フォード・オーストラリア
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フォード・オーストラリア は、1925年ヴィクトリア州ジーロングに、 フォード・カナダの支店として設立されたのが始まりで、フォード・モーター・カンパニー のオーストラリア子会社である。 当時のフォード・カナダは本家の米国フォードとは別会社であったが、ヘンリー・フォードは カナダの投資家にイギリスを除くイギリス帝国の国々でフォード車を生産する権利を許可していた。
最初の製品はフォード・カナダからキットで供給されたモデルTのCKD(コンプリート・ノックダウン生産車)であった。1960年~70年にかけては米国フォードのファルコンをオーストラリアの過酷な道路に対応できるように改良したものを生産していたが、1972年のXAモデルから開発・デザインとも完全にオーストラリア独自になった。EA169 BAファルコンをベースに開発されたSUVテリトリーもオーストラリア独自モデルとなっている。
[編集] 歴史
1925年3月31日フォードは、オーストラリア本社をヴィクトリア州ジーロングに置くことを発表した。1925年6月ジーロングの使用されていなかったウールストアに、急ごしらえされた生産ラインからラインオフしたモデルTが、オーストラリアで最初に組み立てられたフォードとなった。1928年には生産車がモデルAに切り替えられ、32年にはFord V8へと続いた。1934年フォード・オーストラリアは後にオーストラリアを代表することとなるute(ユート)を考案する。このuteの発案者はフォードのエンジニアだったen:Lewis Bandt。当時は不況であり、銀行はファーマー達に贅沢品は不要だと乗用車を買うための貸し付けは渋ったが、農作業に使う作業車になら貸し付けをしたものだった。uteは普段はワークホースとして活躍し、日曜日には妻を教会に乗せていくことができ、さらに月曜日にはマーケットに買出しも行けるという、まさにファーマー達に打ってつけの車であった。
1950年代フォード・オーストラリアは、イギリス・フォードと同じゼファー、コンサル、ゾディアックなどを現地生産しており、これらのモデルは概ね好評であったが、輸入部品による高い関税が影響して車両価格面でライバルであるホールデン車の人気におされ、売り上げが悪化していた。 それ故フォード・オーストラリアは、ホールデン車に対抗できる現地生産車を立ち上げることを決定した。 当初イギリス・フォードから高額の型鋳造を購入してゼファーの組み立てが検討されていたが、1958年にデトロイトのフォード本社を訪れた幹部ら は、北米デビューが準備されていたファルコン(北米)をみて、ライバルのホールデン車(FBシリーズ)とほぼ同じサイズでありながら、より低く、ワイドでモダンであり、ワイドボディーはベンチシート6人乗りが可能で、さらに2速オートマチックも 用意されており、即座にこれは新しいプロジェクトに最適なモデルだと判断され、このファルコンが新たなオーストラリア車として生産されることが決定された。1956年にフォード・オーストラリアはメルボルンの北、ブロウドメドウスに広大な土地を購入しており、1959年ここにファルコンを製造するための新工場を建設。工場はカナダで設計され、その屋根は雪が溜まらない様な形状をしていたが、通常メルボルンに雪は降らない。1959年8月に操業を開始し、第二次世界大戦後同州最大の製造工場となった。同年には45,022台を組み立て、その内訳は、7種のトラクター、18種の乗用車(イギリス・フォードの小型車アングリアからアメリカのフェアレーン・ワゴンまで)で計41種と世界でも有数の多様なモデルを組み立てる工場であった。そして1961年7月にメルボルン新工場が本社になることが発表された。2009年には操業50周年の記念イベントが同所で行われた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月30日 (金) 01:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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