フェラーリ・250GTO

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フェラーリ 250GTO(Ferrari250GTO)は、イタリアの自動車メーカーのフェラーリ社が先代のGTカー250GT Berlinetta SWBの空力的弱点を改良して誕生した車である。

目次

[編集] 概要

フェラーリ・250GTO
250GTO
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドア クーペ
エンジン 2953cc水冷60度 V12 SOHC
駆動方式 FR
全長 4320mm
全幅 1675mm
全高 1195mm
ホイールベース 2400mm
車両重量 1000kg
先代 250GT Berlinetta SWB
後継 250LM
-このスペック表は試行運用中です-

1961年からGT選手権にチャンピオンシップがかけられるようになり、フェラーリはこれを制するために250GTOを投入した。それまでの例にならい、1気筒あたりの排気量を車名としているため、250は250cc×12気筒=3000cc(実際には2953cc)を示す。GTOはGran Turismo Omologatoの頭文字でGT選手権に参加するための規定を満たしたモデルの意。 しかし、実際にはいくつかのエンジンバリエーション違いを含め39台が作られたにとどまり、連続した12ヶ月間に100台以上というGT選手権参戦基準台数にはほど遠かった。しかし、フェラーリ側は250GT Berlinetta SWBの生産台数230台とあわせて100台を超えていると主張し承認させたという。

[編集] プロトタイプ 250GTエクスペリメンタル

1961年のルマン24時間レースに、1台の奇妙なベルリネッタ・フェラーリが、スクーデリア・フェラーリからエントリーされていた。すばらしいパフォーマンスを見せながら、結局エンジントラブルでリタイアしてしまった、このゼッケン12をつけたフェラーリは、250GT Berlinetta SWBのシャーシにピニンファリーナデザインの400スーパーアメリカ風のボディを纏っていた。その低められたボンネットの下には250テスタロッサの3.0L・6ウェーバーキャブ・ドライサンプエンジンが搭載されていた。

この車こそ翌1962年に登場する250GTOのプロトタイプであった。さらにこの車は翌1962年初頭のデイトナ24時間レースに姿を現すが、その直後250GTOが発表された。

その後この車は1962年の耐久レースにたびたび出場している(この年のルマンでは総合9位でフィニッシュしている)。

[編集] GTO 62-63

1962年にモデナで発表された250GTOは、ベースとなった250GT Berlinetta SWBの鋼管チューブラーフレームの楕円断面を微妙に変化させるなどして軽量化が図られていた。

ホィールベースはSWBと同じ2400mmで、スカリエッティ製(フェラーリ自社デザインとも、スカリエッティのデザインだとも言われる)の総アルミ製のボディを纏っている。ボディスタイルは250GTエクスペリメンタルで問題になったフロントのリフトを抑える為、フロント部をSWBより更に低く長くされた。一方後部は更に太くなったタイヤを収めるため大きく盛り上がったリアフェンダーと、ファストバックのリアデッキがすっぱり切り落とされたカットオフテール、いわゆるコーダトロンカを形成していた。

1962年型はフロントサイドのスリットが2本であるが、1963年生産のものから3本へ増やされた(冷却性能の向上のため)。

全高はSWBより90mmも低くなったが、これはSWBのウェットサンプからテスタロッサのドライサンプへエンジンを変更したことで実現した。SWBの3キャブに対して6基のウェーバー38DCNキャブレターを備え、テスタロッサと同じカムシャフト、特別なエキゾーストを与えられた結果、300HP/7500RPMの出力を発生した。ただし、テスタロッサとは違い、GTOのカムカバーは黒の結晶塗装が施されている。

ミッションはフェラーリ自社製の5段・フルシンクロメッシュで、ギア比は2.99-1.99-1.44-1.17-1.00(1~5速)となっている。

最終減速は8種類用意されていたが、最高速度は最も標準的なセットで251km、最高速仕様を選んだ場合計算上300kmを越える(実際ルマンのストレートで280km/hをマークした)。

1962年から1963年にかけて36台製造されたGTOはシリーズI、または単にGTO 62-63と呼ばれる。

62年型と63年型の外観差は、前述のサイドスリットのほかに、リヤスポイラーがリベット止めのものが1962年型、1963年型はリヤフェンダーと一体型となった。また元々ハンドメイドのボディパネルのため、修理するたびにディテールが異なってしまった車もみうけられる。

[編集] GTO 64

FERRARI 330LMB 1963
FERRARI 330LMB 1963の12気筒エンジン

GTOは1962年・1963年のGT-IIIクラスのチャンピオンを獲得したが、フェラーリは強力なライバルシェルビー・デイトナの出現に備え250LMを、64年のGTクラスへ投入するはずだった。だが当時のフェラーリの生産能力ではGTカテゴリーのホモロゲーション規定(連続する12ヶ月間に100台以上生産する)をクリアできず、250LMの戦闘力も熟成が進む1964年後半までは高くなかった。そこで急遽250GTOを3台増産、さらにGTO62-63に改良が加えられた。

1964年に3台製作されたGTOは、空力に主観がおかれ改良された。ボディデザインはピニンファリーナとなり、直線的なフロントノーズ、250LMプロトタイプと同様のカットオフルーフを備え、250GTO64、またはシリーズIIと呼ばれた。ただし3台とも細部のディテールが異なっている。エンジンは基本的に62-63年型と変わらないが、発電機がダイナモ(直流発電機)からオルタネーター(交流発電機)へ変更になっている(ヘッドライトのハロゲン化のため)。何台かのGTOシリーズIがシリーズIIと同じ(細部は異なる)ボディに換装されている。

GTOシリーズIIは1964年初旬のデイトナ24時間レースに勝利し、ライバルと目されたシェルビー・デイトナが、ホモロゲーションの取得が遅れるのを尻目に、その後もGTクラスで勝ち続け、フェラーリにGT-IIIクラスの3年連続チャンピオンをもたらした(ル・マンではデイトナに敗れている)。

GTOの生産内訳は3.0Lが36台、4.0Lのプロトタイプが3台製作された。そのほとんどがレースで活躍し、すばらしい戦績を残した。また39台は全て現存している。

[編集] GTOから派生した車種

GTOには派生したいくつかの車種がある。

330GTエクスペリメンタルは62年のニュルブルクリングに登場したプロトタイプの4.0L版で、330LM330TRI)のシャーシにGTOシリーズⅠのボディを着せたものである(リアの足回りは異なる)。外観からは標準のGTOにくらべ明らかに膨らんだボンネットバルジ(高くなったエンジン高をクリアするため)を持っていた。エンジンは330LMと同じく375~400HPと推測される。全部で3台製作された。

330LMBは63年に登場した。この車はGTOのシャーシに、当時の市販ロードカーであったベルリネッタ・ルッソ(Lusso)のキャビン部分を着せたもので、3.0L版の250LMB(250GTOのボディ違い)と4.0Lの330LMBが作られた。330LMBはプロトタイプクラスのエントリーであったが、330LMBは250GTOのトップスピードを凌いだ。

330LMBは4台製造されたが、シャーシNo,4381GTの330LMBはその後改装され、フランス/イタリア合作の映画「Spirits of the Dead(邦題:世にも怪奇な物語)」の中の一遍「Toby Dammit」に「ゴールデン・フェラーリ」として登場している。

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アメリカ
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アメリカ
/MM
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スーパーアメリカ
400
スーパーアメリカ
500
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最終更新 2009年11月19日 (木) 16:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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