ブエルタ・ア・エスパーニャ
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| 概要 | |
|---|---|
| 開催時期 | 8月下旬から9月中旬 |
| 開催地域 | |
| 地域名 | Vuelta a España(スペイン) |
| 愛称 | ブエルタ |
| 分野 | ロードレース |
| カテゴリー | グランツール、HIS |
| 形態 | ステージレース |
| 主催者 | ウニプブリク |
| 責任者 | ビクトル・コルデロ |
| 歴史 | |
| 初回開催年 | 1935年 |
| 開催回数 | 64回(2009年) |
| 初代優勝者 | |
| 最多優勝者 |
3回 |
| 直近優勝者 | |
ブエルタ・ア・エスパーニャ(Vuelta a España)とは毎年9月にスペインを舞台にして行われる自転車プロロードレースである。1935年から開催されている。主催はイベント会社のウニプブリク(Unipublic)。ツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリアとあわせてグランツールと呼ばれる。
略称は「ブエルタ」[1]。かつては「ツアー・オブ・スペイン(Tour of Spain)」の名で呼ばれていた時期もあった[2]。
目次 |
[編集] 概要
毎年9月に3週間以上かけて行われるステージレースで、スペイン国内を中心としておよそ3200kmを走る。ステージ数は通常21前後。平坦ステージ、山岳ステージ、タイムトライアルステージ(個人、チーム)とさまざまなステージが用意されている。
総合成績1位の選手には「マイヨ・オロ」と呼ばれる金色のジャージが与えられるほかスプリント賞、山岳賞、新人賞といった各賞の対象者も特別なジャージを着用する。
[編集] 開催時期の変更
1994年までは4~5月に開催されておりジロ・デ・イタリアとの間隔がほとんどなく、年によっては日程が重複することもあった。そのため何人かの有力選手がツール・ド・フランスまで力を温存しようと考えて調整目的で参加するほかは、大半がジロ・デ・イタリアに出場。ブエルタ・ア・エスパーニャに出場するのはもっぱら地元スペインの選手(もしくはスペイン所在のチームの選手)かブエルタ・ア・エスパーニャよりもさらに厳しい山岳コースが登場するジロ・デ・イタリアを嫌うスプリンター系選手だったため、比較的ローカル色が強い大会だった。
しかしUCIカレンダーの整備により、1995年より現在の開催時期である9月に移行。日程上では同一年度においてグランツール全大会に出場することが可能となった。これによりレースの盛り上がりが期待されたがシーズン終盤の開催ということもあり多くのレースをこなして疲労のたまった選手や秋のクラシックレース、世界選手権などに照準を合わせた選手からは敬遠されることが多く依然として出場するのはスペイン選手が中心という状態が続きグランツールの中でもツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリアに比べてワンランク下の存在に見られ盛り上がりに欠けていたため以前は財政難などで開催が危ぶまれることもあった[3]。
しかし徐々にオールラウンダータイプの選手をはじめ有力選手の出場や活躍が目立つようになり2005年に始まったUCIプロツアーでは最上級カテゴリーAに格付けされたツール・ド・フランスに次ぐカテゴリーBに位置づけられ、自転車レースとしてはジロ・デ・イタリアと同格の扱いを受けていた。そのため近年はグランツールにふさわしい盛り上がりを見せるようになった。
[編集] 特徴
1ステージあたりの距離が短く平均150km程度とツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアに比べて20kmほど短いため、レースの平均スピードが速い。またスペインという山がちな土地を舞台にして開催されるため序盤から山岳ステージが登場することが多く、アップダウンの激しいステージも多い。そのため上りに強い選手に有利なレースだといわれており、春期開催だった頃はスプリンター型の選手の優勝も見受けられるものの歴代の優勝者を見ると山岳を得意とするタイプの選手が目立つ。
[編集] 歴史
ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアなどの自転車レースの盛り上がりに伴って、1935年に合計走行距離3425km・14ステージという規模で第1回大会が開催された。しかし1937年から3年間、スペイン内戦によって中断。
1941年に第3回大会が開かれるも、第二次世界大戦の激化によって1943年から再び中断という事態になる。その後1945年から再開されるものの1949年は中止。さらに1951年から1954年も開催せずという不安定な時期が続いた。
しかし1955年からの再開後はジャック・アンクティル、リック・バンステーンベルヘン、レイモン・プリドールなどの名選手も参加するようになり大会もそれなりの知名度を獲得するに至った。1970年代にはエディ・メルクスやベルナール・イノーが、1980年代にはペドロ・デルガドやショーン・ケリーが総合優勝を飾っている。
1992年から1994年にかけてはトニー・ロミンゲルが同レース史上初の3連覇。1996年と1997年にはアレックス・ツェーレが連覇を達成する活躍を見せている。
2000年代はロベルト・エラスが大活躍を見せ2000年に初制覇を達成したほか、合計走行距離2925Km・21区間で行われた2003年のレースでもイシドロ・ノサルとの激しい争いの末、2度目の総合優勝を果たした。さらに2004年もこの頃頭角を現し始めたアレハンドロ・バルベルデらを退け優勝。続く2005年にも総合1位となり、前人未到のブエルタ4勝&3連覇を達成したかに思われた。しかしドーピング疑惑により2005年の総合優勝は剥奪され、総合2位だったデニス・メンショフが繰り上がり優勝となった。
2006年はアレクサンドル・ヴィノクロフが優勝。2007年はデニス・メンショフが他を寄せ付けない強さで2回目の総合優勝を果たし2008年はアルベルト・コンタドールがチームメイトのリーヴァイ・ライプハイマーとの接戦を制し、史上5人目の全グランツール総合優勝という偉業を達成した。
[編集] 各賞とリーダージャージについて
数種の賞が設定されており、リーダージャージと呼ばれる各賞に応じたジャージがある。前日のステージ終了時点で各賞の成績第1位の選手がそのジャージを着用する権利を手にいれる。ブエルタにおいては各賞のジャージスポンサーとジャージデザインが固定されておらず、年毎に変わっている。ちなみにここに表記してあるジャージスポンサーは2009年のものである。
[編集] 個人総合時間賞(マイヨ・オロ)
金色のジャージ「マイヨ・オロ(maillot oro)」(「ヘルセイ・オロ(Jersey oro)」とも呼ばれる。英語圏では、「ゴールデンジャージ(Golden Jersey)」という名称がよく使用される)は個人総合成績1位の選手に与えられる。各ステージの所要時間を加算し、合計所要時間が最も少なかった選手が「マイヨ・オロ」着用の権利を得る。最終ステージの終了時点で「マイヨ・オロ」着用の権利をもっている選手がブエルタ・ア・エスパーニャの総合優勝者となる。2009年のスポンサーはスペイン産業観光商務省所管の省エネルギー多様化研究所の省エネルギー啓発プロジェクト「Ahorra Energia」。
当初は2009年からマイヨ・オロから紅色のマイヨ・ロホへ変更されるというアナウンスがあったが、2010年に延長されている。
[編集] ポイント賞(プントス)
「プントス(Puntos)」は「ポイント賞」に対して与えられる。各ステージのゴール、およびステージ途中の中間スプリント地点の通過順位に応じてスプリントポイントが加算されスプリントポイント1位の選手が「プントス」着用の権利を得る。2009年のジャージは緑色、スポンサーはブックメーカーのウィリアム・ヒル。以前は青色のジャージであったこともある。
[編集] 山岳賞(モンターニャ)
「モンターニャ(Montana)」は「山岳賞」に対して与えられる。登り坂の勾配と長さに応じて点数が設定された山岳ポイント地点の通過順位に応じて山岳ポイントが加算され、山岳ポイント1位の選手1位の選手が「モンターニャ」着用の権利を得る。2009年のジャージはワインレッド色、スポンサーはカスティーリャ・ラ・マンチャ州政府。別のスポンサーの時には銀色やオレンジ色だったこともある。
[編集] 複合賞(コンビナダ)
「コンビナダ(Combinada)」は複合賞(コンビネーション賞とも呼ばれる)に対して与えられる。総合成績+ポイント賞+山岳賞の順位の数値の合計がもっとも少ない選手が「コンビナダ」着用の権利を得る。ブエルタ・ア・エスパーニャ独特の賞であり、全ての賞で上位にいることの証でもある。2009年のジャージは白色、スポンサーは肥料メーカーのフェルティベリア。
[編集] 歴代総合優勝者
| 回 | 開催期間 | 総合優勝者(所属チーム) |
|---|---|---|
| 1 | 1935年4月29日~5月15日 | ギュスターフ・デロール |
| 2 | 1936年5月5日~31日 | ギュスターフ・デロール |
| 3 | 1941年6月12日~7月6日 | フリアン・ベレンデロ |
| 4 | 1942年6月30日~7月19日 | フリアン・ベレンデロ |
| 5 | 1945年5月10日~31日 | デリオ・ロドリゲス |
| 6 | 1946年5月7日~30日 | ダルマシオ・ランガリカ |
| 7 | 1947年5月12日~6月5日 | エドワード・ファンダイク |
| 8 | 1948年6月13日~7月4日 | ベルナルド・ルイス |
| 9 | 1950年8月17日~9月10日 | エミリオ・ロドリゲス |
| 10 | 1955年4月23日~5月8日 | ジャン・ドット |
| 11 | 1956年4月26日~5月11日 | アンジェロ・コンテルノ |
| 12 | 1957年4月26日~5月12日 | ヘスス・ロロニョ |
| 13 | 1958年4月30日~5月15日 | ジャン・スタブリンスキ |
| 14 | 1959年4月24日~5月10日 | アントニオ・スアレス |
| 15 | 1960年4月29日~5月15日 | フランツ・デムルダー |
| 16 | 1961年4月29日~5月11日 | アンヘリノ・ソレル |
| 17 | 1962年4月29日~5月11日 | ルディ・アルティヒ |
| 18 | 1963年5月1日~15日 | ジャック・アンクティル |
| 19 | 1964年4月30日~5月16日 | レイモン・プリドール |
| 20 | 1965年4月29日~5月16日 | ロルフ・ヴォルフショール |
| 21 | 1966年4月28日~5月15日 | フランシスコ・ガビカ |
| 22 | 1967年4月27日~5月14日 | ヤン・ヤンセン |
| 23 | 1968年4月25日~5月12日 | フェリーチェ・ジモンディ |
| 24 | 1969年4月23日~5月11日 | ロジェ・パンジョン |
| 25 | 1970年4月23日~5月12日 | ルイス・オカーニャ |
| 26 | 1971年4月29日~5月16日 | フェルディナント・ブラック |
| 27 | 1972年4月27日~5月14日 | ホセ・マヌエル・フエンテ |
| 28 | 1973年4月26日~5月13日 | エディ・メルクス |
| 29 | 1974年4月23日~5月12日 | ホセ・マヌエル・フエンテ |
| 30 | 1975年4月22日~5月11日 | アウグスティン・タマメス |
| 31 | 1976年4月27日~5月16日 | ホセ・ペサロドナ |
| 32 | 1977年4月26日~5月15日 | フレディ・マルテンス |
| 33 | 1978年4月25日~5月14日 | ベルナール・イノー |
| 34 | 1979年4月24日~5月13日 | ヨープ・ズートメルク |
| 35 | 1980年4月22日~5月11日 | ファウスティノ・ルペレス |
| 36 | 1981年4月21日~5月10日 | ジョヴァンニ・バッタリン |
| 37 | 1982年4月20日~5月9日 | マリノ・レハレタ |
| 38 | 1983年4月19日~5月8日 | ベルナール・イノー |
| 39 | 1984年4月17日~5月6日 | エリック・カリトゥー |
| 40 | 1985年4月23日~5月12日 | ペドロ・デルガド |
| 41 | 1986年4月22日~5月13日 | アルバロ・ピーノ |
| 42 | 1987年4月23日~5月15日 | ルイス・エレラ |
| 43 | 1988年4月25日~5月15日 | ショーン・ケリー |
| 44 | 1989年4月24日~5月15日 | ペドロ・デルガド |
| 45 | 1990年4月24日~5月15日 | マルコ・ジョヴァネッティ |
| 46 | 1991年4月29日~5月19日 | メルチョル・マウリ |
| 47 | 1992年4月27日~5月17日 | トニー・ロミンゲル |
| 48 | 1993年4月26日~5月16日 | トニー・ロミンゲル |
| 49 | 1994年4月25日~5月15日 | トニー・ロミンゲル |
| 50 | 1995年9月2日~24日 | ローラン・ジャラベール |
| 51 | 1996年9月7日~29日 | アレックス・ツェーレ |
| 52 | 1997年9月6日~28日 | アレックス・ツェーレ |
| 53 | 1998年9月5日~27日 | アブラハム・オラーノ |
| 54 | 1999年9月4日~26日 | ヤン・ウルリッヒ |
| 55 | 2000年8月26日~9月17日 | ロベルト・エラス |
| 56 | 2001年9月8日~30日 | アンヘル・ルイス・カセロ |
| 57 | 2002年9月7日~29日 | アイトール・ゴンサレス |
| 58 | 2003年9月6日~28日 | ロベルト・エラス |
| 59 | 2004年9月4日~26日 | ロベルト・エラス |
| 60 | 2005年8月27日~9月18日 | デニス・メンショフ |
| 61 | 2006年8月26日~9月17日 | アレクサンドル・ヴィノクロフ |
| 62 | 2007年9月1日~23日 | デニス・メンショフ |
| 63 | 2008年8月30日~9月21日 | アルベルト・コンタドール |
| 63 | 2009年8月29日~9月20日 | アレハンドロ・バルベルデ |
[編集] 日本でのテレビ放送
日本では従来スカイパーフェクTV!などのTVEスペインチャンネルで生中継が放送されていた(ただし現地で放送されている生中継をそのまま放送する形なので、日本語実況などはない)ため、放映権がバッティングするJ SPORTSでの放映は難しいとされてきた。しかし2001年にようやくJ SPORTSにおいて録画中継(約1ヶ月遅れ)での日本語実況つきの放送が実現し、2006年からは生中継も行われるようになった。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月13日 (金) 12:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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