクの行政機関の手に負えなくなっていたノンタブリー県サムットプラーカーン県パトゥムターニー県がバンコクから分離。一方で1975年にはバンコクと経済的に密な関係にあったトンブリー県がバンコクに吸収されている。その間にもさらにバンコクの市街地の拡大が進んだ。

とくに1980年代にはタイ国内の投資が拡大し、タイの経済の中心であるバンコクも必然的に発展する事になった。バンコクは特に目立って教育が普及しリベラルな住民が増えたため内務省の直接統治が難しくなった。このため1985年に『仏暦2528年バンコク首都府行政組織法』が国会で成立。これ以降、住民に選ばれた知事による自治が行われている。

[編集] 行政

よく間違われるがバンコクは市ではなく首都府である。そのため、日本の外務省の資料では必ず「バンコク都」と表現される。

都章はそのフルネームに由来するプラ・イン(インドラ)がエーラーワン象に乗っているところを示したものである。

バンコクはある程度内閣による制限があるもの、他の市と違い内務省の役人でなく選挙で選ばれた知事が行政を行う。2004年から2008年までアピラック・コーサヨーティンが知事をつとめた。現在の知事は、スクムパン ボリパットである。

バンコクには50の区(ケート)が設置されている。

  1. カンナーヤーオ区
  2. クローンサームワー区
  3. クローンサーン区
  4. クローントゥーイ区
  5. サーイマイ区
  6. サートーン区
  7. サパーンスーン区
  8. サムパッタウォン区
  9. スワンルワン区
  10. タウィーワッタナー区
  11. タリンチャン区
  12. チャトゥチャック区
  13. チョームトーン区
  14. ディンデーン区
  15. ドゥシット区
  16. トゥンクル区
  17. ドーンムアン区
  18. トンブリー区
  19. ノーンケーム区
  20. ノーンチョーク区
  21. パーシーチャルーン区
  22. バーンカピ区
  23. バーンクンティアン区
  24. バーンケー区
  25. バーンケーン区
  1. バーンコークノーイ区
  2. バーンコークヤイ区
  3. バーンコーレーム区
  4. バーンスー区
  5. バーンナー区
  6. バーンプラット区
  7. バーンボーン区
  8. バーンラック区
  9. パトゥムワン区
  10. パヤータイ区
  11. プラウェート区
  12. プラカノーン区
  13. プラナコーン区
  1. フワイクワーン区
  2. ブンクム区
  3. ポーンプラープ区
  4. ミンブリー区
  5. ヤーンナーワー区
  6. ラックシー区
  7. ラーチャテーウィー区
  8. ラートクラバン区
  9. ラートブーラナ区
  10. ラートプラーオ区
  11. ワッタナー区
  12. ワントーンラーン区
バンコク行政区分地図

[編集] 経済

サイアム・パラゴン・ショッピングセンター

タイの首都でタイ最大の都市であるバンコクはタイ経済の中心であり、またラオスカンボジアミャンマーを含むインドシナ半島の経済圏の中心地でもある。タイ証券取引所 (SET) があるなどバーツ経済圏の中心であり、その他などの貴金属や宝石などの取引の中心である。2008年には、グローバリゼーションと世界都市の研究グループおよびネットワーク(GaWC)により、第1級世界都市-に選ばれている[8]

市内にはタイ国際航空やバンコク銀行シン・コーポレーション・グループなどの大企業の本社やスタンダード・チャータード銀行メルセデス・ベンツアリアンツなどの外国企業の支店が立ち並ぶ他、サイアム・パラゴンや伊勢丹、ロビンソンなどの大規模なデパートショッピングセンターなどが立ち並ぶなどタイ国内における消費トレンドの発信地でもある。

また、タイの他の観光地と同じく、観光も大きな産業の一つとなっており、市内には高級ホテルからバックパッカー向けの安宿までが立ち並び、また市内の至る所で日本や中華民国などのアジア諸国の他に、ヨーロッパやアメリカから来た観光客を目にすることができる。

[編集] 日本企業

第二次世界大戦前より多くの日本企業が進出しており、特に1960年代高度経済成長前後にはホンダ三菱電機東京海上日動鹿島建設間組東急百貨店伊勢丹など、さまざまな業種にわたる日本企業が進出してきている。また、これらの企業進出にあわせてバンコク日本人学校(泰日協会学校バンコク校)の生徒数も増加を続けている。

[編集] 交通

[編集] 市内

通勤ボートの船着場

近年は渋滞解消のために都心部では高架鉄道や地下鉄が開通しているが、郊外通勤電車の路線網が少ない上、列車は極端に本数が少ないため、中流階級以上を中心に乗用車が、また、タクシーバス公共交通機関として広く用いられている。しかしこれがバンコクを世界有数の渋滞都市にしている。

このため近年では、更なる地下鉄や高架鉄道の路線の建設が進められている他、スワンナプーム国際空港との連絡鉄道の建設が進められている。また、排気ガス浄化のためにタクシーの定期的な新型車両への代替が義務付けられている。

また、バンコクではチャオプラヤー川が南北を横断しており、これを利用した定期ボートが頻繁に運航されている他、運河を縫って船舶路線網が完備されており、渋滞の心配がないため多くの市民や観光客に利用されている。

[編集] ボート

チャオプラヤー川ではチャオプラヤー・エクスプレスと呼ばれる水上交通も利用されている。運賃は5バーツから。またセーンセープ運河を中心に市営ボートも運営されているほか、トンブリー区ミンブリー区を中心に長尾船が運航されている。

[編集] 鉄道

BTS(バンコク・スカイトレイン)サラデーン駅の付近
国鉄
フワランポーン駅を起点として、チエンマイパタヤをはじめとする国内各地に路線を伸ばしている。また、マレーシアシンガポールラオス方面への国際列車もある。詳細はタイ国有鉄道を参照のこと。
BTS
1999年12月に、バンコク市内の渋滞解消の切り札として高架鉄道 BTS(Bangkok Mass Transit System、通称スカイトレイン)が開業した。北 - 東を走るスクムウィット線と、南 - 西を走るシーロム線から成っており、両線はサヤーム駅で交わっている他、郊外鉄道の駅とも接続している。初乗りは15バーツ。現在路線延長工事を複数行っている。
地下鉄
MRT(バンコク・地下鉄)
また、2004年7月3日にはバンコクに初の地下鉄が開通した。バンコク・メトロが経営している。上記のBTSと同じくエアコン完備の上に渋滞の影響を全く受けない上、郊外鉄道のいくつかの駅の他にBTSの路線とも接続しており利便性が高いため、人気を呼んでいる。

[編集] バス

バンコク大量輸送公社が経営する。このバスは「エアコン・バス」、「ノンエアコン・バス」、などに分かれエアコン・バスは距離によって12 - 20バーツ、ノンエアコン・バスは公社(赤バス)は7.5バーツ、民間(白バス)は8.5バーツとなっている。時刻表はなく数多くの本数が走っているが、渋滞の影響をもろに受ける弱点がある。

[編集] タクシー

タクシーの間を走るトゥクトゥク

タクシーは初乗り35バーツ(メーター制タクシー)と経済的な上に、エアコン完備で快適なのでよく利用される。主にトヨタカローラ日産ティーダ三菱・ランサーなどが使用されており、定期的な新型車両への代替が義務付けられていることから、殆どが現行車種の年式が新しいものを使用している。なお、メーター制でないタクシーもあり、最初に値段を交渉して乗る必要がある。

[編集] トゥクトゥクやソンテウ

有名なトゥクトゥクは、安全性の観点と排気ガス規制などの理由から現在新規登録ができなくなっており、これから減少が予想される。なお、最初に値段を交渉して乗る必要がある。

主に郊外の小道でよく利用されるのが、ピックアップトラックの荷台を改造したソンテウと呼ばれるミニバスや、モーターサイ(いわゆるバイクタクシー)などがある。

[編集] 地方および国外

[編集] バス

チェンマイパッタヤープーケットチャンタブリーなどの国内主要都市の他、カンボジアやマレーシア、ミャンマーとの国境地域への長距離バスが頻繁に運行されている。なおこれらの長距離バスにもエアコン装備とノンエアコンの2種類が存在する。

郊外に3つのバスターミナルがあり、目的地によって使い分ける必要がある。

[編集] 航空

東南アジアのハブ
スワンナプーム国際空港
バンコクはクアラルンプールシンガポールなどと並び、ヨーロッパ諸国から東南アジア各国やオーストラリアなどへの中継地点として、また、東南アジアのハブ空港として重要な地位を保っている。さらに更に近年は、タイ・エアアジアノック・エアバンコク・エアウェイズなどのタイ国内線やアジア圏内を運航する格安航空会社が競って乗り入れており、航空の要所としての地位がますます高まっている。
2つの空港
2006年9月28日には、アジア最大の規模を持つ空港となるスワンナプーム国際空港が、バンコク中心部から32km東方のサムットプラーカーン県バーンプリー郡に開港した。スワンナプーム国際空港はドンムアン国際空港に代わるバンコクの主要空港として、また、東南アジアハブ空港として、観光国タイの表玄関として世界中から航空路線が集まっている。なお、ドンムアン国際空港も、第2空港として国内線用に引き続き使用されている。
日本との便
また、日本からは東京大阪名古屋福岡などの主要都市からタイ国際航空(成田、関西、中部、福岡)や日本航空(成田、関西)、バンコク・エアウェイズ(札幌(12月から))、全日空(成田のみ)、ノースウェスト航空(成田のみ)などがそれぞれ1日に1便-数便運航している他、台北香港経由で行くこともできる。

[編集] 見どころ

ワット・ポー
夜の繁華街(ソイ・カウボーイ)

交通の要所である上に観光資源が豊富なこともあり、東南アジア観光の中心地でもある。寺院や歴史的建造物が多数存在する他、物価も比較的安いことから、カオサン通りなどバックパッカーが集まる一帯もある。

他にも、中心部にある「パッポン通り」や「ソイ・カウボーイ」などはバーやクラブが立ち並ぶなどナイトライフが活気を見せている。これらの地域はベトナム戦争当時、レスト・アンド・レクリエーションのためにバンコクを訪れたアメリカ軍兵士が多く来たことから急速に発展し、現在も世界各国の多くの観光客をひきつけている。

[編集] ホテル

ザ・オリエンタル・バンコク
シャングリ・ラ ホテル バンコク

中心部やチャオプラヤー川沿いには世界的に著名な ザ・オリエンタル・バンコクザ・ペニンシュラ・バンコクシャングリ・ラ ホテル バンコクなどの最高級ホテルが立ち並び、また、それ以外にもフォーシーズンズ・ホテル・バンコクザ・スコータイ・バンコクなど多数の最高級ホテルが林立している。

[編集] 姉妹都市

バンコクの姉妹都市は以下の通り。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ "ประวัตกรุงเทพมหานคริ". SunSITE Thailand at Assumption University. 2008-6-10 閲覧。
  2. ^ (๒๘ พฤษภาคม ๒๔๕๙)“ประกาศกระทรวงมหาดไทย เรื่อง ทรงพระกรุณาโปรดเกล้า ฯ ให้เปลี่ยนคำว่าเมืองเรียกว่าจังหวัด”. Royal Gazette เล่ม ๓๓ (ตอน ๐ ก): หน้า ๕๑-๕๓.
  3. ^ (๒๑ ธันวาคม ๒๕๑๔)“ประกาศของคณะปฏิวัติ ฉบับที่ ๒๔”. ราชกิจจานุเบกษา เล่ม ๘๘ (ตอน ๑๔๔ ก): หน้า ๘๑๖-๘๑๙.
  4. ^ (๑๗ มิถุนายน ๒๕๑๕)“ประกาศของคณะปฏิวัติ ฉบับที่ ๑๖๘”. ราชกิจจานุเบกษา เล่ม ๘๙ (ตอน ๙๓ ก ฉบับพิเศษ): หน้า ๑๘๗-๒๐๑.
  5. ^ 冨田 [1997] p.820
  6. ^ 小杉 [2003] p.11
  7. ^ La Loubére [1693] p.4
  8. ^ The World According to GaWC 2008
  9. ^ http://office.bangkok.go.th/iad/eng/viewpage.php?page_id=38

[編集] 参考文献

  • 冨田竹二郎編著『タイ日大辞典』めこん、第三版1997年10月1日 ISBN 978-4-8396-0114-0
  • 友杉孝「バンコク史スケッチ」『アジア遊学 No.57』勉誠出版、2003年、pp.10-22 ISBN 978-4-585-10308-0
  • La Loubére, Simon de, A New Historical Relation of the Kingdom of Siam, London: 1693

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

政府

日本政府

観光

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最終更新 2009年11月20日 (金) 07:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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