ブガッティ オトモビル SAS
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| 種類 | SAS(簡素株式会社) 非公開企業(フォルクスワーゲングループ子会社) |
|---|---|
| 本社所在地 | Chateau Saint Jean 67120 フランス アルザス モルスハイム(Molsheim) |
| 設立 | 1998年 |
| 業種 | 自動車メーカー |
| 事業内容 | 自動車製造販売 |
| 代表者 | フランツ=ヨーゼフ・ペフゲン(Franz-Josef Paefgen) |
| 主要株主 | |
| 関係する人物 | フェルディナント・ピエヒ |
| 外部リンク | www.bugatti-cars.de |
ブガッティ オトモビル SAS(Bugatti Automobiles SAS) はフランスに本社を置く自動車メーカー。フォルクスワーゲンAGが往年のブガッティの商標権および製造販売権を獲得し100%子会社として1998年に創業。フォルクスワーゲンAGの取締役会会長であったフェルディナント・ピエヒが主導した。
目次 |
[編集] ジウジアーロによるコンセプトモデル製作
フォルクスワーゲンはブガッティブランドの再生を託してジウジアーロのイタルデザインにコンセプトカー製作を依頼。最初に2ドアクーペEB 118が1998年のパリサロンで発表された。次いで、ツーリングセダンタイプのEB 218を1999年のジュネーブ・モーターショーで発表。同年には、EB 18/3 ChironをフランクフルトのIAAで発表。しかし、最終的なブガッティのコンセプトモデルはイタルデザインのものではなかった。1999年東京モーターショーでフォルクスワーゲン自身のデザインによるEB 18/4 Veyronが発表された。
コンセプトモデルでは555(DIN)馬力(408kW)の18気筒エンジンを使用していた。これは乗用車としては初のW型エンジンであり、6気筒3バンクで構成されていた。またフォルクスワーゲングループのモジュラー化されたエンジン群から多くのコンポーネントを共有していた。
[編集] フォルクスワーゲンによる公式な設立
2000年12月15日、フォルクスワーゲンAGはBugatti Automobiles SASを公式に設立した。フォルクスワーゲンAGで駆動関係のチーフであったカール=ハインツ・ノイマン(Karl-Heinz Neumann)が社長となった。フランスのモルスハイム(Molsheim)近郊のドリスハイム(Dorlisheim)で1856年に造られた城、シャトー・サン・ジャン(Château Saint Jean)を購入、改装し本社とした。ここは、エットーレ・ブガッティがゲストハウスとして使っていた城である。以前のブガッティの工場はスネクマ(Snecma)社が手放そうとせず、フォルクスワーゲンは、2000年夏のペブル・ビーチ・コンコース・デレガンスにおいて、「モダンなアトリエを城(本社)の南隣に建設する」と発表した。このアトリエと呼ばれた工場は本社脇に新たに建造され2005年9月3日に竣工した。
[編集] EB 16/4 ヴェイロン
詳細は「ブガッティ・ヴェイロン」を参照
ピエヒによるブガッティ新モデル生産の発表は2001年のジュネーブ・モーターショーでおこなわれた。EB 16/4 Veyronと呼ばれたこの車両は、自動車史上、最速、最強、最高価格とされた。大型で複雑な機構をもつW18エンジンに代わりVR-6系統のW16が用いられるとされた。W16は1999年のBentley Hunaudieresコンセプトモデルで最初に使用されていた。W16はターボチャージャーを4基装備し、1001(PS)馬力(736kW)を予定しているとされた。最高時速405km/h(252mph)で価格は1,000,000.00ユーロ(当時で1.3ミリオンUSダラー)とされた。
2001年の1年間も開発に費やされ、EB 16/4 Veyronは『アドバンスト・コンセプト』とフォルクスワーゲンが呼ぶ段階に進んでいた。2001年後半にはブガッティは公式に車名をBugatti Veyron 16.4と名づけ、2003年に量産に入ると発表。しかし、その後も問題が起こった。高速安定性が悪く、プロトタイプの一台を壊してしまった。米国カリフォルニア州モントレーのラグナ・セカでおこなったプレス向けデモンストレーションではスピンアウトを喫しクラッシュしてしまう。これによりヴェイロン生産は遅れることになった。
ピエヒはこの年、フォルクスワーゲンの取締役会長を退任し監査会会長となる。取締役会長はベルント・ピシェッツリーダー(Bernd Pischetsrieder) となった。ピシェッツリーダーはヴェイロンを製図段階までもどし大掛かりな変更を指示した。2003年12月にはブガッティ社長はケルンで銀行を経営しまたルマンでBMWチームのレーサーとしても活躍したトマス・ブシェー(Thomas Bscher)となった。ブガッティのエンジニアリングチーフは前フォルクスワーゲンのエンジニアのウォルフガング・ シュライバー(Wolfgang Schreiber)が就き、ヴェイロンには大なたが振るわれた。
ヴェイロン最終バージョンは2005年9月3日にシャトー・サン・ジャンで公開された。
[編集] 次期車種
ブガッティは、ヴェイロンに次ぐモデルの開発も行っている。
トマス・ブシェー社長(当時)は2005年10月の東京モーターショーにおいて、「ヴェイロンのエンジンとトランスミッションを活用した、フロントエンジンの四人乗りになるだろう。」と発言した。
2009年9月14日、ブガッティは同社の100周年記念式典のクライマックスにおいて、16C Galibier concept (ガリビエール コンセプト)を発表した。 4ドア車では珍しい、ファストバックスタイルをもつ超高級サルーンである。
2ステージスーパーチャージャー付きW16気筒エンジンをフロントに搭載し、駆動方式はフルタイム4WD。ブレーキにはセラミックスが使われる(トランスミッションおよび、詳細なスペックは不明)。
ちなみに同車は、ガソリン以外にエタノールでも走行が可能な、フレックス燃料車である。
16C Galibier conceptは文字通りコンセプトカーであり、市販されるか否かは不明。
[編集] 外部リンク
英語版Wikipedia en:Bugatti Automobiles SAS 08:15, 5 January 2007の翻訳
最終更新 2009年10月10日 (土) 02:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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