ヒトラー内閣

ヒトラー内閣の最新ニュースをまとめて検索!

1933年1月30日のヒトラー内閣の閣僚。前列左からゲーリング無任所相、ヒトラー首相、パーペン副首相。後列左からクロージク財務相、フリック内相、ブロンベルク国防相、フーゲンベルク経済・農業食糧相

ドイツヒトラー内閣は、アドルフ・ヒトラーを首相とする内閣(1933年 - 1945年)。

目次

[編集] 成立直後のヒトラー内閣

1933年1月30日に大統領ヒンデンブルクにヒトラーが首相として任命された。この発足直後のヒトラー内閣は、以下の通りナチスと保守派・貴族の連立内閣であった。しかし入閣したナチス党員は首相ヒトラー、内相フリック、無任所相ゲーリングの3人のみであった。

[編集] ヒトラー内閣歴代閣僚

首相
副首相
外務大臣
内務大臣
大蔵大臣
法務大臣
国防大臣(1935年6月23日-1938年2月5日)
国防軍最高司令部総長(1938年新設)[1]
経済大臣
労働大臣
  • フランツ・ゼルテ(1933-45、鉄兜団→ナチス)
交通大臣
  • パウル・フライヘア・フォン・エルツ・リューベナッハ(1933年 - 1937年、男爵、郵政大臣兼任)
  • ユリウス・ドルプミュラー(1937年 - 1945年、ナチス)
郵政大臣
  • フォン・エルツ・ルーベナッハ(1933年 - 1937年、交通大臣兼任)
  • ウィルヘルム・オーネゾルゲ(1937年 - 1945年、ナチス)
農業食糧大臣
農政大臣(1936年 - 1942年)
食糧大臣(1944年 - 1945年)
国民啓蒙・宣伝大臣(1933年3月13日新設)
航空大臣(1933年5月5日新設)
  • ヘルマン・ゲーリング(1933年 - 1945年、ナチス)
科学・教育・国民文化大臣(1934年5月1日新設)
  • ベルハルト・ルスト(1934年 - 1945年、ナチス)
宗教大臣(1935年7月16日新設)
  • ハンス・カール(1935年 - 1941年、ナチス)
  • ヘルマン・ムース(1941年 - 1945年、ナチス)
兵器・弾薬大臣(1940年3月17日新設)
軍需・軍事生産大臣(1943年-1945年)
東部占領地域大臣(1941年12月17日新設)
ボヘミア・モラビア保護領担当国務相(1941年8月20日新設)
無任所大臣

[編集] 参考:ヒトラーの遺書による内閣

1945年、ヒトラーの自殺に際し、遺書が3通作られて総統地下壕から外部(デーニッツ宛、中央軍集団司令官フェルディナント・シェルナー元帥宛、ミュンヘンのナチ党文書館宛)に送られたが、いずれも隠匿されてしまい、全文が知られるには終戦後の調査を待たなければならなかった。したがって、この遺書の中で当時に公表され、一応は任命が発効したといえるのは、ナチ党官房長マルティン・ボルマンが新大統領デーニッツに電報で知らせた部分、大統領デーニッツ、首相ゲッベルス、ナチス党担当相ボルマン、外相ザイス=インクヴァルトの4名だけであった。

※( )内は任命当時の職

[編集] 参考:デーニッツの「フレンスブルク政府」

ヒトラーによって後継大統領に指名されたデーニッツは、対連合国交渉のためにフレンスブルクで政府を組織した。当時、ヒトラーの遺言による内閣人員は一部しか伝わっておらず、首相であるゲッベルスも消息不明だったため、デーニッツは独自に閣僚を指名した。東西両戦線のドイツ軍に降伏する権限を与えたのはこの政府である。デーニッツ政権はドイツの降伏(1945年5月7・8日)によって役割を終え、5月23日に連合軍によってこの政府は解体、閣僚の全員が逮捕された。

詳細は「カール・デーニッツ」を参照

ハインリヒ・ヒムラーは新政府の首相の地位を要求したが、デーニッツはこれを認めなかった。5月6日、デーニッツはハインリヒ・ヒムラー内相兼ドイツ警察長官、東方占領地域相アルフレート・ローゼンベルク、司法相オットー・ティーラック、生死不明であった首相ヨーゼフ・ゲッベルスを解任している[3]

[編集] 脚注

  1. ^ 1938年以降、国防大臣を任命せず、国防軍最高司令部を新設して総統ヒトラーが国防軍を直接掌握。国防軍最高司令部総長は国務大臣と同位とされた。
  2. ^ a b アルベルト・シュペーア著 品田豊治訳 『第三帝国の神殿にて -ナチス軍需相の証言』下( 中央公論新社、2001年)
  3. ^ ヒュー・トレヴァ=ローパー著 橋本福夫訳『ヒトラー最期の日』(筑摩書房、1975年)230・231頁

最終更新 2009年8月21日 (金) 07:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ヒトラー内閣】変更履歴

ご利用上の注意