フィル・スペクター
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| フィル・スペクター (Phil Spector) | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | ハーヴェイ・フィリップ・スペクター (Harvey Phillip Spector) |
| 出生 | 1940年12月26日(68歳) |
| 出身地 | ニューヨーク州ブロンクス |
| ジャンル | ポップ、ガールポップ、ロック、パンク・ロック |
| 職業 | レコード・プロデューサー、ソングライター、セッション・ミュージシャン |
| 担当楽器 | ギター、ピアノ |
| 活動期間 | 1958年~ |
| レーベル | フィルズ・レコード |
| 共同作業者 | ザ・テディ・ベアーズ ベン・E・キング ジーン・ピットニー ザ・クリスタルズ ダーリーン・ラヴ ボブ・B・ソックス&ザ・ブルージーンズ ザ・ロネッツ ザ・レッキン・クルー ライチャス・ブラザーズ アイク&ティナ・ターナー ビートルズ ジョージ・ハリスン ジョン・レノン レナード・コーエン ラモーンズ スターセイラー |
| 公式サイト | www.philspector.com |
フィル・スペクター(Phil Spector、本名:Harvey Phillip Spector、1940年12月26日 -)はアメリカの音楽プロデューサー。1960年代から1970年代にかけて「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」と称されるゴージャスなサウンドを作り、ポピュラー音楽の分野で大きな足跡を残した。
目次 |
[編集] 略歴
ニューヨーク市ブロンクス出身、父の死後にロサンゼルスに移住。十代の頃から音楽活動を始め、テディ・ベアーズを結成。「会ったとたんに一目惚れ」("To Know Him Is To Love Him")が全米1位のヒットとなった。しかし彼はすぐにバンド活動よりも音楽制作の方へと興味が移り、プロデューサーとしての活動を始める。
1961年にフィレス・レコードを設立。1963年、ザ・ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』がヒット。多人数のスタジオ・ミュージシャンを起用し複数のテイクを録音しそれらを重ねていく(オーバーダビング)作業を何度も繰り返して作られた分厚いサウンドは、当時としては非常に斬新なものであった。
「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれたスペクターの音作りは音楽制作者やミュージシャンに大きな影響を与えた。当時はまだ録音技術が発展途上だったゆえ、この手法での録音作業は完成までかなりの時間と労力を要したが、スペクターは偏執的なまでに理想とするサウンド作りにこだわった。またステレオ録音が主流となってもモノラルにこだわり続けたところに、彼の偏執ぶりがよく現れている。1963年のアルバム"ア・クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター(en:A Christmas Gift for You from Phil Spector)"はクリスマスアルバムの定番として有名であり、クリスマスソングをウォール・オブ・サウンド一色にデコレートしたトータル・アルバムであると見る向きもある。
スペクターは早い時期からビートルズと親交があり、1970年発表のアルバム『レット・イット・ビー』のプロデュースを手がけた。ビートルズ解散寸前の散漫なセッション録音集を一作品として短期間のうちにまとめ上げた手腕にジョン・レノンとジョージ・ハリスンは感銘を受け、それぞれのソロ・アルバムでスペクターをプロデューサーとして起用している。しかしポール・マッカートニーはスペクターの制作をオーヴァー・プロデュースとして非常に不満を持っていた(特にスペクターが「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」にストリングスやコーラスをオーヴァー・ダブしたことに対し激怒したと言われる。)。
1970年代以降もプロデューサーとして活動していたが、時流からは外れたところにあった。麻薬の常習や、作業中に意見の対立したレノンを拳銃で脅したり、出来が気に入らないマスターテープを勝手に持ち帰って雲隠れしたりといった数々の奇行も知られている。1989年、ロックの殿堂入り。
2003年2月、自宅で女優ラナ・クラークソンを殺害した容疑で逮捕された。その後、保釈されている。2007年9月26日、ロサンゼルス地裁の陪審団は有罪か無罪かを判断できない「評決不能」を宣言した。2009年4月13日、検察の申し立てを受けた2度目の審理で、米ロサンゼルス郡地裁の陪審により、第2級殺人罪で有罪の評決が出された。 2009年5月29日、禁固19年の判決が言い渡された。
ブライアン・ウィルソン(ザ・ビーチ・ボーイズ)、大瀧詠一や山下達郎も彼の影響を大きく受けている(大瀧は評伝の日本語版を監修)。
[編集] プロデュースしたミュージシャン
- ザ・ロネッツ
- ザ・ビートルズ
- ジョン・レノン
- ジョージ・ハリスン
- クリスタルズ
- アイク・ターナー、ティナ・ターナー(アイク&ティナ・ターナー)
- ライチャス・ブラザーズ
- ソニー&シェール
- レナード・コーエン - 「ある女たらしの死」をプロデュース。レナードのデモテープを強引にプロデュースしリリースしたため、レナードは落胆したといわれる。しかし、後年、彼自身が打ち込みディスコサウンドに手を染めるきっかけにもなった)
- ラモーンズ(「エンド・オブ・ザ・センチュリー」をプロデュース)
- スターセイラー(娘にコンサートに連れて行かれたのがきっかけで逮捕直前にプロデュース)
- カーティス・リー
- ダレン・ラヴ
- ベン・E・キング
- テディ・ベアーズ
- レイ・ピーターソン
- ジーン・ピットニー
- パリス・シスターズ
- ボブ・B・ソックス&ブルージーンズ
- アレイ・キャッツ
- トレジャーズ
- モダン・フォーク・カルテット
- チェック・メイツ
- デレク・アンド・ザ・ドミノス
- ディオン
- ヨーコ・オノ
[編集] 関連項目
- ソフトロック
- ラヴ(ピアノ演奏で参加)
- ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)(コーラスで参加)
- オール・シングス・マスト・パス(ジョージ・ハリスンと共同プロデュース。ジョージのソロ作品中の最高傑作といわれる)
[編集] 外部リンク
- 公式サイト
- Ronnie Spector.com(元・ロネッツメンバーでフィルの元妻でもある、ロニー・スペクターの公式サイト)
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最終更新 2009年7月27日 (月) 13:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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