ビアンキ

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ビアンキのマウンテン・バイク

ビアンキ (Bianchi)はイタリア自転車製造メーカー。現在の自転車(セーフティ型)が発明された年に創業しており、現存する中では世界最古の自転車メーカーである。 ロードバイクマウンテンバイククロスバイク折り畳み自転車と様々な種類の自転車を販売している。2005年には会社設立から120周年を迎えている。現在の日本における代理店はCycleurope Japanサイクル・ヨーロッパ ジャパン)である。


チェレステカラーのビアンキ製自転車(台湾モデル)
近年のレパルトコルセモデルに付属するステッカー

目次

[編集] 沿革

記念となる年には他のメーカー同様にイヤーモデルを生産している。

[編集] 生産体制

基本的には、ビアンキも他の自転車メーカーと同じようにデザイン部門と生産場所が異なっている。例えば、アメリカではBianchi USAがビアンキを取り扱っていて、デザインはアメリカ国内で(アメリカのニーズに合わせて)、生産は台湾で行われる。日本ではアメリカモデル・ジャパンモデル・レパルトコルセモデル・OEMモデル(BD-1など)が販売されている。

ロードバイクとマウンテンバイク、フラットバーロード及びシティサイクルの一部の車種はreparto corseと呼ばれる、レース用自転車製作部門において製造される。レパルトコルセでは、手作業でフレームが製作されている。レパルトコルセモデルには「Hand made in Italy」(「Designed in Italy」ではない)というデカール(上写真参照)が貼ってあるため、容易に判別可能である。

[編集] ロードレースとビアンキ

チーム・ビアンキの一員として2003年のツール・ド・フランスを走るヤン・ウルリッヒ

ビアンキのフレームは、かつてジロ・デ・イタリアツール・ド・フランスで輝かしい成績を残している。特に有名なのはファウスト・コッピフェリーチェ・ジモンディマルコ・パンターニらで、彼らはビアンキのフレームを使用してジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの総合優勝を獲得している。

ちなみに、ダブルツールを最初に成し遂げたフレームもビアンキ製(ファウスト・コッピが使用)であり、2008年現在、最後にダブルツールを成し遂げたバイクもビアンキ(マルコ・パンターニ使用)である。またダニーロ・ディルーカはビアンキを使用して初代UCIプロツアーのタイトルを獲得している。

これらを含め、ビアンキ製自転車は

などの輝かしい成績を残している。


[編集] マウンテンバイク

ビアンキは積極的にマウンテンバイクを生産しており、90年代後半にはダウンヒルバイクも生産していた。近年ではクロスカントリーバイクに力を入れており、ワークスチームを持っている。アテネオリンピックではビアンキ製クロスカントリーバイクに乗ったジュリアン・アブサロンが金メダルを獲得している。彼は2002年にはMTBクロスカントリーU-23のヨーロッパチャンピオンにもなっている。

以下は、Bianchi製バイクがMTBレースで成し遂げた戦績である。数字は勝利数(ステージレースは総合優勝数)を表している。 • 1 Olympic Games Athens 2004 Gold Medal • 9 World championship • 9 European championship • 3 World championship XCO • 2 World championship XCM • 25 Italian championship • 13 National championship • 189 First placements

[編集] 特徴

[編集] アルミフレーム

ビアンキはアルミフレーム「メガプロ」により、現在まで続く大口径パイプを用いたアルミフレームの基本デザインを確立したメーカーである。

[編集] カーボンフレーム

レースで使用された初のカーボンモノコックフレーム(C4製)はビアンキC4であるが、以降のビアンキは自社でレーススペックのカーボンフレームを生産することには消極的で、近年のレースにおいてはプロ選手にもフルアルミモデルを使わせていた。しかし、2007年頃から本格的にカーボンフレームを製作し始め、現在はモノコック、ラグドのどちらのタイプのフレームも製作している。

[編集] チタンフレーム

ビアンキは早くからチタンフレームの製作に取り組んでいる。リクイガス時代のマグヌス・バックステッドはビアンキのチタンフレームを好んで(カーボンフレームはあえて選択せずに)使用していた。

[編集] 自動車

1899年、ビアンキは自動車部門も設立し(フィアットと並んでイタリア最古の自動車メーカー)、四輪自動車の開発・製造も行なった。戦時中は機関銃を搭載可能な自転車の開発など戦時産業にも携わった。また、二輪車初のベベルシャフトDOHCエンジンを搭載したモーターサイクルも製造している。そのモーターサイクルの一モデルとして有名であったのが、Freccia Celesteである。

第二次世界大戦後、工場の被災等もあって採算が悪化し、本体は本来の自転車産業に特化して、自動車部門はフィアットピレリの出資を受けてアウトビアンキ社として独立することとなった。フィアットの小型車のプラットフォームを使いつつ、独自の遊び心のある乗用車を製造し人気を博したものの、やがてフィアットが同社の全株式を取得するにいたって、ビアンキはブランド名の一部としてのみ残り、1992年にはブランド名も消滅した。

[編集] チェレステ

ビアンキの自転車は伝統的にチェレステ(伊:Celeste 碧空、天空)という緑色に近い青色で塗装される。このチェレステはイタリアのマルゲリータ王妃の目の色をモチーフにしたという説がある[要出典]。実際、創業者のエドアルドは、1895年にマルゲリータ王妃に自転車の乗り方を指導している。また、ミラノの空の色を見て現地の職人が色を調合するとも言われている[要出典]。そのためチェレステカラーは毎年微妙に違った色になっている。

[編集] 外部リンク

  • Bianchi ビアンキ(イタリア)のサイト
  • サイクルヨーロッパジャパン ビアンキの日本代理店(2004年まではNBSが総代理店であった。)
  • [1] 世界的にも有名なビアンキコレクターのサイト(過去のカタログも公開している)

最終更新 2009年11月6日 (金) 13:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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