パイオニア・アノマリー

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パイオニア・アノマリー (Pioneer anomaly) とは、太陽系外に脱出した惑星探査機の実際の軌道と理論から予測される軌道との間に食い違いが見出された問題を示す。 パイオニア異常パイオニア効果パイオニア減速問題パイオニア青方偏移などとも言う。 こうした名前はこの現象が惑星探査機パイオニア10号11号ではじめて確認されたことにちなんでいる。 現在のところ、この現象に対する一般的に受け入れられた説明は存在しておらず、その原因をめぐって単なるガス漏れから新しい力学理論までさまざまな可能性が検討されている。

目次

[編集] 問題の概要

太陽系を脱出する軌道にある4つの探査機と年ごとの位置。 パイオニア10・11号の向きは大きく異なっているが、同じ程度の未知の力が作用しているらしい。

1980年ごろジェット推進研究所 (JPL) のジョン・アンダーソン (John D. Anderson) がこの現象に最初に気づいたのは、太陽系の脱出速度を史上初めて獲得した探査機であるパイオニア10号に関してであった。 パイオニアが送信する電波のドップラー効果から得られる速度データなどから探査機の軌道を正確に決定するモデルを作成していたアンダーソンは、パイオニア10号が太陽からの距離 20 天文単位 (およそ天王星の軌道) を越えたあたりより予測外の動きをしていることを見出した。 予測では探査機に及ぶ重力以外の最大の力である太陽光による放射圧は、この距離で太陽の反対側へと押しやる 5 × 10−10 m/s2 以下の加速まで減少するはずであった。 しかしデータはこの放射圧の影響をすでに打ち消すほどの減速(太陽に向う加速)をしていることを示していた。

同様の現象はパイオニア11号でも見つかり、1987年までには、この未知のズレはパイオニア10号・11号どちらの探査機に対しても太陽に引き寄せられる向きのほぼ同じ大きさの加速として説明されることが見出された。 この食い違いの原因を解明するために、探査機の姿勢制御によるガス噴射(マヌーバ)や予定外の「ガス漏れ」による推力、未知の天体による重力、地球や他の惑星の暦のデータの誤り、搭載されていた原子力電池による偏った熱放射、さらに軌道分析プログラムの誤りまで、考えうるあらゆる可能性が検討されたが、原因は不明のままであった。 さらに、木星探査機ガリレオや、太陽系の極軌道にあるユリシーズ探査機のデータの検討がなされ、太陽との距離の近さからより不明確であったものの、やはり同様のズレを示していた。 この現象は簡単には解決できないものである可能性が高まったため、1998年にアンダーソンらによる論文が提出され、この不可解な現象はパイオニア・アノマリーとして知られることとなった[1]。 その後の詳細な検討では、この加速 aP はほぼ太陽の方向を向いた一定の大きさで aP = (8.74 ± 1.33) × 10−10 m/s2 と見積もられている[2]

パイオニアと同様に太陽系の脱出軌道にある2つのヴォイジャー探査機は、パイオニアとは異なって3軸制御を用いており、頻繁にガス噴射を行って安定な姿勢を保っていたため、こうした小さな加速の効果を正確に測定するのは困難である。 土星探査機カッシーニのデータからも今のところ確定的な帰結は導かれていない。 冥王星の観測をめざして2006年に打ち上げられたニュー・ホライズンズ探査機はパイオニアと同じくスピン制御を用いており、今後パイオニア・アノマリーの測定に用いる可能性が期待されている[3]

なお、2003年までにはパイオニア探査機は交信を絶ったため、現在はもはや新しい観測データは得られていないが、惑星協会の支援によって1987年以前のデータを含む30年分のデータが変換され、それを用いた詳細な検討が継続している[4]。 またベルンの国際宇宙科学研究所 (ISSI) ではパイオニア・アノマリーの解明に向けて2005年より3回の会合が催されている[5]

[編集] 検討されている説明

この問題の原因として、誤差によるとする可能性から新しい物理現象であるとする提案まで、様々な可能性が検討されている。

[編集] 観測・計算誤差

この効果が観測あるいは計算誤差であり、実際には問題となっているような減速が起こっていないという可能性について検討するため、パイオニアの過去のドップラー・データとテレメトリー・データの多角的な分析が継続的に行われている。 2007年までには別々の航行データから独立に7回の検証が行われ、それによればドップラー・データの中にこの効果が現れていることが確かだとされた[6][7]

[編集] 既知の物理的効果

既知の物理的効果であるが、それが軌道の予測モデルで適切に考慮されていない種々の可能性も検討されている。 最も単純な候補として未知の重力源からの重力があるが、カイパーベルト天体に関してはその大きさも効果もアノマリーの説明とはならないとされる[8]。 また、こうした重力源によるとする場合には、外惑星についても検出可能な大きさの効果が認められているはずだという指摘がある[9]

太陽光の放射圧は近距離で重力に次ぐ支配的効果をもつものの、問題の効果とは逆向きに作用し距離とともに逆2乗で減少する。 近距離でのデータから見積もったこの値は問題となっている距離ではアノマリーの効果よりはるかに小さなものとなり、モデルにおける見積もりが大きく誤っている可能性は除外された。 太陽風、すなわち太陽から吹き付ける陽子などによる圧力、および探査機が帯電して木星や土星の磁場によってローレンツ力を受けた可能性も検討され、いずれもその効果ははるかに小さいと見積もられた。 また、通信ビームによる反作用、探査機からの電波の伝達に荷電粒子が作用する太陽コロナ効果、さらに探査機の時計や受信側のディープ・スペース・ネットワーク機器の不安定性による影響も小さなものと見積もられている[2]

パイオニア10号。 原子力電池は本体から離れた2つの腕の先にある。

最も有力な可能性とされているものは、原子力電池や探査機の機器などから生ずる熱放射である。 探査機からの熱は、不均一な伝達による温度上昇やメインアンテナの背部での反射も加わって、不均等な力を生じさせる原因となる。 2008年には探査機の姿勢と熱の流れを詳細にモデル化することによって、探査機の実際の温度データをほぼ再現するシミュレーションが可能となった。 このモデルで検討した結果、熱が特定の方向に偏って放射され、観察されているアノマリーの大きさのおよそ 30% までが説明できるとされた[10]

[編集] 新しい現象の可能性

パイオニア・アノマリーは、従来の理論で説明できない新しい現象を示している可能性があるだけに、幾人かの理論家がアノマリーに新たな物理的意味を見出そうとし、力の理論や宇宙論の改変までも含む新しい枠組みの理論を用いて説明を行おうと試みている。 宇宙論との結びつきとして、アノマリーとして測定されている加速度 aP が、光速度ハッブル定数の積 cH0 ≈ 7 × 10−10 m/s2 に近いことが指摘されているが[2]、単なる偶然か秘められた物理的意味があるのかはわかっていない。

修正ニュートン力学 (MOND) のパラダイムはアンダーソンの報告でもパイオニア・アノマリーとの関係が示唆されていた[1]。 これは、1980年代以降、銀河の回転曲線問題を説明するために、モルデハイ・ミルグロム (w:Mordehai Milgrom) やヤコブ・ベッケンシュタインが提案していたもので、通常のように暗黒物質を仮定する代わりに、微弱な加速度ではニュートン力学が示すものよりも相対的に小さな力しか必要としないとしたものである[11][12]。 ミルグロムによれば MOND のような理論の背景には、おそらく真空のエネルギーとの相互作用があるとし、修正は重力相互作用ではなく慣性に対してのものだと解釈できるとする[13]。 こうした天体の経路に依存する理論は、軌道上にある惑星と脱出軌道の探査機との見かけ上の加速の違いを説明できるかもしれないとされる。

2007年には、マイク・マカロック (M.E. McCulloch) によってアンルー効果 (w:Unruh effect) とハッブル・スケールでのカシミール効果を用いた慣性に対する修正理論が提案されている[14]。 これは慣性がアンルー放射の反映であるとの仮説を置いた上で、極めて小さな加速度においてはアンルー放射の波長がハッブル距離を越えるために許されず、慣性がより小さなものとなるのだとする。 なお、マカロックはこの慣性の修正が地球フライバイ・アノマリーとして知られるもうひとつの謎にも適用可能だとする[15]

その他にも多様な理論の元での説明が提案されている。

  • 宇宙全体が作る重力場と膨張によるその変化がもたらす原子時と暦の時間の間の時間の加速による青方偏移[16]
  • 時間と空間が同じペースで拡大するとする修正定常宇宙論である拡大時空理論 (EST) による説明[17]

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  1. ^ J.D. Anderson, P.A. Laing, et al. (1998). “Indication, from Pioneer 10/11, Galileo, and Ulysses data, of an apparent anomalous, weak, long-range acceleration”. Phys. Rev. Lett. 81: 2858–2861. DOI: 10.1103/PhysRevLett.81.2858. (arXiv:gr-qc/9808081)
  2. ^ J.D. Anderson, P.A. Laing, et al. (2002). “Study of the anomalous acceleration of Pioneer 10 and 11”. Phys. Rev. D 65: 082004. DOI: 10.1103/PhysRevD.65.082004. (arXiv:gr-qc/0104064)
  3. ^ M.M. Nieto (2008). “New Horizons and the onset of the Pioneer anomaly”. Phys. Lett. B659: 483–485. DOI: 10.1016/j.physletb.2007.11.067. (arXiv:0710.5135)
  4. ^ "Projects — Pioneer anomaly". The Planetary Society. 2009-01-23 閲覧。
  5. ^ "The Pioneer explorere collaboration: Investigation of the Pioneer Anomaly at ISSI". ISSI. 2009-01-23 閲覧。
  6. ^ V.T. Toth, S.G. Turyshev (2006). “The Pioneer anomaly: seeking an explanation in newly recovered data”. Can. J. Phys. 84: 1063–1087. DOI: 10.1139/P07-005. (arXiv:gr-qc/0603016)
  7. ^ S.G. Turyshev (2007-03-28). "Pioneer anomaly project update — a letter from the project director". The Planetary Society. 2009-01-23 閲覧。
  8. ^ M.M. Nieto (2005). “Analytic gravitational-force calculations for models of the Kuiper belt, with application to the Pioneer anomaly”. Phys. Rev. D 72: 083004. DOI: 10.1103/PhysRevD.72.083004. (arXiv:astro-ph/0506281)
  9. ^ L. Iorio, G. Giudice (2006). “What do the orbital motions of the outer planets of the Solar System tell us about the Pioneer anomaly?”. New Astron. 11: 600–607. DOI: 10.1016/j.newast.2006.04.001. (arXiv:gr-qc/0601055)
  10. ^ E. Lakdawalla (2008-05-19). "Project update: Thermal modeling accounts for some, but not all, of the Pioneer anomaly". The Planetary Society. 2009-01-23 閲覧。
  11. ^ M. Milgrom (1983). “A modification of the Newtonian dynamics as a possible alternative to the hidden mass hypothesis”. Astrophys. J. 270: 365–370. DOI: 10.1086/161130.
  12. ^ J.D. Bekenstein (2006). “The modified Newtonian dynamics — MOND — and its implications for new physics”. Contemporary Physics 47: 387–403. DOI: 10.1080/00107510701244055. (arXiv:astro-ph/0701848)
  13. ^ M. Milgrom (1999). “The modified dynamics as a vacuum effect”. Phys. Lett. A253: 273–279. DOI: 10.1016/S0375-9601(99)00077-8. (arXiv:astro-ph/9805346)
  14. ^ M.E. McCulloch (2007). “Modelling the Pioneer anomaly as modified inertia”. Mon. Not. Roy. Astron. Soc. 376: 338–342. DOI: 10.1111/j.1365-2966.2007.11433.x. (arXiv:astro-ph/0612599)
  15. ^ M.E. McCulloch (2008). “Modelling the flyby anomalies using a modification of inertia”. MNRAS-letters 389 (1): L57–L60. DOI: 10.1111/j.1745-3933.2008.00523.x. (arXiv:0806.4159)
  16. ^ A.F. Ranada (2005). “The Pioneer anomaly as acceleration of the clocks”. Found. Phys. 34: 1955–1971. DOI: 10.1007/s10701-004-1629-y. (arXiv:gr-qc/0410084)
  17. ^ C.J. Masreliez (2005). “The Pioneer anomaly — A cosmological explanation”. Ap&SS 299: 83–108. (PDF)

最終更新 2009年9月23日 (水) 19:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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