フォーライフ・レコード

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フォーライフ・レコード(For Life Records)は、井上陽水吉田拓郎泉谷しげる小室等といった、当時人気のフォークシンガー1975年に設立したレコード会社[1][2]。小室等が初代社長を務めた。

末期は今井美樹等の主力アーティストが相次いで移籍した事と新人アーティストの売り上げ不振が重なり経営が悪化。2001年に会社を清算し更生会社、フォーライフミュージックエンタテイメントを設立し現在に至る。

目次

[編集] 概要

設立のきっかけは、当時すでにCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)内に個人レーベルを持ちレコーディングに於いてはプロデュースという形で権限を与えられていた吉田拓郎が「その先の営業・宣伝における全権をも握りたい」と考え、それに対し小室等が提案したことだった[3]。戦後からレコード会社主導で発展して来た日本の音楽界では、アーティストがレコード会社を持つという事は非常に挑戦的なことであった。歌手が曲作成から広報、営業におけるまで強い権限を持つことで、それまでの組織型の業界のシステムを根本から覆してしまうと、音楽業界の反感は強かった。拓郎の友人の中には、プロダクションからつるし上げにあう者も出た。又、他のアーティストもあまり参加せず野澤享司[4]のセカンドアルバムをリリースした程度。最も問題となったのはレコードのプレスと販売ルートであった。それらはほとんど大手レコード会社が持っており圧力をかけられ、やむなく人件費も安い韓国でのプレスや通信販売まで検討した。そこでキャニオンレコードの社長・石田達郎が救いの手を差し伸べ、プレス、販路をキャニオンレコード、販売委託をポニーが受け持った(両者はのちに合併しポニーキャニオンとなった)。第2、第3のフォーライフの追随を期待したが、そういった動きは全く無かった[5][6][7][8][9][10]。路線変更し、歌謡曲・ポップス路線に重点を置くようになると、フォーライフ創業の4人に足並みの乱れが生じ、1977年ロック志向の泉谷がフォーライフを退社。

但し、フォーライフ設立以降、大きな産業となったニューミュージックの利権、歌の著作権を巡りレコード会社が多数設立された。作曲家だった村井邦彦が1977年アルファレコードを、1978年にはEPICソニーSMSレコード[11]ケンウッド・レコードなど。これらはいずれも大手レコード会社や大プロダクションが作ったもので、現役アーティストが作ったものではないが、1978年から1979年にかけてさだまさしフリーフライト井上堯之のウォーター・レコード、加藤和彦内田裕也のカメリア・レコードなど、配給・宣伝は大手が行い、制作だけを手掛けるレコード会社が設立された。他に日本のコンサートイベンター、ヤング・ジャパンオランダポリグラムと提携してポリスター・レコードを設立するなどレコード会社設立ラッシュとなった[12][13]。またこの頃から大手プロダクションから独立するタレント、マネージャー、社員が相次ぎ、個人事務所や新しい芸能プロダクションが設立された[14]

[編集] 主なアーティスト

[編集] かつて所属していたアーティスト

[編集] 販売元

[編集] 脚注

  1. ^ ヤング・ギター・クロニクル Vol.1 吉田拓郎 これが青春、p148-153
  2. ^ にほんのうた 戦後歌謡曲史、北中正和、p184
  3. ^ 明日に向かって走れ、p191-198
  4. ^ 拓郎が野澤のことをお気に入りでよくラジオで野澤のレコードをかけた(関西フォーク70'sあたり、中村よお、幻堂出版、p76)
  5. ^ 自分の事は棚に上げて、p130-141
  6. ^ AERA in FOLK あれは、ロックな春だった!、2006年、朝日新聞社、p48
  7. ^ 読むJ-POP 1945-1999私的全史、p157
  8. ^ インタビュー、日刊スポーツ、2005年5月28日
  9. ^ 俺達が愛した拓郎、石原信一他著、p30-32
  10. ^ 吉田拓郎 挽歌を撃て、石原信一、八曜社、p80-87
  11. ^ 渡辺プロダクションが1970年にアメリカのワーナー・ブラザーズと合弁で設立したワーナー・パイオニア(現・ワーナーミュージック・ジャパン)を離脱し、新たにトリオ(現・ケンウッド)西武百貨店の三社で設立(渡辺芸能ビジネスを創った男、新潮社、179-186)
  12. ^ 日本のフォーク&ロック史―志はどこへ―、1982年9月・田川律著・音楽之友社、p178-181
  13. ^ 夢のあがり―ニューミュージックの仕掛人たち―、p137-139
  14. ^ タレントにとっては、仕事を取ってくるのが上手な芸能プロダクションに所属している方が有利だが、人気と仕事さえあれば個人事務所を設立した方が儲かる。特に原盤制作権を握ることが可能となったニューミュージックの歌手たちは、テレビに出ないでも売れるため、大手芸能プロの所属を必要とせず個人事務所を設立した(芸能ビジネスを創った男-渡辺プロとその時代、新潮社、176-177)

[編集] 外部リンク

ヒップホップアーカイブ

最終更新 2009年11月18日 (水) 13:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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