フィアット

フィアットの最新ニュースをまとめて検索!

フィアット
FIAT S.p.A.
種類 株式会社
本社所在地 イタリア
トリノ
設立 1899年 - トリノ
業種 輸送用機器
事業内容 自動車 , 商用車 , トラック , バス , 農業機械建設機械 , 部品生産システムの製造、販売 , 新聞紙の発行
代表者 ルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ, 会長
ジョン・エルカーン, 副会長
セルジオ・マルキオンネ, CEO
従業員数 220,000
主要子会社 フィアットグループ・オートモビルズ、イヴェコフェラーリマセラティアルファロメオランチアアバルトCNHグローバルマニエッティ・マレリ
関係する人物 ジョヴァンニ・アニェッリ(創業者)
外部リンク FIATGROUP
  
500 (2007モデル)

フィアット(Fiat)は、イタリアトリノを拠点とする同国最大の企業グループ。業種は自動車製造、エンジン製造を始めとする製造業農業金融と多岐に及ぶ。

「フィアット、陸に、海に、空に」のスローガンの元、自動車のみならず、鉄道車両船舶航空機の製造などの産業分野全般を掌握し、出版、金融等にも進出している。かつては「フランスルノーを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とまで評された。イタリア取引所(Borsa Italiana )に株式を上場している。 2007年まではニューヨーク証券取引所(コード:FIA)にも上場していた。

目次

[編集] 概要

社名のフィアットとはFabbrica Italiana Automobili Torino の略で、「トリノのイタリア自動車製造所」の意味。トリノ市のリンゴット地区に本拠を置くことから、フィアット本社工場と「リンゴット」はしばしば同義とされる。

ジョヴァンニ・アニェッリら数人の実業家の出資によって、1899年にトリノで創業された。かつてはフォーミュラーレースにも参戦してアルファ・ロメオブガッティなどと覇を競い、1950年代には「8V」という高性能な高級GTカーも製造、数々の先進的な設計を次々と実用化・量産化した。

第二次世界大戦後にジョヴァンニ・アニェッリの孫のジャンニ・アニェッリ(ジャンニは愛称、本名は祖父と同じジョヴァンニ)が経営を引き継いでからは、ランチアフェラーリアルファ・ロメオマセラティアウトビアンキアバルトなど、イタリア国内の自動車メーカーなどを次々と傘下に収め、同国最大の自動車メーカーとなっている。また、商用車部門としてイヴェコ、電装部品部門としてマニエッティ・マレリなども傘下に収めている。現在のフィアット本体は主に比較的小型の大衆向け乗用車を生産し、高級車などは傘下のメーカーが生産している。

[編集] イタリア国外進出

VAZ・2103 ラーダ・ノーヴァ
フィアット・124 ベルリーナ)

第2次世界大戦前から国外進出に意欲的で、1934年にはフランスシムカを設立させたほか、ドイツでは1932年NSUの自動車部門を買収し、「NSUフィアット」とした。戦後になっても、1950年スペインセアト(現在はフォルクスワーゲングループ)を設立し、1968年にはトルコトファシュを設立している。

また、冷戦下において東欧圏への進出し、ソビエト連邦にプラントを輸出し、1970年にAvtoVAZが「ジグリ(輸出名『ラーダ』)」の生産を開始した他、ポーランドポルスキ・フィアット)やユーゴスラビアザスタバ)にも進出した。さらに南アメリカではアルゼンチンに進出した他、1970年代にはブラジルでも生産を始めた。

またこの頃には、国営化されて以降高コスト体制と販売不振から経営苦境に陥っていたアルファ・ロメオや、同じく経営不振に陥っていたランチアを傘下に収め、イタリアの自動車業界を事実上独占することになる。

[編集] 経営不振

パンダ
グランデプント
クロマ
ニューパンダ

この間、フィアットは石油ショックやその後の慢性的な労働争議により経営が不安定化し、1974年から1978年まで新型車の発表がなかった。リビアの元首であるカダフィ大佐からの融資を受け入れ、その後1980年代始めに発売された、斬新な設計の小型車「パンダ」と「ウーノ」の成功で窮地を脱した他、エンツォ・フェラーリ亡き後のフェラーリを完全子会社化した。

1990年代は「ブラーボ/ブラーバ」とジョルジェット・ジウジアーロのデザインした初代プントがヨーロッパで大ヒットし、かろうじてその屋台骨を支えたが、その後も低迷が続いた。

2000年より自動車部門でゼネラルモーターズと提携していたが、ゼネラルモーターズ側が2005年に一方的に提携を解消、買収契約に関する違約金、15.5億ユーロをゼネラルモーターズから得た。

[編集] 経営建て直し

その後は、傘下のフェラーリおよびマセラティの経営を立て直したルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ会長、およびセルジオ・マルキオンネCEOのもと、経営の建て直しをはじめた。

その様な中でもアニェッリ一族による経営が基本にあり、2005年にはジャンニ・アニェッリの孫のジョン・エルカーンがフィアットの取締役に、その弟のラポ・エルカーンブランドマーケティング担当部長に就任し、過去に使用していたロゴマークを復活させ、ロゴを入れたアパレルなどを展開し、世界的に大ヒットさせた。これらの功績を認められ、両人は将来的にトップに就任することが予想されている[要出典]

また、経営建て直しの一環として、モンテゼーモロ会長の指揮のもと、2005年に相次いで3つの新型車を発表している。まず、導入が待たれていた新Dセグメントモデルを、かつて使用していた車名、「クロマ」の名で発表。ワゴン風の5ドアボディとなっている。続いて7月28日、フィアット社はプントの第3世代「グランデプント」を発表した。実際に全長が4mを超える、「グランデ」(大きい)サイズだが、それ以上に大きな命運がこの車種に懸かっているとされ、実際同モデルはその後2006年1月のヨーロッパ市場における販売台数1位になるなど、フィアット建て直しのシンボルとなった。

さらに12月11日にはスズキとの共同開発による小型クロスオーバーSUV「セディチ(16、4×4=16から)」を発表。これらはいずれもジョルジェット・ジウジアーロとの協力でデザインされたものである。

[編集] 復活

その様な中、1979年のデビュー以来根強い人気に支えられてきたパンダの後継であるニューパンダが2004年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

その後、積極的な新車攻勢とブランドイメージの復活を受けて販売台数が増加し、2005年11月には単月黒字を計上したほか、その後も単月黒字を連続して達成。その他にもクロマの予想を上回る販売台数を得た他、グランデプントが2006年1月のヨーロッパ市場における販売台数1位になる。2006年第三四半期の販売台数も、ルノーやプジョーなどのライバルが前年比割れになる中、前年比増になるなど長年の低迷から完全に復活したとの評価を受けた上に、自らも「復活宣言」を行った。

2007年にはグランデプントベースのセダン「リネア」、大失敗に終わったスティーロの後継車種「ブラーボ」(これまたかつての車名が復活)、往年のヒット作である「500」の新型をデビューさせ、同車種はヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。さらには「アバルト」ブランドを復活した。

[編集] 現在

2009年1月には、サーベラス・キャピタル・マネジメント傘下で経営再建を目指しているクライスラーに資本参加し、35%の株式を取得する資本提携合意を発表した。フィアットは、クライスラーが北アメリカ市場で燃費性能の高いコンパクトカーを生産するための技術などを提供すると同時に、北アメリカ市場以外におけるクライスラー車の販売でも協力することを表明した。

5月4日にゼネラルモーターズのヨーロッパ部門を買収し、事業を統合する新会社を設立する方針を明らかにした。


[編集] グループ企業

[編集] フィアットグループオートモービルズ

フィアットオートモービルズグループ(Fiat Group Automobiles S.p.A)は、2007年、フィアットグループ内における自動車関連事業を再構成する目的で設立された会社である。同社は以下の会社を包括している。

  • フィアット・オートモービルズ(Fiat Automobiles S.p.A.) -フィアットブランド車の製造・販売
  • フィアット・プロフェッショナル(Fiat Professional) -フィアットブランド車のうち、小型商用車を担当
  • アルファロメオ・オートモービルズ(Alfa Romeo Automobiles S.p.A.) -アルファロメオブランド車の製造・販売
  • ランチア・オートモービルズ(lancia Automobiles S.p.A.) -ランチアブランド車の製造・販売
  • マセラティ(Maserati S.p.A.) -1997年以降フェラーリの子会社であったが、2005年にアルファロメオオートモービルズと合併
  • アバルト&C(Abarth & C. S.p.A.) -アバルトブランド車の管理


[編集] フィアットブランド車種一覧

[編集] 現行生産
プント
バルケッタ

[編集] 生産終了
2代目 500
(NUOVA 500)
フィアット・X1/9 1974モデル

[編集] その他の自動車会社

  • フェラーリ(Ferrari S.p.A) -フィアットグループにより過半数株が所有されている
  • イヴェコ(Iveco S.p.A.)

[編集] 自動車部品

[編集] 農業機械・建設機械


[編集] モータースポーツ

[編集] ラリー

131アバルトラリー

世界ラリー選手権(WRC)には早期から参戦しており、1970年代はグループ4マシンの「124アバルトラリー」、「131アバルトラリー」で上位に食い込む活躍をした。

1980年代からはグループ会社のランチアのグループB及びグループA車両で参戦して好成績を残し、特にデルタで6連覇を果たした1987年1993年にかけては常勝ともいえる活躍をしていた。

近年は経営悪化もあって活動を潜めていたが、プントでJWRCに継続的に参戦。2006年から本格的にシリーズ化されたS2000クラスにグランデ・プントで参戦しヨーロッパ選手権、イタリア選手権を制覇し、アバルトブランドを復活させた。

[編集] 航空機

かつてフィアットは航空機メーカーとしても名を馳せていた。特に軍用機の発注が数多くあった。

第一次世界大戦後、フィアットはポミリオやアンサルドといった小規模な航空機メーカーを吸収し、1930年代にはフィアット CR.32フィアット CR.42といった有名な複葉戦闘機を世に送り出した。第二次世界大戦では、ダイムラー・ベンツ製のエンジンを搭載した戦闘機フィアット G.55、優れたデザインの爆撃機フィアット BR.20などをイタリア空軍に提供した。

1950年代、NATO加盟国で共通の軽戦闘爆撃機を装備する計画が持ち上がり、フィアット G.91が設計された。その後、航空機開発部門はアエリタリアを設立するためにアエルフェールと合併した。G.91の生産もアエリタリアが引き継いだため、アエリタリア G.91と呼ばれている。

[編集] トラクター

フィアット製のトラクター(25R)

フィアットは、トラクターメーカーとしても知られている。

1919年、最初のトラクター702型の発売を皮切りに、フィアットは農業機械部門に進出した。 1971年ランボルギーニグループから、ランボルギーニ・トラットリーチ社(農業機械部門)の全株式を取得。 1984年には農業機械部門をフィアットアグリとして分社化、1988年には建設機械部門も統合しフィアットジオテックと改称。1991年フォード・ニューホランドを買収、ニューホランド・ジオテックと改称する。その後、1999年にはケースIHを買収し、CNHグローバルと改称した。

現在では、CNHグローバルの有するケースIH、ニューホランドブランドのトラクターが世界中で発売されている。

日本ではかつてクボタがフィアットブランドのトラクターを輸入していたが、現在は傘下のニューホランド、ケースIHのトラクターが日本ニューホランドおよび三菱農機によって輸入されている。

[編集] その他

  • 長い歴史を持つフィアットは、社名ロゴと車両オーナメントの変更が多いことでも知られている。ロゴとオーナメントの変遷
  • 第二次世界大戦中、イタリア軍向けにフィアット レベリM1935重機関銃など機関銃を製造していた。
  • イタリアのマイアーニ社から「フィアット」という名のチョコレートが販売されている。1911年に、新車「タイプ4」の宣伝に使うためマイアーニ社に制作を依頼したのが誕生のきっかけ。参考リンク
  • トリノ市の有力紙「ラ・スタンパ (La Stampa)」などの各種マスコミや各種製造業の多くもフィアットグループに属する。
  • イタリアサッカー1部リーグセリエAの強豪ユヴェントスは、フィアットのオーナー一族であるアニエッリ家が設立し、現在もオーナーとしてその資金・運営においてバックアップしている。そのため、ユーヴェの選手たちはフィアットグループの車に乗って(乗らされて)いる。
  • 2007年よりロードレース世界選手権MotoGPクラスにおいてヤマハチームのスポンサーとなっている。自動車会社が資本関係のない自動車会社のスポンサーとなるケースはトラック業界など以外では少ないが、チームにはフィアットと資本関係のあるフェラーリへの去就が噂されているバレンティーノ・ロッシ選手がいる。

[編集] 日本でのビジネス

[編集] 過去

フィアットオートジャパン株式会社が運営するアルファロメオ新宿パーク

昭和13年大日本帝国陸軍イ式重爆撃機を輸入して使用していた。

第二次世界大戦前より自動車の輸入が行われていたが、幾つかの変遷を経て1980年代に入ると、ジヤクス・カーセールスチェッカーモータース、サミットモータース(住友商事)の大手3社によって全国展開された。

[編集] 現在

[編集] 自動車販売

1990年4月、フィアットグループオートモービルズは日本法人「アルファロメオジャパン株式会社」を設立、アルファロメオ車を販売するディーラー網「アレーゼ」の整備を始めた。同年11月にはアレーゼにおいてフィアットブランド車の取り扱いも開始し、社名を「フィアットアンドアルファロメオモータスジャパン」へと改称した。さらに1997年の「フィアットオートジャパン株式会社」への改称を経て、2007年8月より現在の社名「フィアットグループオートモービルズジャパン株式会社」を使用して、フィアット・ブランド及びアルファロメオ・ブランド車の輸入・販売を行っている。ディーラー網の名称は、2003年からアレーゼに代えて「アルファロメオ」へと変更されているが上記2ブランドの併売は従前同様である[1]

マセラティは、商社コーンズが輸入・販売を行っており、フェラーリは本国フェラーリ社の日本法人「フェラーリジャパン」が輸入し、コーンズが販売している。ランチアの正規輸入・販売は現在行われていない。


[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
執筆の途中です この「フィアット」は、イタリアに関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正等して下さる協力者を求めていますP:イタリア/PJイタリア)。

最終更新 2009年11月6日 (金) 13:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【フィアット】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!