ビルヒニア・ルアノパスカル
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| ビルヒニア・ルアノパスカル | |
|---|---|
![]() ビルヒニア・ルアノパスカル |
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| 基本情報 | |
| ラテン文字名 | Virginia Ruano Pascual |
| 国籍 | |
| 出身地 | 同・マドリード |
| 生年月日 | 1973年9月21日(36歳) |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 60kg |
| 利き手 | 右 |
| バックハンド | 片手打ち |
| ツアー経歴 | |
| デビュー年 | 1992年 |
| ツアー通算 | 45勝 |
| シングルス | 3勝 |
| ダブルス | 42勝 |
| 4大大会最高成績・シングルス | |
| 全豪 | ベスト8(2003) |
| 全仏 | ベスト8(1995) |
| 全英 | 4回戦(1998) |
| 全米 | 3回戦(1998・99・2001) |
| 4大大会最高成績・ダブルス | |
| 全豪 | 優勝(2004) |
| 全仏 | 優勝(2001・02・04・05・ 08・09) |
| 全英 | 準優勝(2002・03・06) |
| 全米 | 優勝(2002-04) |
| 優勝回数 | 10(豪1・仏6・米3) |
| 4大大会最高成績・混合ダブルス | |
| キャリア自己最高ランキング | |
| シングルス | 28位 |
| ダブルス | 1位 |
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 女子 テニス | ||
| 銀 | 2004 | ダブルス |
| 銀 | 2008 | ダブルス |
ビルヒニア・ルアノパスカル(Virginia Ruano Pascual, 1973年9月21日 - )は、スペイン・マドリード出身の女子プロテニス選手。ダブルスの名手としてよく知られる。長年にわたり、アルゼンチンのパオラ・スアレスとペアを組んで活躍してきた。これまでにWTAツアーでシングルス3勝、ダブルス42勝(うち4大大会女子ダブルス10勝)を挙げている。自己最高ランキングはシングルス28位、ダブルス1位。身長169cm、体重60kg。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。(新聞一般表記は「ビルヒニア・ルアノパスクアル」となっている。)
ダブルス・ペアにはいろいろなタイプがあるが、ルアノパスカルとスアレスは10年以上ペアを組み、息を合わせてきた親友である。2人のペアが女子テニスツアーで勝つようになったのは、1998年のシーズンからであった。2001年の全仏オープンを契機に、2人のペアは4大大会の女子ダブルスで「8勝」を記録した。2002年は全仏オープンの女子ダブルス2連覇と、全米オープン女子ダブルス初優勝がある。全米女子ダブルスには、2004年まで大会3連覇を達成した。2003年全仏オープンと2003年ウィンブルドンの女子ダブルスでは、杉山愛とキム・クライシュテルスの組が“世界最強ペア”ルアノパスカル&スアレス組の壁を破り、4大大会女子ダブルス2連覇の偉業を成し遂げた。しかし、クライシュテルスがシングルス優先の方針から杉山とのペアを解消する。ルアノパスカルとスアレスの組は、2003年の全米女子ダブルスで2連覇を果たすと、2004年度はダブルスでウィンブルドンを除く年間3冠を獲得した。
2004年のアテネ五輪で、ビルヒニア・ルアノパスカルはスペイン代表選手としてコンチタ・マルチネスとともに女子ダブルスの銀メダルを獲得した。ルアノパスカルとマルチネスは、決勝で中国ペアの李テイ&孫甜甜組に 3-6, 3-6 のストレートで敗れた。
2005年はパートナーのスアレスの故障と、新たなライバルの登場もあり、2人のペアの勝利はやや減少したが、全仏オープンの女子ダブルスで2年連続4度目の優勝を飾った。スアレスの故障を乗り越え、2人は2006年ウィンブルドンの女子ダブルスで再び決勝進出を果たす。3年ぶりの決勝では中国ペアの鄭潔&晏紫組に 3-6, 6-3, 2-6 で敗れ、またもやウィンブルドン・ダブルス初優勝のチャンスを逃した。スアレスは2007年全米オープンを最後に、31歳で現役を引退した。
スアレスの引退後、ルアノパスカルは同じスペインの後輩選手アナベル・メディナ・ガリゲスと組んで大半のダブルス戦に出場するようになった。ルアノパスカルとメディナ・ガリゲスは、2008年全仏オープンの女子ダブルスでフランチェスカ・スキアボーネ(イタリア)&ケーシー・デラクア(オーストラリア)組を 2-6, 7-5, 6-4 で破り、このコンビでも4大大会優勝を果たした。ルアノパスカルにとっては、2005年以来3年ぶり5度目の全仏女子ダブルス優勝となる。ルアノパスカルとメディナ・ガリゲスは北京五輪でも女子ダブルス決勝に進出したが、ビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹組(アメリカ、当年度のウィンブルドン優勝ペア)に 2-6, 0-6 で完敗し、ルアノパスカルは2大会連続の銀メダルに終わった。
2009年の全仏オープン女子ダブルス決勝で、ルアノパスカルとメディナ・ガリゲスはビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)&エレナ・ベスニナ(ロシア)組を 6-1, 6-1 で圧倒し、このペアで2年連続優勝を飾った。
シングルスでのルアノパスカルは、ダブルスに比べると印象はやや薄いが、1995年の全仏オープンと2003年の全豪オープンで2度のベスト8進出がある。1995年全仏オープンの女子シングルス準々決勝では、同じスペインのコンチタ・マルチネスに 0-6, 4-6 で敗れた。2003年全豪オープンで8年ぶり2度目の女子シングルス準々決勝進出を果たした時は、ジュスティーヌ・エナン・アーデンに 2-6, 2-6 で敗れている。2001年のウィンブルドン女子シングルス1回戦では、当時20歳だった第1シードのマルチナ・ヒンギスを 6-4, 6-2 で破ったこともある。2006年の全豪オープンでは3年ぶりのシングルス4回戦に勝ち進み、まだまだ彼女の実力は健在である。
[編集] 4大大会ダブルス優勝
- 全豪オープン 女子ダブルス:1勝(2004年)
- 全仏オープン 女子ダブルス:6勝(2001年・2002年・2004年・2005年/2008年・2009年)
- 全米オープン 女子ダブルス:3勝(2002年-2004年) [大会3連覇]
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ビルヒニア・ルアノパスカル - WTAツアーのプロフィール(英語)
- フェドカップ成績表
| オープン化時代(1968以後) |
|---|
| オープン化以後 | 1968・69 / フランソワーズ・デュール · アン・ヘイドン・ジョーンズ | 1970・71 / フランソワーズ・デュール · ゲイル・シェリフ | 1972 / ビリー・ジーン・キング · ベティ・ストーブ | 1973 / マーガレット・スミス・コート · バージニア・ウェード | 1974 / クリス・エバート · オルガ・モロゾワ | 1975 / クリス・エバート · マルチナ・ナブラチロワ | 1976 / フィオレラ・ボニセジ · ゲイル・シェリフ | 1977 / レジナ・マルシコワ · パム・ティーガーデン | 1978 / バージニア・ルジッチ · ミマ・ヤウソベッツ | 1979 / ベティ・ストーブ · ウェンディ・ターンブル | 1980 / キャシー・ジョーダン · アン・スミス | 1981 / ロザリン・フェアバンク · ターニャ・ハーフォード | 1982 / マルチナ・ナブラチロワ · アン・スミス | 1983 / ロザリン・フェアバンク · キャンディ・レイノルズ | 1984・85 / マルチナ・ナブラチロワ · パム・シュライバー | 1986 / マルチナ・ナブラチロワ · アンドレア・テメシュバリ | 1987・88 / マルチナ・ナブラチロワ · パム・シュライバー | 1989) ナタリア・ズベレワ · ラリサ・サブチェンコ | 1990 / ヘレナ・スコバ · ヤナ・ノボトナ | 1991 / ジジ・フェルナンデス · ヤナ・ノボトナ | 1992-95 / ジジ・フェルナンデス · ナターシャ・ズベレワ | 1996 / リンゼイ・ダベンポート · メアリー・ジョー・フェルナンデス | 1997 / ジジ・フェルナンデス · ナターシャ・ズベレワ | 1998 / マルチナ・ヒンギス · ヤナ・ノボトナ | 1999 / ビーナス・ウィリアムズ · セリーナ・ウィリアムズ | 2000 / マルチナ・ヒンギス · マリー・ピエルス | 2001・02 / ビルヒニア・ルアノパスカル · パオラ・スアレス | 2003 / 杉山愛 · キム・クライシュテルス | 2004・05 / ビルヒニア・ルアノパスカル · パオラ・スアレス | 2006 / リサ・レイモンド · サマンサ・ストーサー | 2007 / アリシア・モリク · マラ・サンタンジェロ | 2008・09 / ビルヒニア・ルアノパスカル · アナベル・メディナ・ガリゲス |
最終更新 2009年11月10日 (火) 01:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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