フィアット・125

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フィアット・125
 
 
 
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メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1967年-1972年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 4ドア セダン
 
ハイブリッド
 
エンジン 直4ガソリンDOHC1608cc90馬力
 
モーター
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 4速MT
 
駆動方式 FR
 
サスペンション 前:独立 ダブルウィッシュボーン コイル トーションバー 後:固定 トレーリングアーム 半楕円リーフ
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 4220mm
 
全幅 1610mm
 
全高 1440mm
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース 2505mm
 
車両重量 1000kg
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
 
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 フィアット・1300/1500
 
後継 132
 
姉妹車/OEM
 
車台共有車
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 

フィアット・125 (Fiat 125)は イタリアの自動車メーカー・ フィアット が1967年から72年まで生産した小型ファミリーカーである。ベースとなったのは前年にデビューし、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したフィアット・124 とその前身のフィアット・1300/1500で、124のホイールベースを1300/1500と同じになるよう85mm延長してそのシャシーに架装し、1608ccまで拡大した124スポルトのDOHCエンジンを搭載した言わば新旧ハイブリッド車であった。外観的には角型4灯ヘッドライトが特徴的であった。

このような成り立ちにもかかわらず、DOHCエンジンによる優れた動力性能、当時としては進歩的であった4輪ディスクブレーキ、124より旧式なリーフリジッドの後輪サスペンションながらバランスに優れたハンドリングが「プアマンズ・アルファ」として好評で、1972年に後継車の132にバトンタッチするまでに603,877台が生産された。その愛用者の一人にヨーロッパの著名な自動車評論家・ポール・フレールがいる。

日本にも当時のディーラー・西欧自動車西武自動車販売の前身)によって比較的多数が輸入された。

[編集] バリエーション

  • 125 (1967-69年) 1608cc90馬力 最高速160 km/h
  • 125スペシャル(1968-70年) 1608cc100馬力 最高速170 km/h
  • 125スペシャル・シリーズ2(1970-72年) フロントグリル中心にマイナーチェンジ 

[編集] イタリア国外での生産

125は124よりコンベンショナルな設計のシャシーが歓迎され、社会主義国や発展途上国で広くライセンス生産された。ポーランドFSO社では「ポルスキ・フィアット 125P」としてライセンス生産され、本国になかったワゴン版も含め、1991年までにオリジナルを遥かに上回る1,445,699台が生産された。また、アルゼンチンでも「フィアット・コンコード」として1972年から82年まで生産され、ここではワゴンのみならず850クーペに似た2ドアクーペ、ピックアップトラックなど188,971台が作られ、78年には131に倣って「125ミラフィオリ」と改称された。他にもユーゴスラビアザスタバ)・コロンビアでも生産された。ただし125の魅力であるDOHCエンジンは社会主義国では用いられず、ポーランドではエンジン等の機械構造にフィアット・1300/1500で使われていた旧型の技術を流用していた。

最終更新 2009年6月14日 (日) 05:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【フィアット・125】変更履歴

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