ファジアーノ岡山FC
ファジアーノ岡山FCの最新ニュースをまとめて検索!
| ファジアーノ岡山FC | |
|---|---|
| 原語表記 | ファジアーノ岡山FC |
| 呼称 | ファジアーノ |
| 愛称 | ファジ |
| クラブカラー | ワインレッド |
| 創設年 | 1975年 |
| 所属リーグ | Jリーグ |
| 所属ディビジョン | J2 |
| ホームタウン | 岡山市、倉敷市、津山市 を中心とした岡山県全県 |
| ホームスタジアム | 桃太郎スタジアム |
| 収容人数 | 20,000 |
| 運営法人 | 株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ |
| 代表者 | 木村正明 |
| 監督 | 手塚聡 |
| 公式サイト | 公式サイト |
ファジアーノ岡山FC(ファジアーノおかやまエフシー、Fagiano Okayama Football Club)は、岡山市を中心に岡山県を本拠地とするサッカークラブ。Jリーグ・ディビジョン2所属。チームキャッチフレーズは子供たちに夢を!
目次 |
[編集] クラブの概要
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒700-0985 岡山県岡山市北区厚生町3丁目1番15号 岡山商工会議所ビル5F |
| 設立 | 2006年 |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | サッカーなどのスポーツクラブの運営 |
| 代表者 | 木村正明(代表取締役社長) |
| 資本金 | 7625万円 |
| 従業員数 | 社員4名 |
| 外部リンク | http://www.fagiano-okayama.com/ |
前身は川崎製鉄水島製鉄所サッカー部OBチーム「リバー・フリー・キッカーズ(River Free Kickers、略称:RFK)」。
チーム名のファジアーノ(fagiano、ファジャーノ)はイタリア語でキジ(雉)の意。おとぎ話・桃太郎に登場する動物である。
チームカラーはワインレッド。チームマスコットはキジをイメージした「ファジ丸」。
ホームスタジアムは岡山県総合グラウンド陸上競技場(桃太郎スタジアム)。また年に数試合、岡山県津山陸上競技場など、岡山県北部のスタジアムでも開催されている。
スポーツ文化の根付かない岡山で岡山湯郷ベルや岡山シーガルズに後塵を拝しながらも「岡山から全国へ!岡山からJリーグを!」という夢に向けて2006年にNPO法人から株式会社に改組した。
[編集] クラブの歴史
[編集] Jリーグ参入前
- 1975年
- 川崎製鉄水島サッカー部(現:ヴィッセル神戸)のOBがリバーフリーキッカーズ(RFK)を結成し、岡山県社会人リーグに加盟。
- 2001年
- 5月、岡山県サッカー協会が晴れの国おかやま国体に向けサッカー成人の部を強化する方針に伴い、既存チームを中核に将来Jリーグを目指すクラブとすることを決定。
- 2003年
- 2月、岡山県リーグ1部に所属していたRFKが中核チームに選ばれる。9月7日、ファジアーノ岡山フットボールクラブ結成、運営組織の岡山ヒューマンスポーツクラブ設立。初代監督に山下立次岡山県サッカー協会技術委員会特別委員が就任。
- 2004年
- 3月23日、運営組織をNPO法人化。
- 岡山県1部リーグで優勝し、中国サッカーリーグ進出をかけて鳥取KFCと行われた入替戦を制して中国リーグに昇格。
- 2005年
- 元北朝鮮代表の梁圭史が加入。
- 中国リーグで2位となり、日本フットボールリーグ(JFL)昇格をかけ全国地域リーグ決勝大会に初出場するが、1次ラウンド敗退。
- 2006年
- 7月13日、Jリーグ準加盟に向け運営会社「株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ」設立、代表取締役に元ゴールドマン・サックス執行役員の木村正明が就任。プロ経営者としての手腕を発揮して岡山の営業収入を2年間で数十倍に上昇させ、前横浜FCのジェフェルソンを皮切りにプロ契約の選手も次々に補強した。また自らも営業や試合運営などに積極的に参加してサポーターの心をつかみ、プロクラブとしての基礎を作り上げた。
- 中国リーグで優勝したものの、地域リーグ決勝大会で決勝ラウンド3位に終わりJFL昇格を逃す。
- 2007年
- 7月4日 Jリーグへの準加盟申請をおこない、8月21日Jリーグ理事会にて地域リーグ所属チームとしては初めて準加盟を承認された。
- 監督にJリーグで実績のある手塚聡を招聘。また喜山康平など、東京ヴェルディ1969(現・東京ヴェルディ)の若手を中心にJリーグからレンタルで多数の選手を補強したが、「ヴェルディでは試合に出られない選手がJFLで成長し、その後ヴェルディに帰っていくサイクルが確立するのではないか」という不安を残す。[要出典]
- 天皇杯岡山県予選で環太平洋大学に敗れることもあったが、中国リーグで全勝優勝、地域リーグ決勝大会でも優勝し2008年からのJFL昇格を決めた。
- 2008年
- 第10回JFLでは開幕から6連勝し一時は首位に立つなどの快進撃をみせ、昇格圏内の4位以内に位置していた。一方、県予選で敗退していた天皇杯にようやく出場。3回戦まで進みクラブ史上初のJリーグチームヴァンフォーレ甲府と公式戦で対戦、惜しくも敗れたが確かな一歩を踏んだ。話をJFLに戻すと、最終節で隣県のライバルであるガイナーレ鳥取と昇格圏内の4位を争ったが、最終節でガイナーレ鳥取が負けたため4位が確定した(最終節で岡山が勝てば岡山の4位が確定。引き分け以下の場合、鳥取が引き分け以下で岡山の4位確定、鳥取が勝てば鳥取が4位確定という状況だった。なお最終節のカターレ富山戦は引き分けに終わった)。終わってみれば一度も5位以下になることがなかった。その他のJリーグ加盟条件も満たしたことから12月1日にJ2加盟が認められた。中国・四国地方ではサンフレッチェ広島や徳島ヴォルティス、愛媛FCに次いで4クラブ目のJクラブとなった。また、栃木サッカークラブ、カターレ富山も同時に昇格した。
[編集] Jリーグ参入後
[編集] 2009年
- Jリーグ昇格1年目。補強は大学生やJFLの選手を中心に行い、植田龍仁朗(G大阪)、保坂一成(甲府)、西野晃平(水戸)のJ1経験者も獲得した。これらの積極的な若手の獲得により、30代の選手がいない若いチームとなった。また、開幕当初の選手登録人数が44人とJ2最大の大所帯となったが、若手育成のための下部組織としてファジアーノ岡山ネクストが結成され、4月10日に22人の選手がネクスファジに所属変更された。
- 3月8日に桃太郎スタジアムで行われたJリーグ公式戦の開幕戦は、奇しくも昨年の天皇杯3回戦で対戦した甲府が相手となった。開幕戦は退場者を出しながらも引き分け、Jリーグ初の勝点1を得たが、4月29日のアビスパ福岡戦まで勝利を挙げることはできなかった。その後得点力不足と相次ぐ故障者により連敗が続いたが、小寺優輝、金光栄大、滝裕徳がネクスファジから復帰、青木孝太(千葉)、三木良太(G大阪)、野田紘史(浦和)、廣永遼太郎(FC東京)らがレンタル移籍で途中加入し、チーム内が活性化した。さらに7月、フジテレビの「FNSの日 27時間テレビ2009」内で実施された「27局対抗!三輪車12時間耐久レース」にフロントスタッフ3名が参加し5位と健闘するなど、明るいニュースが続くとチームは勢いに乗り、ついに8月、2連勝を果たした。
[編集] チーム成績・歴代監督
| 年度 | 所属 | 勝点 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 差 | 順位 | チーム数 | 天皇杯 | 監督 | 総監督 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001年 | 岡山県1部 | 25 | 11 | 8 | 1 | 2 | 優勝 | 12 | 予選敗退 | ||||||
| 2002年 | 11 | 2位 | 12 | 予選敗退 | |||||||||||
| 2003年 | 11 | 優勝 | 12 | 予選敗退 | |||||||||||
| 2004年 | 33 | 11 | 11 | 0 | 0 | 44 | 7 | 37 | 優勝 | 12 | 予選敗退 | 山下立次 | |||
| 2005年 | 中国リーグ | 28 | 12 | 9 | 0 | 3 | 37 | 13 | 24 | 2位 | 7 | 予選敗退 | |||
| 2006年 | 35 | 14 | 11 | 1 | 2 | 62 | 16 | 46 | 優勝 | 8 | 予選敗退 | ||||
| 2007年 | 42 | 14 | 14 | 0 | 0 | 77 | 3 | 74 | 優勝 | 8 | 予選敗退 | 手塚聡 | 山下立次 | 順位決定戦を除く | |
| 2008年 | JFL | 60 | 34 | 17 | 9 | 8 | 63 | 43 | 20 | 4位 | 18 | 3回戦敗退 | |||
| 2009年 | J2 | 51 | 18 | 2回戦敗退 | |||||||||||
| 2010年 | 36 | 19 |
[編集] 天皇杯
| 年度・回 | 1回戦 | 2回戦 | 3回戦 | 4回戦 | 5回戦 | 準々 | 準決 | 決勝 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008年 第88回 | 日立笠戸 6-0○ |
ヴォルカ鹿児島 2-0○ |
ヴァンフォーレ甲府 0-1● |
- | - | - | - | - | 初出場 |
| 2009年 第89回 | - | カターレ富山 0-0(4PK1)● |
- | - | - | - | - | - |
[編集] 主要大会実績
- 2006年:第30回 全国地域リーグ決勝大会 第3位
- 2007年:第31回 全国地域リーグ決勝大会 優勝
- 2008年:第28回 岡山県サッカー選手権大会 優勝
[編集] 獲得タイトル
チームの獲得タイトルはなし
個人タイトル
[編集] スタジアム
※( )内は所在地と観客収容人数
- 岡山県総合グラウンド陸上競技場(岡山市北区、20,000人)
- 愛称:桃太郎スタジアム、J1のホームとしても使用可能なメインスタジアム。最初に公式戦に使用したのは2006年の中国リーグ。本格的にホームにしたのは2008年のJFLからである。なお、施設使用料は県の支援措置としてアマチュアと同じ料金である。
- シャトルバス - 岡山県総合グラウンドは駐車場が少ないことから、北区の北長瀬駅前にある岡山操車場跡地の臨時駐車場からスタジアムまで無料シャトルバスを運行している。駐車場代は500円。また、スタジアムで岡山駅西口パーキングの駐車券と試合チケットの半券を提示すると、500円で同パーキングが利用できる。
- 岡山県津山陸上競技場(津山市、10,000人)
- 2008年から使用している。常設の掲示板が無く、椅子席はメインスタンドの5,000人である。J2公式戦開催可能となるよう、ピッチの改修に着手。だが照度不足の照明設備はそのままとなるため、改修後もデーゲームのみの開催となる。
※なお、過去にジャパンフットボールリーグ時代のヴィッセル神戸と、日本フットボールリーグの三菱水島FCがこれらの競技場でも試合をしたことがある。
[編集] 過去に使用した施設
※とりぎんバード・美作・笠岡を除き観客席数が5,000人未満、もしくは、有料試合に対応していないためJFL以上の公式戦には使用できない。
- とりぎんバードスタジアム(鳥取市、16,033人) - 2009年10月7日、J2第44節栃木SC戦に使用。ガイナーレ鳥取の本拠地。
- 岡山県美作ラグビー・サッカー場(美作市、5,000人) - 2005年から2008年まで毎年1試合使用していた。岡山湯郷Belleのホーム。
- 岡山県笠岡陸上競技場(笠岡市、5,898人) - 2007年、中国リーグで1試合使用。三菱水島FCのホーム。
- 桃太郎スタジアム補助陸上競技場(岡山市北区)
- 神崎山公園競技場(岡山市東区)
- 邑久スポーツ公園陸上競技場(瀬戸内市)
- 倉敷運動公園陸上競技場(倉敷市)
- 福田公園サッカー場(倉敷市)
[編集] 観客動員
中国リーグ時代には2000人以上、JFLでは3000人以上と、着実に観客動員数を増やしている。Jリーグ昇格の2009年では平均観客動員数は6000人以上で、J2の中では中位クラスにある。
2008年JFL時代からは岡山県内在住の小学生以下の児童を対象に、ホームゲーム全試合を無料で観戦できる「夢パス」を発行するなど集客に努めている。地元企業8社[1]の協力によるもので、当時、JFLでは史上初の試みであった。岡山県のバックアップも大きく、さらには岡山県にこれまでプロスポーツ不毛の地であり、桃太郎スタジアムで開催される試合は、まれに観客が1万人を超えることもあるが、同スタジアム以外の会場での観客動員には苦戦している。(2008年美作1457人、津山2285人・1867人、2009年津山3348人)また2009年10月7日のホームゲーム(栃木SC戦)は、岡山県内会場が確保できなかったことにより、鳥取県のとりぎんバードスタジアムで開催。岡山県外での開催・試合が水曜日と平日だった事、さらに日本列島に台風接近と悪条件が重なった結果、615人のJリーグ最少観客動員数記録している。 岡山県全域をホームタウンとする事をうたいながら、実際は岡山市以外(特に倉敷市や津山市)では認知度が低い事も原因と言えよう
[編集] 観客動員数の多かったホームゲーム
※試合会場は全て桃太郎スタジアム
| 順位 | 日時 | 所属 | 対戦相手 | 観客数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2009年4月12日 | J2 | 横浜FC | 13,228 | ナイトゲーム |
| 2 | 2009年9月13日 | J2 | セレッソ大阪 | 11,541 | ナイトゲーム |
| 3 | 2008年11月23日 | JFL | 栃木SC | 11,053 | 2008年ホーム最終戦 |
| 4 | 2009年3月8日 | J2 | ヴァンフォーレ甲府 | 10,525 | J2昇格後、初のホームゲーム |
| 5 | 2009年8月5日 | J2 | 東京ヴェルディ | 9,436 | 平日ナイトゲーム |
| 6 | 2007年7月8日 | 中国 | 佐川急便中国SC | 9,262 | 無料 |
| 7 | 2009年9月23日 | J2 | コンサドーレ札幌 | 8,367 | ナイトゲーム |
| 8 | 2009年5月5日 | J2 | 徳島ヴォルティス | 7,828 | |
| 9 | 2009年6月7日 | J2 | セレッソ大阪 | 7,333 | |
| 10 | 2006年9月24日 | 中国 | JFEスチール西日本 | 6,831 | 無料 |
[編集] 年度別ホームゲーム観客動員記録
| 年度 | 所属 | 試合数 | 人数 | 平均人数 | 試合会場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004年 | 岡山1 | |||||
| 2005年 | 中国 | 6 | 福田公園2、美作1、倉敷1、邑久1、JFE西日本グ1 | 中国リーグ昇格 | ||
| 2006年 | 中国 | 7 | 15,858人 | 2,265人 | 桃太郎3、美作1、福田公園1、邑久1、神崎山1 | |
| 2007年 | 中国 | 7 | 22,157人 | 3,165人 | 桃太郎4、桃太郎補1、美作1、笠岡1 | |
| 2008年 | JFL | 17 | 62,297人 | 3,664人 | 桃太郎14、津山2、美作1 | JFL昇格 |
| 2009年 | J2 | 25 | 139,674人 | 6,073人 | 桃太郎23、津山1、鳥取1 | J2昇格 |
2009年の人数及び平均人数については第46節(桃太郎21試合、津山・鳥取各1試合)終了時点。なお、県北部の津山・美作での試合は、作州シリーズとも言われる。
[編集] シーズンスローガン変遷
「夢から日常へ It starts here」(2009年)
[編集] ダービーマッチ
- 2008年5月6日(祝・火)A鳥取市とりぎんバードスタジアム 3-2(喜山康平 、喜山康平、野本安啓 ・3118人)
- 2008年8月2日(土)H桃太郎スタジアム 0-1(得点者なし・3078人)
- 瀬戸内ダービー
- VS徳島ヴォルティス
- 2009年5月5日(祝・火)H桃太郎スタジアム 1-0(武田英明・7828人)
- 2009年7月8日(水)Aポカリスエットスタジアム 0-1(得点者なし・2156人)
- 2009年9月26日(土)Aポカリスエットスタジアム 1-4(妹尾隆佑・3724人)
- VS愛媛FC
- 2009年5月17日(日)H桃太郎スタジアム 1-3(喜山康平・3233人)
- 2009年7月18日(土)Aニンジニアスタジアム 0-0(得点者なし・4502人)
- 2009年9月20日(日)Aニンジニアスタジアム 1-0(妹尾隆佑・3734人)
(会場の左のH…ホーム、A…アウェー・括弧の名前はファジアーノの得点者・数字は観客数)
[編集] 練習場
RFK時代から2007年4月ごろまでは倉敷市内のJFEグラウンドに福田公園や玉島の森陸上競技場などで練習が行われてきたが、岡山市の協力により2007年5月ごろから同市内の操車場跡地公園スポーツ広場(北区北長瀬表町1-1-1)、灘崎総合公園多目的広場サッカー場(南区灘崎町片岡159-1)、神崎山公園競技場(東区神崎町744)、財田スポーツ広場(中区長岡4番地101)、の芝生を備える四つのグラウンドを優先的に使用できることになった。2008年に灘崎総合公園多目的広場サッカー場に照明設備設置し人工芝グラウンドが整備されることが決まり、練習環境は徐々に整っていく。
現在、Jリーグの公式ガイドによると神崎山と財田を練習場と掲載されているが、実際には上記の岡山市内のグラウンドにくわえ瀬戸内市の邑久スポーツ公園や桃太郎スタジアムに近い岡山商大附属高校の人工芝グラウンドを使用することなどもある。しかし、一般も使用する岡山市営のグラウンドは使用過多のため芝が荒れて使用できないこともあるが、支援を表明している県や岡山市はファジアーノだけを優遇することに難色を示している。よって、現在も練習場の確保に苦慮し、練習場を渡り歩く「ジプシー」状態にあることから、選手のコンディション作りと負担軽減のためにもクラブハウスを備えた専用グラウンドを確保することが当面の課題となっている。
[編集] 下部組織
- サテライトチーム
- トップチームで出場機会の少ない若手選手により構成、2009年からJサテライトリーグFブロックに参加する。独立した組織ではなく、リーグ戦は公式戦と並行して行われる。
- ファジアーノ岡山ネクスト
- 2009年、出場機会が少ない選手の育成やケガのために調整中の選手等のため結成され、約20人が所属する。岡山県サッカー協会の特例措置により同年より県リーグ1部から参加が認められた。日本フットボールリーグ参加を目指すことを当面の目標としている。
- ジュニアユース
- 以前は、クラブの練習場やドレミの街屋上のフットサルコート等を使った幼稚園児と小学生対象のサッカースクールを行うにとどまっていた。2008年4月に下部組織となるジュニアユース(中学年代)チームが発足、同年にJリーグ U-13サザンクロスに加入した。
[編集] ユニフォーム
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
[編集] ユニフォームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 胸 | 岡山ガス | 岡山ガス | 2009年- | |
| 背中 | 山陽新聞社 | 山陽新聞 | 2009年- | 2008年は袖 |
| 袖 | オーエム産業 | オーエム | 2009年- | 2007年はパンツ・2008年は背中 |
| パンツ | エス・バイ・エルカバヤ | S×Lカバヤ | 2008年- |
[編集] ユニフォームサプライヤー
[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
|---|---|---|---|---|---|
| 2004年 | 宗家 源吉兆庵 | 宗家 源吉兆庵 | - | - | 河合産業 |
| 2005年 | 宗家 源吉兆庵 | 宗家 源吉兆庵 | TikiTikiインターネット | OH!くん (岡山放送) | Ozaki |
| 2006年 | 宗家 源吉兆庵 | 宗家 源吉兆庵 | TikiTikiインターネット | おもちゃ王国 | Ozaki |
| 2007年 | 宗家 源吉兆庵 | ピタットハウス | 福嶋リハ学院 | オーエム | Ozaki |
| 2008年 | 宗家 源吉兆庵 | 山陽新聞 | オーエム | S×Lカバヤ | Ozaki |
| 2009年 | 岡山ガス | オーエム | 山陽新聞 | S×Lカバヤ | Ozaki |
| 2010年 | 未定 | 未定 | 未定 | 未定 | PENALTY[2] |
[編集] オフィシャルスポンサー
[編集] 2009年
- オフィシャルスポンサー
- アップウェア・スタジアムスポンサー
- サプライヤー
- 尾崎商事:ユニフォーム、アップウェア
- はるやま商事:スーツ
- CSRパートナー
- 成通グループ
- クロスカンパニー
- 子ども支援スポンサー
[編集] チーム名変遷
- 1975年 - 2003年 リバー・フリー・キッカーズ(RFK)
- 2004年 - 現 在 ファジアーノ岡山FC
[編集] メディア
- テレビ
- 岡山放送 - (月) 24:35 「OHK スポーツスピリッツ」
- 山陽放送 - 「RSK スポーツダッシュ」(2009年9月末で放送終了)
- oniビジョン (岡山ネットワーク) -「ファジアーノ通信」(放送時間は色々のため番組表参照の事)
oniビジョンは岡山市のCATVの為、加入者だけが見られる。(県内のCATV局の一部でoniビジョンチャンネルがあり、このチャンネルでも視聴可能)
- ラジオ
- FM岡山 - (金) 16:34 「VV-AMUSEMENT BOX 子供達に夢を!ファジBOX」
- 山陽放送 - (土) 9:00 「びんびんサタデー VOLA! ファジアーノ」
[編集] 掲載
[編集] 雑誌
- 「月刊タウン情報おかやま」 - ファジ☆カジOKAYAMA(2009年6月号から毎月一人の選手にインタビュー)
- 「ファジアーノ岡山ダイジェスト」 (週刊サッカーダイジェスト 2009年2月10日号内)
[編集] 関連項目
- ファジアーノ岡山FCの選手一覧
- ファジアーノ岡山ネクスト - ファジアーノ岡山FCの下部組織
- R.K.クラシック(岡山県社会人1部) - かつてファジアーノ岡山で活躍していた選手が多く所属しているチーム。
- 中国・四国Jクラブ情報懇談会
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||
最終更新 2009年12月1日 (火) 11:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ファジアーノ岡山FC】変更履歴







