ブダペスト地下鉄

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ブダペスト地下鉄路線図

ブダペスト地下鉄(ハンガリー語: Budapesti metro) は、ハンガリー共和国首都ブダペスト地下鉄であり、BKV(ブダペスト交通会社)により運営されている。3本の路線があり、それぞれ路線番号およびラインカラーで区別されている。現在4号線が建設中で、最初の区間は2010年に開業の予定である。また、5号線の計画も具体化されている。

地下鉄1号線は、世界でロンドンに次いで2番目、ユーラシア大陸では最初に営業を開始した地下鉄であり、電気運転の地下鉄としては世界初の地下鉄である。地下鉄として唯一世界遺産に登録されている。なお、1875年開業のイスタンブル・トンネル(テュネル)がユーラシア大陸初の地下鉄とされることもあるが実態が地下ケーブルカーであるため、ブダペスト地下鉄1号線がユーラシア大陸初の地下鉄であるとする説の方が有力である。

目次

[編集] 歴史

英雄広場の地下鉄1号線
開業当時の車両

市内の交通を容易にする目的で建設が計画された1号線は、アンドラーシ通りの路面上への建設に反対されたため、1870年に国民議会により地下鉄建設計画が受け入れられた。その後、1894年にドイツのシーメンス・ウント・ハルシュケ社により建設が開始され、最新の機械と2000人の労働者により、2年足らずで完成した。この部分は、完全に表面から開削式工法により建設された。ハンガリー建国千年祭に合わせて1896年5月2日に完成した。路線はアンドラーシ通りに沿って、ヴルシュマルティ広場から市民公園へ南西から北東方向に走る。終点は動物園であったが、現在は移転している。当初の駅は11駅あり、そのうち9駅が地下、2駅が地上にあった。路線の延長は3.7kmであった。列車は2分ごとに走り、1日当たりの輸送能力は35,000人であった。(現在は平日で103,000人)

その後、1895年には南北方向および東西方向の2つの地下鉄路線が計画された。現在の2路線の最初の計画は1942年にたてられ、議会によって1950年に建設のための法令が制定された。 2号線は、当初東駅と南駅を結ぶために計画された。1955年開業の予定であったが、財政および政治上の理由から、1954年から1963年まで工事が凍結された。最終的には、1970年4月4日(共産党の休日)に7つの駅が開業した。この路線は東西方向に走り、現在までドナウ川を渡りブダ地区まで到達する唯一の路線である。1号線とはデアーク広場駅で接続し、その後3号線も同じ駅で接続することになった。

1号線は、1970年から1973年にかけて、所有車両の置き換えを含む完全な更新を受けた。その際、従来の左側通行から他の路線と同様の右側通行に切り替えられた。1973年に2つの路線は延長され(1号線が1駅、2号線は4駅)、現在の路線延長(1号線が4.4 km、2号線が10.3 km)に達した。1973年には、ブダペスト交通会社(BKV)が維持を引き継ぎ、現在も地下鉄を走らせている。1976年に、3号線の最初の区間が開業したときに、ラインカラーが導入され、1号線が黄色、2号線が赤、3号線が青に決められた。(さらに、ブダペスト周辺の郊外鉄道に緑色が使われた)

3号線の最初の法令は1963年に制定され、1970年に建設開始、1976年に最初の6駅区間が開業した。その後、1980年に南方の5駅区間、1981年・1984年・1990年にかけて北方の9駅区間が開業し、ブダペストで最長となる現在の20駅・17kmが完成した。3号線は南北方向(正確には北北東から南東方向)を結ぶ。

1980年代から90年代にかけて、1号線は大幅な改修がされた。11駅中8駅が元のままで、3駅が再建された。駅は、千年祭の時代が思い出されるような床、ベンチ、木の窓、照明が施された。各駅が写真と情報により小さな博物館のようになっている。デアーク広場の地下通路に古い資料が見られる地下鉄博物館がある。

4号線(2008年現在建設中)は、1972年までさかのぼる長い歴史がある。過去数十年間において、その計画されたルート周辺の薬泉により困難を極めた。その建設が安全か、どの部分が政府と首都により支払われるか、それがハンガリーに対するロシアの国の負債から支払われるか否か、そのルートが適切であるかどうか、そしてそれが本当に価値があるのかどうか、そして、第一段階でどの距離を建設するかどうかについて長い議論が戦わされた。もし建設が(最善のケースで)2010年までに終了すれば、その歴史は37年に及び、ブダペストのすべての地下鉄の路線の中で最も長い期間になる。

2002年には、既に世界遺産になっていた「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」を拡大登録する形で、「アンドラーシ通りとその地下」(Andrássy Avenue and the Underground, 世界遺産ID400-002)の一部として世界遺産に登録された[1]。登録は、この物件が人類の技術的進歩の優れた例証として評価されたことによる。これにより、この世界遺産を産業遺産に分類する専門家もいる[2]

[編集] 路線

  • 1号線:ヴルシュマルティ広場 - メキシコ通り
  • 2号線:南駅 - ウルシヴェゼール広場
  • 3号線:ウーイペシュト・クズポント - ケーバーニャ・キシュペシュト
  • 4号線(建設中)
  • 5号線(計画中)

[編集] 最近および計画中の開発

[編集] 2号線改修

2号線は大部分の線路と8駅の大幅な改修が準備されている。これらの駅は現在のブダペストで最も現代的な役になっている。路線は2007年末までに完全に更新された。第1段階で主な駅にエレベータが設けられ、また、空調設備のある車両も導入される。これらの更新は夏休み期間中になされた。

最近、2号線とHÉV(郊外電車)の直通計画が提示された。市政府は完全には計画に同意はしていないが、2015年以降に建設される可能性はある。

[編集] 4号線

4号線は南西(ブダ地区)と北東(ペシュト地区)を結ぶ計画である。最初の部分であるケレンフェルド駅と東駅を結ぶ7.5 km、10駅の区間が2011年の後半に完成の予定である。次の部分は3km、4駅区間が2013年に完成の予定である。2002年から2004年にかけて、広場の改修とともに地下鉄建設の準備がなされた。 2005年に、東駅の駅前から建設工事が開始された。新しい駅の出口は、2号線の駅の出口と駐車場で接続されている。新しい出口は将来の交通需要の大幅な増加に対処するために必要である。 現在の2号線の利用者数に加え、4号線による1日当たり600,000人の新しい乗客が利用すると見込まれている。次に、新しい出口は4号線の駅の建設中に現在の出口を閉鎖するために作られる。新しい地下道が新しい出口のために作られた。作業は2005年12月に完了した。

[編集] 5号線

5号線は初期計画段階にある。ほぼドナウ川沿いに走り、北方および南方への郊外鉄道と接続する予定である。

[編集] 3号線延長

おそらく10年以内に、3号線の北方および東南(フェリヘジ空港)への延長計画がある。しかし、空港と東駅を結ぶ列車の導入により、空港への延長は無くなりそうである。

[編集] 利用方法

[編集] 一般情報

当分の間、唯一の接続駅はデアーク広場駅であるが、これから開業する4号線は、2号線および3号線と別の駅で接続することになる。

乗車券は、エスカレータに乗る前に入口のオレンジ色の機械で有効化しなければならない。そして、その乗車券は地下鉄から降車するまで持っていなければならない。有効化の際に、駅情報とともに日付と時間が券面に印刷される。乗車券は係員による検札がある。係員は駅のエスカレータ付近にいることが多いが、地下鉄のエリア内ではどこでも検札を受ける可能性がある。乗車券や定期券は係員の要求があれば渡さなければならない。係員は金色の腕章と青いリボンをつけているが、実際に検札を始めるまで隠していることもある。ブダペストの地下鉄および他のすべての公共交通に自動改札機を導入することが長期にわたって計画されてきたが、2007年現在、交通会社から具体的な計画の発表は無い。

乗車する方向を確認するためには、終点の駅名を知っている必要がある。それは駅と一般にはエスカレータに掲示されている。駅名は両方向のトンネルの壁に書かれている。

2号線・3号線の駅は、最近改修された駅も含めてすべての駅がバリアフリー化されていない。4号線は、地上からはエレベータでアクセスできるが、車いすの人は道路を渡る地下道を利用することはできない。1号線(千年祭地下鉄)は、3駅のみが車いすの人たちに適している。

輸送条件は、BKVのすべての交通機関でほぼ同じであり、交通会社のウェブサイトで利用できる。これは、利用者の最少年齢、健康状態、手荷物の最大サイズ(化学薬品のいくつかは禁止されている)、犬の輸送条件(乗車券・定期券、口輪と紐が必要)、喫煙・飲食・音楽の演奏の禁止、乗車券を持っている場合の災害保険とその使用条件などについて規定されている。

[編集] 乗車券とパスの種類

片道切符(2008年現在、270HUF)は、ブダペストのすべての地下鉄および公共機関で1回の乗車(乗換なし)に有効である。地下鉄にはさらに、3駅まで有効な区間乗車券、1回の乗換ができる乗換乗車券、そして1回の乗換を含む5駅まで有効な区間乗換乗車券がある。

区間乗車券(30分のみ有効)および1号線の単一乗車券(これも30分のみ有効)を除いて、すべての乗車券は、ブダペスト市内で60分間有効である。パスは、1日、3日、1週間、2週間、30日間、1年間の有効期間のものがあり、さらに10枚の乗車券の割引パックもある。ブダペストの公共交通機関を自由に利用できるブダペストカードが観光客によく推薦されるが、それは、特定の2日または3日間に多くの観光地を訪問し、多くのプログラムに参加するつもりである場合にのみ価値がある。

[編集] 運行時間および頻度

ブダペスト地下鉄は朝4:30から走り始め、最終電車は23:10にターミナルから出発する。ラッシュ時は平日の朝6時から8時と昼14時から17時までであり、2~3分ごとに運行される。総長および夜間は10~15分間隔である。クリスマス・イヴ(12月24日)には通常15:00までしか運行されない。また、他の運行中止も特別休日と同様にあるかも知れない(その場合、事前に広告される)。大晦日には営業時間が延長される。

[編集] トリビア

  • 2000年代前半の開発により、全ての地下鉄路線で携帯電話が使用できる。
  • 2号線と3号線は、(モスクワプラハのいくつかの地下鉄路線、ソフィアワルシャワの唯一の路線と同様に)今でも同じソビエトの車両が走っている。列車は2人で運転され、3号線を除いて、列車の速度と停止を制御する「プログラムカーペット」を持つ。これは、地下鉄の制御がほとんどドアの開閉から成ることを意味する。後者のシステムは同様に2号線で間もなく開始される。一方、4号線は完全に自動化され、運転手なしで運行される。
  • 大部分の駅は地下にあり、エスカレータ(通常1駅あたり3~4台)で到達できる。しかし、1号線は、乗換駅以外には階段しか無い。他の2路線も16駅(2号線の3駅と3号線の13駅)にはエスカレータが無い。
  • もっとも深い駅はモスクワ広場駅である。
  • 多くの駅にはコンコースがあるが、一部の駅は反対方向に向かうのに階段を使う必要がある。
  • 攻撃や大災害の場合には、ブダペスト地下鉄は220,000人にシェルターを提供できる。それにはエアフィルタによる新鮮な空気、飲料水(3l)、洗浄水(1日1人あたり27l)を含む。
  • 2号線と国会議事堂を結ぶ秘密の防空壕がある。これは、ハンガリーの共産主義独裁者であるラーコシ・マーチャーシュと共産党政府のために1950年代に造られた。空襲や核攻撃の場合には2,200人がここに避難し、地下鉄により南駅または東駅に逃げることができる。現在では使われずに閉鎖されている。
  • Kontrollという映画が2003年にブダペスト地下鉄で作成され、カンヌ国際映画祭とアメリカで上映された。
  • 映画アンダーワールドでもブダペスト地下鉄で撮影された場面がある。
  • 最初のニューヨーク地下鉄の入口は、ブダペスト地下鉄にならって造られた。

[編集] 統計

地下鉄3路線の総延長は31.7kmであり、40の駅(1つの乗換駅を含む)がある。今後開業予定の4号線は12の新しい駅と2つの乗換駅がある。

2004年の統計ではブダペスト地下鉄の平日の利用者は約1,270,000人である。2003年の利用者数は315,000,000人であり、1日あたり860,000人となる。

[編集] 脚注

  1. ^ http://whc.unesco.org/en/decisions/927
  2. ^ 古田陽久 古田真美『世界遺産ガイド 文化遺産編・2006年改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構、2006年、pp.40-41

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


最終更新 2009年8月20日 (木) 08:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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