プエブロ (環境調査艦)
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| 艦歴 | |
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| 発注: | |
| 起工: | |
| 進水: | 1944年4月16日 |
| 就役: | 1967年5月13日 |
| 退役: | |
| その後: | 北朝鮮に捕獲、展示 |
| 除籍: | |
| 性能諸元 | |
| 排水量: | 基準:550トン、満載:845トン |
| 全長: | 53.9 m (177 ft) |
| 全幅: | 9.7 m (32 ft) |
| 吃水: | 2.7 m (9 ft) |
| 機関: | ディーゼルエンジン2基 |
| 最大速: | 12.7 ノット (23.5 km/h) |
| 兵員: | 士官6名、兵員70名 |
| 兵装: | 50口径機銃2基 |
プエブロ(USS Pueblo, AGER-2)は、アメリカ海軍の環境調査艦。バナー級環境調査艦の2番艦。1968年1月23日に発生したプエブロ号事件で、朝鮮民主主義人民共和国によって拿捕、2008年現在も船体は返還されず、平壌市内の大同江で一般公開されている。
目次 |
[編集] 艦歴
艦はアメリカ陸軍のカマノ級軽輸送艦 FS-344 としてウィスコンシン州ケワニーのケワニー造船エンジニアリング社で建造、1944年4月16日に進水する。1966年に海軍へ移管され、プエブロと改名される。当初は AKL-44(軽貨物艦)に分類されたが、間もなくその任務は情報収集に変更され、1967年5月13日に AGER-2(環境調査艦)に艦種変更される。環境調査艦 (Auxiliary General Environmental Research, AGER) は海軍と国家安全保障局 (NSA) が共同で実施した計画のための艦であった。
[編集] プエブロ号事件
プエブロは1968年1月5日に佐世保に向かう。1月11日に佐世保を出航し、対馬海峡におけるソ連海軍の活動の監視および朝鮮民主主義人民共和国に対する電波情報収集任務に従事する。
1月23日、北朝鮮東岸の元山沖公海上でプエブロは北朝鮮軍の警備艇およびミグ21戦闘機の攻撃を受ける。水兵1名が死亡し、艦長のロイド・M・ブッチャー中佐を初めとする82名の乗組員は元山で身柄を拘束され、北朝鮮当局の取り調べを受けることとなった。
領海侵犯についてアメリカ側は北朝鮮領海の1マイル外側であったと主張したが、北朝鮮側は50海里の領海を主張し侵犯が行われたとして、現在もアメリカと北朝鮮で主張が食い違っている。
アメリカは空母機動部隊を展開して乗組員の開放を要求したものの、北朝鮮は拒否し反対に謝罪を要求した。ベトナム戦争が拡大しつつある中、朝鮮戦争の再開とソビエト連邦の介入を恐れたアメリカは結局外交的解決として、板門店で領海侵犯及びスパイ活動を認める文書に調印することとなった。
82名の乗組員は1968年12月23日に板門店で解放された。
プエブロはコロラド州プエブロに因んで命名された三番目の艦であり、2007年現在もアメリカ海軍の現役艦艇である。プエブロはトリポリ戦争以降に初めて敵に捕獲されたアメリカ海軍の艦艇であると広く誤解されているが、実際には1941年12月8日に日本海軍によって上海で捕獲されたウェーク(USS Wake, PR-3)が最初の艦艇である。
[編集] 観光名所として
プエブロは平壌市内の大同江の沿岸に係留されており、公開以来250,000人以上の観光客が訪れる主要な観光名所のうちの1つである。また、教育の一環として現地の学生が集団で見学に訪れることも多い。暗号機械及び無線装置が設置された秘密通信室(一部は北朝鮮側によって組み直されている)をはじめ、ブリッジや船首部分の機銃に至るまで全てが公開されている。プエブロ号事件で最初に乗り込んだとされる退役軍人が常駐しており、当時の様子を直接聞くこともできる。また、船内では艦を拿捕した経緯を説明する、当時の映像を交えた15分のDVDを見ることになる。北朝鮮による反米プロパガンダの場ということもあり、艦の内外での写真撮影に特に制限は無い。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月6日 (火) 15:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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