フリーエージェント (プロスポーツ)

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フリーエージェント(Free Agent)とは、所属チームとの契約を解消し、他チームと自由に契約を結ぶことができるスポーツ選手のことである。FAと略す。

広義には自由契約選手を指すが、近年は狭義として特別な移籍自由の権利を持つ選手を指す言葉として使われる。また、無制限フリーエージェント(Unrestricted Free Agents、略称UFA)と制限付きフリーエージェント(Restricted Free Agents、略称RFA)の2種類が存在し、リーグによってはUFAのみの場合と、両方が併存する場合がある。RFAがある場合でも一般に「フリーエージェント」「FA」と言えばUFAを指す。

目次

[編集] 日本プロ野球

日本プロ野球では、日本プロフェッショナル野球協約の規定に従い、NPBが定める条件を満たした選手でいずれの球団とも選手契約を締結する権利を持った選手をフリーエージェントと称し、その権利を与える制度を「フリーエージェント(FA)制」という。前所属球団も含めていずれの球団との契約も可能にする権利を与えるもので、他球団への移籍を前提とする制度ではない。
現在のシステムは、2008年6月25日日本プロ野球組織労組日本プロ野球選手会との協議交渉によるもので、FAの新たな制度を2008年より2年間試行し、成果や球団経営への影響を検証して必要があれば見直しを行うことで合意している。
かねてより獲得期限の短縮と補償の撤廃を訴え続けてきた選手会側は、実質初めてとなる譲歩案であることと、見直しの機会を設けていることを評価して試行には合意しているものの、未だ改革は不十分であるとして今後も交渉を続けていく方針である。

[編集] 概要

出場選手登録(一軍登録)145日を1年として換算し、規定の年数経過で権利を取得できる。1シーズンに145日以上一軍登録されても、145日までしかカウントされない。また、登録日数が145日に満たないシーズンが複数ある場合は、それらを合算して145日ごとに1年として計算される。途中で所属球団が変わっても引き継いで計算される。パシフィック・リーグではクライマックスシリーズでの登録日数もカウントされる。

取得期限
  • 1993年~2002年まで
    • ドラフト逆指名制度(現在は適用停止中)による選手のみ累計10年(通算1450日)経過で取得。その他の選手は累計9年(通算1305日)経過で取得。
  • 2003年~2007年まで
    • 逆指名制度による選手も含め、全選手が累計9年経過で取得。
  • 2008年~現在
    • 国内移籍のFA権
      • 2006年までのドラフトで入団した全選手と、2007年以降のドラフトで入団した高校生選手については累計8年(通算1160日)、2007年以降のドラフトで入団した大学生選手・社会人選手については累計7年(累計1015日)で取得。
    • 海外移籍のFA権
      • 累計9年経過で取得。

権利を行使する場合は、日本シリーズ終了の翌日から、祝日を除く7日以内にコミッショナー宛に文書で申請する。8日目の午後3時にコミッショナーより「FA宣言選手」として公示され、翌日より国内外全ての球団と契約交渉を行うことが可能となる。

FA宣言選手として公示された選手のFA権利再取得は、残留・移籍を問わず4年後。FA宣言選手として公示されなければ権利は翌年以降に持ち越される。

また、外国人枠の選手がFA権を取得すると、行使しなくても翌シーズンからは外国人枠から外され、一般の日本人選手と同等の扱いになる。

故障者選手特例措置制度

日本プロ野球では2007年より故障者選手特例措置制度(こしょうしゃせんしゅとくれいそちせいど)を導入している。これは、特定の条件を満たした選手の出場選手登録日数を救済する制度である。

2月1日から11月30日の間にグラウンド上で発生した故障が原因で出場選手登録を抹消されたために、その年の出場登録日数が145日に達しない選手について、登録抹消を起点として二軍の公式戦に出場するまでの日数のうち、最大60日までがその年の出場選手登録の日数に加算される。シーズン中に数回に渡って登録抹消が起こった場合も、累計60日まで計算され、加えられる。

前提条件として、前年の出場選手登録が145日以上であることが必要である。この制度により出場登録日数が加算された場合、翌年は適用の対象外となる。

この制度によってFA権を取得した初めての選手はシカゴ・カブス福留孝介(取得当時は中日ドラゴンズ在籍)。2008年オリックス・バファローズ大村直之(取得当時は福岡ソフトバンクホークス在籍)(海外FA権)と同じくソフトバンクホークスに在籍の多村仁(国内FA権)がこの制度で権利を取得した。

[編集] FAにおける制約・補償

[編集] 年俸

FA宣言した選手の翌シーズンの年俸は現状維持が上限。減額は無制限であり、通常の減額制限を超えての減額も可能である。年俸調停の申請はできない。

年俸上限が現状維持なのは複数球団による過度な獲得競争を防止するためだが、契約年数や出来高払い(インセンティブ契約)、2年目以降の年俸の上昇に制約は無い。

[編集] 契約金

FA宣言した選手は年俸とは別に契約金を得ることが出来る。前球団に残留する場合は上限無し、移籍した場合は翌シーズンの年俸の半額が契約金の上限となる。契約内容によっては契約金無しの場合もある。

[編集] 移籍に関わる補償

FA権を行使して他球団へ移籍したFA選手が補償対象選手の場合、移籍先球団は前球団に対して選手の旧年俸による金銭補償、および移籍先球団が保有する支配下選手のうちプロテクトした28名の選手+外国人選手を除いた中から、前球団が指名した選手1名を与える人的補償をしなければならない。ただし前球団が人的補償を求めない場合は金銭補償の50%にあたる追加の金銭補償を以って人的補償にかえることが出来る[1]

補償対象選手と前球団への補償
  • 1993年~2007年まで
    • 全てのFA権行使選手が補償対象選手となる。
      • 金銭補償 - 移籍先球団は旧年俸の80%(2度目以降は40%)を前球団へ支払わなければならない。
      • 人的補償 - 移籍先球団は前球団が指名したプロテクト外選手1名を与えなければならない。ただし前球団が求めない場合は、旧年俸の40%(2度目以降は20%)を前球団へ支払わなければならない。
    • 実際の補償(金銭補償+人的補償)は次の2通りとなる。
      • 移籍した選手の旧年俸の1.2倍(2度目以降のFAでは旧年俸の0.6倍)。
      • 移籍先球団がプロテクトした選手以外の選手1人と選手の旧年俸の0.8倍の金銭。2度目以降のFAではプロテクト外選手1人+旧年俸の0.4倍の金銭。
  • 2008年~現在
    • 各球団ごとに日本人選手の前球団の旧年俸順に上位3位までをランクA、4位から10位までをランクB、11位以下をランクCとランク付けされ、ランクAとランクBの選手が補償対象選手となる。
      • 金銭補償 - 移籍先球団はランクAの選手獲得の場合は旧年俸の50%(2度目以降は25%)を、ランクBの選手獲得の場合は旧年俸の40%(2度目以降は20%)を前球団へ支払わなければならない。
      • 人的補償 - 移籍先球団は前球団が指名したプロテクト外選手1名を与えなければならない。ただし前球団が求めない場合は、ランクAの選手獲得の場合は旧年俸の30%(2度目以降は15%)、ランクBの選手獲得の場合はプロテクト外選手または旧年俸の20%(2度目以降は10%)を前球団へ支払わなければならない。
    • 実際の補償(金銭補償+人的補償)は次の2通りとなる。
      • 移籍したランクAのFA選手の旧年俸の0.8倍(2度目以降のFAでは旧年俸の0.4倍)。ランクBのFA選手の旧年俸の0.6倍(2度目以降のFAでは旧年俸の0.3倍)。
      • プロテクト外の選手1人と移籍したランクAの選手の旧年俸の0.5倍の金銭(2度目以降のFAではプロテクト外選手1人+旧年俸の0.25倍の金銭)。プロテクト外の選手1人と移籍したランクBの選手の旧年俸の0.4倍の金銭(2度目以降のFAではプロテクト外選手1人+旧年俸の0.2倍の金銭)。
    • なお、ランクCの選手は補償対象選手とならない。

補償に関する日程は、まずFA選手と移籍先球団との選手契約締結がコミッショナーより公示された日が起点となり、2週間以内にまず移籍先球団がプロテクト28名と外国人選手を除いた選手名簿を提示する。この後起点より40日以内に全ての補償を完了しなければならないが、金銭補償に限り前球団の同意があれば40日を延長することができる。

FA宣言した年の翌々年の11月30日まで日本のプロ野球球団と契約を交わさなかった選手のうち、翌12月1日以降に日本のプロ野球球団と選手契約を交わした場合は、前球団への補償を必要としない。すなわち、FA宣言により他国のプロ野球球団へ移籍し、1年後に日本のプロ野球球団へ移籍する場合は、最後に在籍した日本の前球団への補償が必要となる。2002年横浜よりFA宣言してアメリカメジャーリーグメッツに移籍し、同シーズン限りで退団した小宮山悟がこの規定に該当したために、日本のプロ野球球団から敬遠され2003年シーズンを棒に振る、という事例が起きている。また、2007年楽天よりFA宣言してレンジャーズに移籍した福盛和男に関しても同様の問題が生じている。

海外プロ野球球団への移籍に対する補償は未整備状態であり、問題点の1つとなっている。

[編集] 獲得人数

獲得する選手が上記の補償対象選手の場合、直前のシーズンまで他の球団に在籍していたFA選手と翌年度の選手契約を結べる人数には制限がある。ただし、FA宣言前からその球団に所属していた選手(すなわち、FA権を行使しての残留選手)はこれに含まれない。また、ランクCの選手は補償対象選手ではないため、これに含まれない。

  • FA選手20人以下 - 2人まで
  • FA選手21人以上30人以下 - 3人まで
  • FA選手31人以上40人以下 - 4人まで
  • FA選手41人以上 - 5人まで

[編集] FA権を行使し日本の他球団へ移籍した選手

太字は現役選手

選手 移籍元 移籍先 補償 備考
1993年 松永浩美 阪神タイガース 福岡ダイエーホークス 金銭 初の権利行使選手
駒田徳広 読売ジャイアンツ 横浜ベイスターズ 金銭  
落合博満 中日ドラゴンズ 読売ジャイアンツ 金銭  
石嶺和彦 オリックス・ブルーウェーブ 阪神タイガース 金銭  
1994年 工藤公康 西武ライオンズ 福岡ダイエーホークス 金銭  
川口和久 広島東洋カープ 読売ジャイアンツ 金銭  
山沖之彦 オリックス・ブルーウェーブ 阪神タイガース 金銭  
広沢克己 ヤクルトスワローズ 読売ジャイアンツ 金銭  
石毛宏典 西武ライオンズ 福岡ダイエーホークス 金銭  
金村義明 近鉄バファローズ 中日ドラゴンズ 金銭  
1995年 河野博文 日本ハムファイターズ 読売ジャイアンツ 川邉忠義 初の人的補償
仲田幸司 阪神タイガース 千葉ロッテマリーンズ 金銭  
1996年 田村藤夫 千葉ロッテマリーンズ 福岡ダイエーホークス 金銭  
清原和博 西武ライオンズ 読売ジャイアンツ 金銭  
1997年 中嶋聡 オリックス・ブルーウェーブ 西武ライオンズ 金銭  
山崎慎太郎 近鉄バファローズ 福岡ダイエーホークス 金銭  
1998年 武田一浩 福岡ダイエーホークス 中日ドラゴンズ 金銭  
1999年 工藤公康 福岡ダイエーホークス 読売ジャイアンツ 金銭 初の2度目のFA移籍
星野伸之 オリックス・ブルーウェーブ 阪神タイガース 金銭  
江藤智 広島東洋カープ 読売ジャイアンツ 金銭  
2000年 川崎憲次郎 ヤクルトスワローズ 中日ドラゴンズ 金銭  
2001年 前田幸長 中日ドラゴンズ 読売ジャイアンツ 平松一宏  
加藤伸一 オリックス・ブルーウェーブ 大阪近鉄バファローズ ユウキ  
谷繁元信 横浜ベイスターズ 中日ドラゴンズ 金銭  
片岡篤史 日本ハムファイターズ 阪神タイガース 金銭  
2002年 若田部健一 福岡ダイエーホークス 横浜ベイスターズ 金銭  
金本知憲 広島東洋カープ 阪神タイガース 金銭  
2003年 村松有人 福岡ダイエーホークス オリックス・ブルーウェーブ 金銭  
2004年 大村直之 大阪近鉄バファローズ 福岡ダイエーホークス 金銭 大阪近鉄バファローズはこの年限りで消滅[2]により、金銭補償の選択しかなかったとされる
稲葉篤紀 ヤクルトスワローズ 北海道日本ハムファイターズ 金銭  
2005年 野口茂樹 中日ドラゴンズ 読売ジャイアンツ 小田幸平  
豊田清 西武ライオンズ 読売ジャイアンツ 江藤智 過去のFA移籍入団選手(江藤智)が人的補償となった初の移籍
2006年 小久保裕紀 読売ジャイアンツ 福岡ソフトバンクホークス 吉武真太郎 過去所属していた球団へFA移籍した初の選手
小笠原道大 北海道日本ハムファイターズ 読売ジャイアンツ 金銭  
門倉健 横浜ベイスターズ 読売ジャイアンツ 工藤公康  
2007年 新井貴浩 広島東洋カープ 阪神タイガース 赤松真人  
和田一浩 西武ライオンズ[3] 中日ドラゴンズ 岡本真也  
石井一久 東京ヤクルトスワローズ 埼玉西武ライオンズ[3] 福地寿樹 メジャーリーグから日本へ復帰した後、日本の他球団へFA移籍した初の選手
2008年 中村紀洋 中日ドラゴンズ 東北楽天ゴールデンイーグルス 無し 年俸ランクC
野口寿浩 阪神タイガース 横浜ベイスターズ 無し 年俸ランクC
相川亮二 横浜ベイスターズ 東京ヤクルトスワローズ 金銭


[編集] FA権を行使し海外の球団へ移籍した選手

太字は現役選手 ※原則として人的補償、金銭補償はないため省略。

選手 移籍元 移籍先 備考
1997年 吉井理人 ヤクルトスワローズ ニューヨーク・メッツ 初のFA権行使によるアメリカメジャーリーグへの移籍
1998年 木田優夫 オリックス・ブルーウェーブ デトロイト・タイガース  
1999年 佐々木主浩 横浜ベイスターズ シアトル・マリナーズ  
2000年 新庄剛志 阪神タイガース ニューヨーク・メッツ  
2001年 小宮山悟 横浜ベイスターズ ニューヨーク・メッツ  
田口壮 オリックス・ブルーウェーブ セントルイス・カージナルス  
2002年 松井秀喜 読売ジャイアンツ ニューヨーク・ヤンキース  
2003年 高津臣吾 ヤクルトスワローズ シカゴ・ホワイトソックス  
松井稼頭央 西武ライオンズ ニューヨーク・メッツ  
2004年 藪恵壹 阪神タイガース オークランド・アスレチックス  
2005年 城島健司 福岡ソフトバンクホークス シアトル・マリナーズ  
2006年 岡島秀樹 北海道日本ハムファイターズ ボストン・レッドソックス  
2007年 黒田博樹 広島東洋カープ ロサンゼルス・ドジャース  
小林雅英 千葉ロッテマリーンズ クリーブランド・インディアンス  
薮田安彦 千葉ロッテマリーンズ カンサスシティ・ロイヤルズ  
福盛和男 東北楽天ゴールデンイーグルス テキサス・レンジャーズ  
福留孝介 中日ドラゴンズ シカゴ・カブス  
2008年 川上憲伸 中日ドラゴンズ アトランタ・ブレーブス  
上原浩治 読売ジャイアンツ ボルチモア・オリオールズ  
高橋建 広島東洋カープ トロント・ブルージェイズ マイナー契約で同意した初のFA選手

[編集] 10年選手制度

FA制度の前身にあたる制度。1947年4月14日に連盟・経営者側と選手会の合意により導入。1952年12月24日発行の野球協約により抜本改正され、1975年限りで全廃された。

[編集] 概要

プロ入りから10シーズン以上現役選手として同一球団に在籍した者は「自由選手」として表彰され、所属球団を自由に移籍する権利が与えられた。

1952年の改正後は、10シーズン以上現役選手として球団に在籍した者に対しコミッショナーが10年選手に指名した。10年間同一球団でプレーした「A級」と、複数球団で10年間プレーした「B級」に大別された。A級は「ボーナス受給の権利」か「自由移籍の権利」のどちらか任意の権利を与え、B級は「ボーナス受給の権利」を与えた。また、A・B級双方とも引退試合の主催権利が与えられた。再取得は3年後。

[編集] 10年選手の権利

1952年改正以前は表彰と移籍権利のみ。以下は1952年改正後の権利。

引退試合
現役時代に顕著な功績を残した10年選手は、所属球団との合意の下、希望する地域において毎年11月15日以降に引退試合を主催することができた。非公式試合であり、試合開催による収益金を得ることも認められた。引退選手複数人共同で催すこともできたが、その場合も1試合のみ。
トレード拒否
10年選手をトレードに出す場合は、事前に本人の同意(書面)が無ければ不可とされた。
ボーナス受給
ボーナス(今で言う再契約金)を受け取ることができた。当初は無制限だったが、1959年3月の改定でA級選手のボーナスに限り、移籍なら1.5倍まで、残留なら2倍までと制限された。
A級選手の移籍
A級10年選手に指名された選手はその年の12月16日以降、自由に球団を移籍することができた。この権利は1度のみで再取得は不可。移籍した場合、新球団は旧球団に対し、新年俸の半額を譲渡金として支払った。

[編集] 10年選手制度により他球団へ移籍した選手

二塁手不足となったタイガースの若林忠志監督が翌年オフに招聘して復帰している。
この年に持ち上がった2リーグ分立騒動に際し、「契約の切れた10年選手の移籍については、選手の自由意思に任せる」との申し合わせに従い、毎日の勧誘に応じて移籍した。
この年、A級10年選手の権利を得た田宮はボーナスを貰うつもりでいたが、当時のコミッショナー機関が「A級権利でボーナスを得て残留すればその選手はA級のままであり、移籍自由の権利は残る」との見解を示した。本来、A級権利のどちらを行使しても再取得時にはB級になり、権利もボーナス受給だけになるはずだったが、当時はこの部分が明文化されておらず、このコミッショナー見解が正式とされてしまった。近い将来移籍してしまう可能性のある選手にボーナスは出せないと考えたタイガースのフロントはボーナスの金額交渉に消極的になり、最終的に田宮側に契約意思が無いことを通知、田宮はやむなく移籍権利を行使して移籍した。
  • 1959年オフ
    • 大友工 読売ジャイアンツ→近鉄バファロー
    • 飯尾為男 東映フライヤーズ→大毎オリオンズ
田宮の一件以後規約が一部改正され、「A級10年権利でボーナスを得た場合、3年後の再取得時にはB級となるが移籍権利は残る。ただし、移籍交渉の順番はシーズンの順位によるウェーバー方式。交渉拒否は2度まで」とされた。金田は1959年にA級10年選手の権利を行使してボーナスを貰っており、1963年にB級13年選手として移籍権利を含めて再取得した。この年は行使せず保留して迎えた1964年シーズンオフ、国鉄がサンケイに対して正式に球団を譲渡することが決定した(1962年には、既にサンケイが球団経営の主導権を握る形で業務提携していた)ため、金田は前年保留したB級選手制度の移籍権利を行使した。この年の順位は下から中日、国鉄、広島巨人大洋阪神であり、金田は拒否権を2度使って巨人へ移籍した。

[編集] メジャーリーグベースボール

フリーエージェントの起こりは、メジャーリーグベースボールにおいてである。モントリオール・エクスポズデーブ・マクナリー投手や、ロサンゼルス・ドジャースのアンディ・メサースミス投手が、1975年に契約書にサインせずシーズンを通して、1年間プレーした後、契約から自由であると主張したことに始まる。この件をきっかけとして、機構側と選手会との話し合いの結果、フリーエージェント制は生まれた。

MLBのFA権は、日本のプロ野球と言葉の指す意味合いとはやや異なる。契約の切れた選手はすべてフリーエージェントとなるため、解雇などにより自由契約となった選手も特別には区別されずフリーエージェントという扱いになる。また、取得年数などに違いがある。日本の最短9年に対して、1年を172日とし、およそ6年分にあたる計1032日(故障者リスト登録期間も含む)メジャー登録された選手が取得できる。 FAの補償はドラフト指名権の譲渡で行われている。対象者が多いため、FAによる移籍は日本のプロ野球などと比べても盛んである。 また、マイナーリーグにもFA制度がある。期間はメジャーと同一の6年で、メジャー40人枠に入れなかった選手が対象となる。

シーズンオフにFAとなる選手を抱えている球団は、オフに他球団との獲得競争にさらされ、選手を失うリスクを背負う。その対策として、優勝争いでさらなる戦力補強を必要としている球団にFAになる前にトレードし、見返りに金銭や若手選手をもらう場合もある。

特に、シーズンの途中で事実上優勝争いから脱落した球団では、FAとなる選手を交換要員としていかに有望な若手選手を引っ張って来られるかがGMの腕の見せ所ともいえる。

優勝争いをしている球団にとっては即戦力を手に入れられるメリットはある。しかし、オフにFA権を行使して移籍される可能性があり、また、交換要員に若手有望株(プロスペクト)を要求される可能性が高く、中長期的にみれば大きなデメリットを抱える可能性もある。

[編集] MLBにおけるFA補償制度の仕組み

メジャーリーグにおいては、FAによって移籍した選手の補償として翌年のドラフト指名権が譲渡される。これはFA制度が始まって2年後の1978年ドラフトからである。ここでは2007年-2008年シーズンにおける制度に基づいて説明する。

球団が補償を受けるためには、12月1日までにFAとなった選手の移籍先が決定するか、移籍先が決まっていない場合には当該選手への年俸調停を申請する必要がある。FAとなった選手すべてが補償の対象となるわけではない。毎年オフ、野球データ分析会社エライアス・スポーツ・ビューローがMLB機構の委託を受けて、直近2シーズンの成績を元に各選手のポジション別(先発投手、救援投手、捕手、二塁手・三塁手・遊撃手、一塁手・外野手・指名打者の5部門)のランク付けを行っている。各部門上位20%がAランク、上位21%〜40%がBランク、それ以外がランク無しとなる(かつてはCランクも存在した)。なお、同一ランク内でも細かな順位が付けられている。

Aランクの選手を失った球団は、移籍先球団の1巡目指名権に譲り受け、加えて補償ラウンド指名権(1巡目と2巡目の間に指名できる権利、通称サンドイッチ・ピック)も1つ得られる。ただし、全体1位から15位までの指名権は保護され、この場合は2巡目指名権が代わりに譲渡される。 Bランクの選手を失った球団は、移籍先球団からは指名権は得られないが補償ラウンド指名権を1つ得られる。 ランク無しの選手に関しては一切の補償は無い。

複数のAランク選手と契約した場合、よりランク内順位の高い選手の移籍元球団に1巡目指名権が譲渡される。以降、ランク内順位にあわせて2巡目、3巡目と指名権が譲渡される。また、1球団が契約できるFA選手の数は各ランクの選手の人数に合わせて上限が設けられる。

[編集] 日本プロバスケットボール

日本プロバスケットボールではbjリーグで導入しており、bjリーグが定める条件を満たした選手でいずれの球団とも選手契約を締結する権利を持った選手をフリーエージェントと称し、その権利を与える制度を「フリーエージェント(FA)制」という。

[編集] 概要

あるシーズンのレギュラーシーズンにおいて80%以上の試合に出場選手登録(ベンチ登録)され、そのシーズンの数が累積で3シーズンに達すると選手はフリーエージェントの権利が発生する。ただし、出場選手登録試合数がレギュラーシーズンの80%に満たないシーズンがある場合は、それらのシーズンの出場選手登録試合数をすべて合算し、80%に達したものを1シーズンとして計算される。また、移籍(トレード)された場合、移籍元球団及び、移籍先球団での実績を通算する。

レギュラーシーズン終了後、権利を取得した選手はbjリーグによって公示され、その公示された選手は、プレイオフ終了後から宣言期間内(ドラフト会議の約1週間前)に、所属球団を通じてbjリーグにFA権行使を宣言した上で翌日より交渉が可能になる。(2008年はドラフト会議の直前までと規定されていた)

FA宣言選手として公示された選手のFA権再取得には、2シーズン、80%以上の出場選手登録が必要。

[編集] FAにおける制約・補償

[編集] 一時金

FA宣言選手には年俸の他にサラリーキャップ対象外の一時金の支払いが認められる。前年基本報酬の50%が上限となる。

[編集] 獲得人数

直前のシーズンまで他の球団に在籍していたFA選手と翌年度の選手契約を結べるのは各球団2名までである。FA宣言前からその球団に所属していた選手はこれに含まれない。

[編集] 移籍に関わる補償

FA選手を獲得した球団は、移籍元に対して補償金を支払う。金額は移籍元での在籍シーズン数に基づき算出され、移籍元における基本報酬、または、移籍先での基本報酬に下表の係数を乗じて、高いほうの金額とする。

2008年は一律で前年基本報酬の50%を支払っていた。

在籍シーズン数 旧契約 新契約
3シーズン以内 40% 20%
4シーズン 30% 15%
5シーズン 20% 10%
6シーズン 10% 5%
7シーズン以降 なし

[編集] FA権を行使し他球団へ移籍した選手

選手 移籍元 移籍先 備考
2008年 佐藤公威 新潟アルビレックスBB 大分ヒートデビルズ 初のFA移籍選手
吉田平 琉球ゴールデンキングス りゅうせきクラブ チームから契約満了となったためで、事実上の解雇である。
2009年 庄司和広 埼玉ブロンコス 高松ファイブアローズ
与那嶺翼 大分ヒートデビルズ 琉球ゴールデンキングス
  • 2008年は25名が資格を取得。うち9名が権利を行使した。
  • 2009年は30名が資格を取得(新規取得者は16名)。うち6名が権利を行使した。

[編集] NBA

NBAの場合他のリーグとは異なりFA権取得年数というシステムは存在しない。契約終了やNBAの権利放棄ウェーバーの手続きに従って解雇された場合、あるいはNBAドラフトの資格を有していたにも関わらず指名されなかった選手を総称してフリーエージェントと呼ぶ。新人の場合最長4年、新人以外も最長7年でFAとなる。RFAあり。

[編集] RFA

RFAの選手は、他球団が提示したオファーシートと同額の契約を、元球団が提示した場合、契約の優先権は元球団になる。元球団がRFA選手を引き止める事を一般に「マッチ(match)」と言う。

選手をRFAにするには、球団は6月30日までに「クオリファイング・オファー」を提示する必要がある。他球団のオファーシートにサイン後、15日以内に所属していたチームがオファーシートと同額を提示すれば「マッチ」となり、元球団と選手は契約することになる。「マッチ」しなければ、サインした球団へ移籍となる。

ドラフト1巡目選手が結ぶルーキー契約を4年終了した場合の5年目、またはリーグ所属3年未満の選手に制限が認められる。

[編集] NFL

NFLの場合、FA権取得年数経過後に契約が切れた時点でフリーエージェントとなる。UFA・RFAの他に「フランチャイズ」「トランジション」もある。

[編集] UFA

NFLに4年以上在籍するとUFAの資格を取得する。契約が切れるとどの球団と自由に契約ができ、それ以降は契約が切れるたびに何度でもFAになる。

UFA選手は、7月22日までは自由に交渉ができる。しかし、6月1日に元球団が「tender offer」を提示していて7月22日までに新球団と契約しなかった場合、7月23日以降は元球団が独占交渉権を持つ。「tender offer」を提示されていなければ、完全に自由な交渉ができる。

[編集] RFA

NFLに3年在籍し、チームとの契約が切れるとRFAの資格を取得する。RFAの場合、元球団に残留を実現するための権利が与えられる。

まず、RFA選手は元球団から「クオリファイング・オファー」という1年契約を提示され、移籍の際に元球団への補償金額が決まる。「クオリファイング・オファー」がない場合、その選手はUFAとなる。

そのRFA選手の獲得を希望する球団の「Offer Sheet」にRFA選手がサインした場合、元球団は7日以内に、その「Offer Sheet」と同等以上の契約を提示することで、移籍を阻止できる。この権利を「第一拒否権(Right of First Refusal)」と呼ぶ。

もしそれを提示せずに移籍を許可した場合、「クオリファイング・オファー」次第で元球団は移籍先球団からドラフト指名権を受け取る。

RFA選手が他球団と交渉できるのは、NFLドラフトの8日前まで。所属球団が第一拒否権を行使する期限はその1週間後、すなわちドラフトの前日である。

「クオリファイング・オファー」分の金額は、サイン前であってもサラリーキャップに加算される。

[編集] トランジション

チームは1人のトランジション選手を指定することができる。チームはトランジション予定の選手に対し、ポジションでの前シーズンの年棒トップ10選手の平均額、またはその選手の前シーズンの年棒の120%のうちの多い方の額でオファーを出し、他チームからのオファーに対して、7日以内に同じ条件を提示することで拒否権を発動できる。

[編集] NHL

NHLでは、選手のFA権取得可能年齢があり、これまでは31歳だったが、2007-08年のシーズン終了後に27歳に引き下げられる。新人選手は入団7年後、それ以外は4年後にFA権取得可能となる。

RFAの場合、前年年俸の75%(クオリファイング・オファー)を提示することにより、元チームはその選手の権利を保有することができる。契約期限は12月1日とし、この期限までに契約できなかった選手は、同シーズンのNHLでプレーすることはできない。

[編集] 脚注

  1. ^ 移籍先球団が複数名と契約して選手による補償が重複した場合は、移籍先球団と同一連盟内の球団が優先される。同一連盟内であれば同年度の勝率が低い順に前球団に優先順を設ける。
  2. ^ プロ野球再編問題 (2004年)を参考のこと
  3. ^ 和田の移籍元と石井一の移籍先は球団名が異なっているが、この2007年のFA前後で球団名が変更されたためで実際は同じ球団である。和田が在籍していた2007年までの球団名は「西武ライオンズ」であり、石井一が在籍する2008年以降の球団名は「埼玉西武ライオンズ」である。

[編集] 外部リンク

日本プロ野球

日本プロバスケットボール

最終更新 2009年11月21日 (土) 10:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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