ブルーノ・サッコ
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ブルーノ・サッコ(Bruno Sacco、1933年11月12日 - )は、イタリアのカーデザイナーである。
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[編集] 概要
1958年から1999年までダイムラー・ベンツで活躍したカーデザイナー。 1974年から1999年までの長期間にわたりメルセデス・ベンツのスタイリングデザイン部門の長を務める。 既存のジンデルフィンゲンのデザインセンター以外に新たにアメリカ・アーバイン、日本・横浜、イタリア・コモに3つの先行デザインセンターを立ち上げる。 1990年代のメルセデス・ベンツ車には「サッコ・プレート」と呼ばれる車体側面下部を覆う化粧板が取り付けられているモデルがある。
[編集] 年表
- 1933年にイタリア・フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のウーディネでイタリア陸軍山岳部隊士官の父オッタビオ(Ottavio Sacco)とオーストリア人の母マルゲリータ(Margherita Martinz)の間に生まれる。子供時代は父親の転勤のため各地を転々とする。1951年のトリノ・モーターショーで見たレイモンド・ローウィがデザインしたスチュードベーカーの車に深い感銘を受ける。
- 1952年にトリノにあるトリノ工科大学に入学する。
- 1955年に実習生としてカロッツェリア・ギアに入る。この期間にセルジオ・ピニンファリーナ(Sergio Pininfarina)と出会う。
- 1957年にトリノ駐在ドイツ領事の計らいでダイムラー・ベンツのデザイン部門の責任者であるオーストリア人カール・ヴィルフェルト(Karl Wilfert)との面接を受け、1958年に同社への採用が決まる。
- 1958年にドイツの自動車会社ダイムラー・ベンツでフリードリッヒ・ガイガー(Friedrich Geiger)のデザインスタジオで2人目のスタイリングデザイナーとなる。(1人目はポール・ブラック)
- 1963年にデザインスタジオを離れ、ベラ・バレニー(Béla Barényi)の先端安全技術研究部門に移籍。
- 1968年にデザインスタジオに戻り、数種のESV(Experimental Safety Vehicle)を手掛ける。
- 1974年にチーフエンジニアとなり、フリードリッヒ・ガイガーの後を引き継いでデザインスタジオの責任者となる。
- 1999年に引退。後任はペーター・ファイファー(Peter Pfeiffer)。
[編集] 代表作
- メルセデス・ベンツ ESF22(1978年)
- メルセデス・ベンツ C111-III(1978年)
- メルセデス・ベンツ W126型(1979年)セダン、クーペ
- メルセデス・ベンツ W201型(1982年)
- メルセデス・ベンツ W124型(1985年)セダン、クーペ、コンバーチブル、ステーションワゴン
- メルセデス・ベンツ R129型(1989年)
- メルセデス・ベンツ W140型(1991年)セダン、クーペ
[編集] 参考文献
Felicioli, Riccardo P. (1999), CAR MEN 4 Bruno Sacco Mercedes-Benz Bereich-Design, Milano: Automobilia s.r.l., ISBN 88-7960-090-7
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最終更新 2009年4月10日 (金) 21:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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