パラオの国旗

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パラオの国旗
用途及び属性 市民陸上、政府陸上、軍隊陸上、市民海上、政府海上、軍隊海上?
縦横比 5:8
制定日 1981年1月1日
使用色:

パラオの国旗は、パラオ共和国(Beluu er a Belau)の国旗。中央のやや旗竿寄りに金黄色の円を配し、明るい青を背景色としたものである。

このデザインは、1979年に国旗を決めるコンテストで優勝したJohn Blau Skebong(ドイツ系の姓アメリカ系の名・1947生・現アルモノグイ州知事の実兄)によるもので、1980年に議会で法案化、承認された。

黄金色の円はを表し、パラオ人の機が熟し独立国となった事を表す。また、月はパラオの人々にとって収穫や自然の循環、年中行事に重要な役割を果たしている。明るい青はパラオが広大な太平洋に位置する事を表すと共に、過去の異国の統治による影からの脱出を表す[1]

[編集] 起源について

歴史的にパラオはアメリカによる統治前、国際連盟による日本の委任統治領下にあり現在もなお親日的な国家であることや、国民の中から公募され、選出されたデザインは日の丸と似ていることなどから、国旗のデザインが日の丸を元にしているという説がある。この説では、月は日章旗の太陽と対為し友好を示すものであり、月が中心より若干左に寄っているのは旗めく時に中心に見える様に、併せて日本に対する畏敬の念の表れであるとしている[2][3][4][5]。これらはあくまで非公式の巷説であり、パラオ政府内務省による国旗に就いての文書ではデザインの類似性に就いての記載は無い[6]

パラオのペリリュー島に神社を建設した際に出版されたパンフレット「ペリリュー神社再建由来記」(1982年)にこの説が記されており、名越二荒之助の著作や、西牟田 靖の著作[7]、世界の国旗に関する辞典、図鑑などにも書かれている。[8][9][10]またこの説を裏付けるコメントをチャンネル桜報道ワイド日本平成19年06月12日号においてNPO法人日本パラオ協会理事長の黒岩徹が名越二荒之助の名前を出して語っている。 1999年、歌川令三[11]ナカムラ大統領(在位1993 - 2001年)と懇談の折に直接真相を質したが、大統領は肯定も否定も行わなかった[12]

パラオの国旗は空色の地に、黄金色の丸が書かれている。「日本の日の丸に似ている」といったら、「まあ、そういう見方もあるよね」とナカムラさんは苦笑する。空色と黄金色は、海と満月、平和と静寂、海と陸の豊饒を表しているという。(『財界』1999年12月7日号。「やしの実大学ミクロネシア講座パラオ共和国紀行」に転載)

[編集] 註釈

  1. ^History of the National Flag(PDF)」パラオ共和国憲法制定会議のウェブサイト"Second Constitutional Convention - 2005"
  2. ^ 名越二荒之助「世界に生きる日本の心」1987年。
  3. ^ 藤岡信勝「国立二小問題と国旗指導のヒント」『正論』2000年9月号、40頁。
  4. ^ 伊勢雅臣の自由主義史観研究会での主張。
  5. ^パラオ共和国の歴史」NPO南洋交流協会。理事長の滑川裕二は日本青年社副会長であることに留意されたい。
  6. ^ 21世紀研究会(編纂) 『国旗・国歌の世界地図』 文藝春秋〈文春新書〉、日本、2008年、403ページ。ISBN 9784166606450
  7. ^ 西牟田靖『僕の見た「大日本帝国」』情報センター出版局、2005年2月、ISBN 4795843023
  8. ^ よくわかる 国旗と国名由来図典 辻原 康夫 著、出窓社、2004年。ISBN 9784931178502
  9. ^ 世界の国旗ビジュアル大事典 吹浦 忠正 著、学習研究社、2007年。ISBN 9784054031982
  10. ^株式会社 更五 公式サイト」(国旗の製作・販売をしている明治32年 創業の会社)
  11. ^ 歌川令三(1934年 -)は元毎日新聞記者、同取締役編集局長ののち88年退社。日本財団(日本船舶振興会)常務理事を経て東京財団理事、多摩大学客員教授。
  12. ^ 結局、歌川はパラオ国旗と日の丸の関係について「よくわからない」としている。(『財界』1999年12月7日号。「やしの実大学ミクロネシア講座パラオ共和国紀行」に転載)

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月23日 (月) 19:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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