パオロ・マルティン
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パオロ・マルティン (Paolo Martin、1943年5月7日 - )はイタリア・トリノ出身のカーデザイナーである。
[編集] 経歴
1943年生まれ、1961年にジョバンニ・ミケロッティのスタジオにモデラーとして入社。一時ベルトーネに在籍した後、1967年にはピニンファリーナに移籍し、24歳の若さでこの名門カロッツェリアのデザイン部門を率いることとなった。
1973年から1976年まではデ・トマソグループのモトグッチやベネッリ等のモーターサイクルのデザインに携わった。1976年以降はフリーとなり、活動範囲をオフィスや住宅、ボートなどの工業デザインに広げている。
現在も自身のスタジオを経営し、そのホームページによると自動車メーカーではフィアット・日産自動車・BMW・スバルがクライアントであるとしている。
[編集] 主な作品
自動車デザイナーとしての主要作品はピニンファリーナ在籍時代に集中しているが、その後もプロトタイプの発表などの活動は行っている。
- BMC・ADO16・BMC・ADO17プロトタイプ(1967年)--- 斬新な6ライトのファストバック4ドアセダンの提案。その後のオースチンやモーリスの新型車にはこの提案は全く生かされなかったが、ロベール・オプロンのデザインとされるシトロエン・GS(1970年)/CX(1974年)、デビッド・ベイチュのローバー・SD1(1976年)などに強い影響を与えた。
- ディーノ・206Cコンペティツィオーネ(1967年)---日本では劇画「サーキットの狼」に登場して有名なプロトタイプ
- アルファロメオ33ロードスター (1968年)
- ピニンファリーナ・シグマ1 F1コンセプトカー(1970年) --- 当時頻発したF1ドライバーの事故死に対し、「安全なレーシングカー」を作ろうとしたプロトタイプ。元レーシングドライバーで自動車評論家のポール・フレールもプロジェクトに参加した。
- フェラーリ512モデューロ (1970年)
- フィアット・130クーペ (1971年)
- NSU・Ro802ポルテ+2 (1971年)
- プジョー・104 (1972年)
- ロールスロイス・カマルグ(1975年)---退社後の発売だが自身のホームページでは自作としている。
- ランチア・ベータ・モンテカルロ (1975年)---同上
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月16日 (水) 12:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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