ブレイディー・ラジオ
ブレイディー・ラジオの最新ニュースをまとめて検索!
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 生年月日 | 1972年9月17日(37歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193cm 210 lb =約95.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| 初出場 | MLB / 1997年4月15日 NPB / 2000年 |
| 最終出場 | MLB / 2003年7月12日 NPB / 2002年 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
ブレイディー・ラジオ(Brady John Raggio, 1972年9月17日 - )は、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴・人物
球速はあまりなく(140km/h台中盤程度)横手からのスライダーが主体の投球スタイル。アメリカ時代はセントルイス・カージナルスでメジャーの経験もあるが、大半はマイナー生活だった。
ダイエーは1999年にラジオと同じような境遇だったロドニー・ペドラザが入団したが、ペドラザが抑えに定着して日本一に大きく貢献したことで、二匹目のドジョウを狙ってラジオを獲得した(年俸も安く済むので当時のダイエーにとっては好都合だった)。
入団1年目の2000年から先発ローテーションに入り、8勝を挙げる。2001年は開幕から6連勝したがその後息切れし結局9勝に終わる。もともと好不調の波は激しかったが、2002年は前年まで以上に波が激しくなり、ほぼ五分の勝敗は残したものの防御率は5点台半ばに落ち込み、高年俸もあって解雇された。
[編集] 日本通算投手成績
- 62試合 23勝17敗0セーブ 投球回343 奪三振176 四死球160 自責点173 防御率4.54
[編集] 背番号
- 36(2000年 - 2002年)
[編集] その他
- ホークスは福岡移転後外国人投手に泣かされることが多いが、ラジオの通算23勝は現時点で福岡移転後の外国人選手の球団記録である。2008年まではシーズン9勝も同上の記録だったが、2009年はD.J.ホールトンが2ケタ勝利を挙げ、福岡移転後初のホークス外国人2ケタ勝利投手となっている。
- 頭に血が上りやすい性格であり、2002年には一軍・二軍の双方の試合で退場になった。
- 綴りは違うものの名前が名前であり、ホークス在籍時にはKBCラジオのジングルにも登場している。
[編集] 関連項目
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年9月7日 (月) 11:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ブレイディー・ラジオ】変更履歴

