フィアット・ウーノ

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フィアット・ウーノイタリアフィアット社によって生産されていたスーパーミニ・カー。本国では1983年から1995年まで生産されていた。現在でも南アフリカ共和国等で生産し続けられている。

目次

[編集] ウーノ・マーク1(1983-1989)

最初のウーノはフィアット127の後継機種として開発され、3ドアと5ドアハッチバックの2種類が販売された。ジョルジェット・ジウジアーロによってデザインされた車体は四角く背が高く、車内のスペースが大きく感じられるので好評を博した。また、燃費の良さも人気の一因であった。ちなみにこのウーノにはジウジアーロが1978年にデザインしたランチア・メガガンマを改良し、小型化した物であると言われている。1984年にはカー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞。

[編集] ウーノ・マーク2(1989–1995)

1989年9月に登場したウーノ・マーク2は車体前方と後方のデザインが変更され、より低い空気抵抗を実現した。車内デザインも変更され、マーク1の欠点であったダッシュボードが震える現象が改善された。

イタリア国内での生産は西ヨーロッパ一帯での売上数が減少するとともに1995年に終了した。後継機はフィアット・プントである。

[編集] 今なお続く製造と販売

西ヨーロッパでの製造・販売は終了したものの、ウーノは世界各国でいまだ製造・販売され続けている。

[編集] 南アフリカ共和国

南アフリカ共和国においてはウーノは日産自動車のライセンス下で2006年まで「ニッサン・ウーノ」及び「ミッレ」として製造されていた。

2007年にはデザインが変更され南アフリカ市場に復活し、現在ではフィアット本社によってマーケティングと流通が行われている。またマーク1のデザインを踏襲した「ウーノ・ウェイ」もラインアップに含まれている。

[編集] ポーランド

ポーランド国内でのフィアット製造工場による生産は1995年6月から2002年10月まで続けられた。

[編集] ブラジル

ブラジルでの生産は1988年4月に始まり販売はまだ継続している。「フィアット・ミッレ」は比較的安価なエントリー・モデルとして知られており、2005年モデルはエタノール対応。2006年までに約2百万台が製造された。

[編集] アルゼンチン

イタリア系移民の子孫が多いアルゼンチンでは1989年から2000年まで約18万代のウーノが生産された他、4ドアサルーン型の「ウーノ・デュナ」「ウーノ・エルバ」が1988年から2000年まで製造された。

[編集] パキスタン

パキスタンではラジャ自動車がノックダウン方式により生産を継続している。2006年モデルはブラジル製の右ハンドル版で、完成品は南アフリカ共和国に輸出されている。

[編集] モロッコ

モロッコでの生産は2004年まで続き、現在でも小型タクシー用の車両として人気が高い。

[編集] 展望

フィアット・ウーノがフィアット・ヌオーヴァ500とフィアット・プントの中間機種として2、3年のうちにカムバックを果たす可能性が出てきている。

[編集] 逸話

ダイアナが事故死した際、追走していたパパラッチは白いフィアット・ウーノに乗っていたという証言がある。しかしながら確証は取れていない。

1990年代初頭にイタリアで悪名を馳せた犯罪グループ「ウーノ・ビアンカ」(イタリア語で白いウーノの意)の名は彼らが好んで盗んだフィアット・ウーノに由来するが、これは当時のウーノにイモビライザーが搭載されていなかったことに起因する。

最終更新 2009年6月24日 (水) 15:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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