フラッグ・キャリア
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フラッグ・キャリア (flag carrier) とは、その国を代表する船会社や航空会社のこと。「ナショナル・フラッグ・キャリア (national flag carrier)」と呼ぶこともある。
目次 |
[編集] 概要
もともとは船舶用語で、多くの航空用語と同じく20世紀に入り航空用語ともなった。明文化された定義はないものの、「その国で最大の規模と歴史、実績、世界的な知名度を持ち、最大の国際航路や国際線網を持つ船会社や航空会社が該当する」とされる。
[編集] 航空会社の場合
1920年代から1950年代の国際航空の初期の歴史においては、ほとんどの国では国営の1国1国際航空会社[1](かつ唯一の航空会社であることも多かった)で、さらに国策のもとに国際線を運航する[2]航空会社がフラッグ・キャリアとなることが多かった。
なお現在では、日本航空やブリティッシュ・エアウェイズ、大韓航空など、国営航空会社ではない航空会社がフラッグ・キャリアとなることも多いほか、複数国が共同でフラッグ・キャリアを運営(スカンジナビア航空やTACA航空)することや、貨物航空会社が国を代表するフラッグ・キャリアとなること[要出典]もある。
国旗を商標や機体のデザインの一部に取り入れていたり(例:スイスインターナショナルエアラインズやフィンランド航空)、国旗に使用されているものと同じ色を機体塗装に用いている(例:アリタリア航空や日本航空、ブリティッシュ・エアウェイズ)ケースも多い。
[編集] 歴史
パリ条約締結をきっかけに、世界・植民地を結ぶ国際航空会社が国家の支援を受け(特にヨーロッパで)創設や合併により誕生してゆく。さらに第2次世界大戦後、植民地から脱したアジア・アフリカ諸国が独立国家の象徴ともいえる国際航空会社を誕生させてゆくことになる。1944年のシカゴ条約採択をきっかけに、国際航空路線は二国間協定に基づくものになった。二国間協定には、国籍条項(航空会社はその国の航空会社でなければならない)があり、各1社が政府に指定されていた。
1978年にアメリカ合衆国から始まる航空の自由化まで、国際航空はフラッグ・キャリアの全盛期といえた[3]が、現在においても下記のリストのように、主要先進国から発展途上国まで多くの国でフラッグ・キャリアが存在する。
しかし、アメリカ合衆国やブラジル、ベルギーなど一部の国では経営破綻でかつてのフラッグ・キャリアが消滅し存在しない国もあることや、航空自由化が進んだEU圏内においては、国内最大の航空会社が他国の航空会社の傘下となっていること[4]、経済規模が大きい国では国際線を格安航空会社や新興航空会社も含めた複数の会社が運航していることもあるため、「フラッグ・キャリアという概念は消えつつある」[1]という意見を唱えるとものもある。
一方、そのことを唱えた「月刊エアライン」自身[5]の様な専門誌や経済誌みならず、新聞や雑誌、テレビなどのマスコミを含めた各国の様々なメディアで「フラッグ・キャリア」という言葉が現在も多用されている[6]上、「多くの国がフラッグ・キャリアを維持しようとしている」[7]という意見がある。
[編集] 「フラッグ・キャリア」とされる航空会社
[編集] 出典もしくは注記のある航空会社
| 国 | 航空会社 | |
|---|---|---|
| 中国国際航空 | 『日本の空港2セントレア』(イカロス出版)P.44によれば、「複数のエアラインが国際線に進出している現在でもなお、中国を代表するフラッグキャリアのような見方をされるのは、中国国際航空が、北米、欧州線などの長距離路線を含む中国民航の国際線ネットワークの大半を引き継いだため」としている。 | |
| 不在 | チャーリィ古庄『航空会社の選び方[海外旅行編]』(エイ出版社)P15によると、パンアメリカン航空亡き後のアメリカでは「フラッグキャリアは存在しない」とされている。 | |
| アエロメヒコ航空[8] | メキシコを代表するとしてメキシカーナ航空もある。 | |
| コンビアサ[9] | フラッグキャリアのVIASA倒産後、2004年に政府が筆頭株主となり、コンビアサを設立した。 | |
| TAM航空[8] | ブラジルを代表する航空会社として、フラッグ・キャリアであったヴァリグ・ブラジル航空を傘下にした ゴル航空もある。 | |
| ルクスエア[9] | ルクセンブルクには、貨物専業でありながらルクスエアより遙かに運航規模が大きいカーゴルクスもある(なお、フラッグキャリアは旅客営業を行わなければならないという明確な定義は存在しないが、カーゴルクスはルクスエアの子会社である)。 | |
| アエロフロート・ロシア航空[10] | この他に国営のロシア航空もある。 |
[編集] アジア
[編集] 中東
[編集] ヨーロッパ
[編集] アフリカ
[編集] 南北アメリカ
| 国 | 航空会社 |
|---|---|
| クバーナ航空[9] | |
| コパ航空[9] | |
| アビアンカ航空[8] | |
| アエロスル[10] | |
| アルゼンチン航空[8] | |
| ランチリ航空[10] | |
| エア・カナダ[10] | |
| TACA航空[9] | |
| ケイマン・エアウェイズ[9] | |
| エア・ジャマイカ[9] | |
| スリナム・エアウェイズ[9] | |
| バハマス・エア[9] |
[編集] オセアニア
| 国 | 航空会社 |
|---|---|
| アワー航空[9] | |
| エア・パシフィック航空[13] | |
| エア タヒチ ヌイ | |
| カンタス航空[14] | |
| ニュージーランド航空[9] | |
| エア・バヌアツ[9] | |
| エア・マーシャル・アイランド[9] |
[編集] 現存しないフラッグ・キャリア
| 国 | 航空会社 | |
|---|---|---|
| 大日本航空 | 1945年8月に日本が第二次世界大戦に敗北し、日本を占領した連合国により、日本国籍機による全ての航空活動が停止させられたことを受け解散した。 | |
| 満州航空 | 1945年8月に同盟国の日本が第二次世界大戦に敗北し、それに伴い満州国が消滅した為解散した。 | |
| 民航空運公司 | 航空事故を起こしたことなどから経営不振に陥り1975年に運航を停止した。 | |
| 中国民航 | 中華人民共和国国務院直属の民間航空行政機構であったが、1988年に民間航空部門を分割、民営化した。現在でも航空行政を担当する行政機関としては存続している。 | |
| エア・ベトナム | 南ベトナムがベトナム戦争に敗北して消滅したため、その混乱の中で消えていった。残った機材は社会主義政権の国営ベトナム航空で使用された。 | |
| 英国海外航空 | 遠距離国際線を担当するイギリスのフラッグキャリアとして、パンナムやエール・フランスなどと共に知られていた。国内線と近距離国際線を担当する英国欧州航空と合併し、現在のブリティッシュ・エアウェイズとなった。 | |
| サベナ・ベルギー航空 | 国営航空会社として旧植民地などへの不採算路線を運航せざるを得なかったことなどから赤字体質が続き、2001年に倒産した。一部の路線や機材は、子会社のデルタ・エアー・トランスポートが「SNブリュッセル航空」(現在のブリュッセル航空)と改名して引き継いだ。 | |
| スイス航空 | サベナ・ベルギー航空と資本提携していたが、共倒れになる形で2001年に倒産した。その後子会社のクロスエアがスイスインターナショナルエアラインズと名を変えて営業を引き継いだ。 | |
| インターフルーク | 東ドイツがドイツ連邦共和国に編入されたため1991年に解散し、乗務員や路線はルフトハンザに引き継がれた。 | |
| パンアメリカン航空 | アメリカの航空会社で唯一全世界に路線を持ち、ボーイング707、ボーイング747をいち早く導入するなど、アメリカの先進性や繁栄の象徴、世界の国際線航空会社の盟主的存在であった。しかし、高コスト体質の改革が進む前に航空自由化が進んだために経営が悪化し、1991年に倒産してしまった。 | |
| ヴァリグ・ブラジル航空 | かつては南米最大級の航空会社、スターアライアンスの一員であり、ヨーロッパや日本にも就航していたが格安航空会社の台頭によって2005年に破産し、格安航空会社のゴル航空に買収された。今後もブランド名としては存続する。 | |
| アエロペルー | 1996年10月2日に起きたアエロペルー603便墜落事故の影響で業績が悪化し、1999年に運航停止に追い込まれた。 | |
| ナイジェリア航空 | 国営航空会社であったが、2003年に経営不振で破産した。 | |
| ソマリ航空 | 1990年のソマリア内戦勃発によって経営が破綻した。 |
[編集] メガ・キャリア
類義語に巨大な会社を意味する『メガ・キャリア』がある。船会社では「太平洋、欧州、大西洋などの基幹航路のうち複数の航路にサービスを持つこと[15]」とされるが、「メガ・キャリア」は運航機数や社員数、有償旅客数などの規模のみを根拠にしている。
フラッグ・キャリアでありメガ・キャリアでもある航空会社(日本航空やエールフランス航空、ルフトハンザドイツ航空など)がある他、逆にフラッグ・キャリアではあるがメガ・キャリアではない航空会社(ルクスエア[16]やアワー航空)もある。
また、メガ・キャリアではあるがフラッグ・キャリアではない航空会社(全日本空輸[17]や中国東方航空、アメリカン航空[18]など)もある。
なお、フラッグ・キャリアやメガ・キャリアを問わず、航空の自由化までに設立された大手航空会社は、「レガシー・キャリア」[1] と言われる。また、すべてのメガ・キャリア[19]が航空連合に加盟したとされる。
[編集] 脚注
- ^ い ろ は 引用:月刊エアライン2008年5月号付録 エアライン用語500
- ^ 読売新聞朝刊2006-4-25 8項に「国を代表し、国際線を運航している航空会社のこと。かつては国営など国家主導で育成され、様々な保護を受けたが、自由化が進んで競争環境は激化している。」の記述あり。
- ^ 参考文献: 「航空情報2008年11月号」 酣燈社、伊藤元重+下井直毅『日本の空を問う』日本経済新聞出版社
- ^ KLMオランダ航空はエールフランスと持株会社方式で経営統合されている。また、スイスインターナショナルエアラインズ、ブリュッセル航空、オーストリア航空は、ルフトハンザドイツ航空傘下である
- ^ 「月刊エアライン」2009年11月号 P.136他
- ^ 全ての脚注を参照
- ^ 複数の国では外資による航空会社の株保有の上限規制を設けている。アメリカでは50%、マレーシア航空が20%、エア・インディアが26%、日本と中華民国は1/3 など 引用: 伊藤元重+下井直毅『日本の空を問う』日本経済新聞出版社P79,P86。なお、日本や中華民国、アメリカにおいては、この様な規制はフラッグシップ以外の航空会社も対象となるため「フラッグ・キャリアを保護する」というより、航空会社という、交通インフラのみならず国防にも関わる企業を、仮想敵国を含む外国資本による支配から守るためという側面が強い
- ^ い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る を わ か よ た れ そ つ ね な ら む う チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「代表」の記述あり。他に代表として、エア・ウガンダ、プルナ(ウルグアイ)、エリトリア航空、TACVカーボベルデ・エア、グルジアン・エアウェイズ、ポリネシアン・エアラインズ(サモア)、エアジンバブエ、SVGエア(セントビンセント・グレナディーン)、タジキスタン航空、モルドバ航空、リトアニア航空
- ^ い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る を わ か よ た れ そ つ ね な ら む う ゐ の お く や ま け ふ こ え て あ さ き ゆ め み し ゑ ひ も せ す ん イ ロ ハ ニ ホ ヘ ト チ リ ヌ ル ヲ ワ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「フラッグキャリア」の記述あり
- ^ い ろ は に ほ へ と チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「最大」の記述あり
- ^ 「Japan Times」2006年10月5日 [1]、「月刊エアライン」2008年6月号 P.23/P.27 イカロス出版社、「JALデザインコレクション」P.51 えい出版社 2006年
- ^ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「唯一」の記述あり。他にティアラ・エア(アルバ)、トランス・ガイアナ・エアウェイズ、エア・ラロトンガ(クック諸島)、ドラク・エア(ブータン)、エール・ブルキナもある。
- ^ い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る を わ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「国営など」の記述あり。他にアゼルバイジャン航空、ガーナ国際航空、キプロス航空、ボツワナ航空、マルタ航空もある。
- ^ い ろ は に ほ 「こだわりのエアラインガイド改訂版」イカロス出版に「フラッグキャリア」の記述あり
- ^ 引用:森隆行『外航海運とコンテナ輸送』鳥影社 P241
- ^ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版 P160 に「ルクセンブルクは他の欧州の国と比べて国の規模、面積が小さいので、フラッグキャリアでありながら事業規模は小さい」の記述あり
- ^ 「月刊エアライン 2009-09」イカロス出版 P39に「メガキャリア」の記述あり、フラッグキャリアの記述なし
- ^ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版P63に「メガキャリア」の記述あり、フラッグキャリアの記述なし
- ^ JALはワンワールド加盟まで「最後のノンアライアンスメガキャリア」と言われた 出典:「月刊エアライン2008年5月号」イカロス出版P43
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月11日 (水) 05:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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