プジョー・404

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プジョー・404
404ベルリーヌ
 
 
404リアビュー
 
404クーペ
 
メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1960年-1975年(国外生産は1988年まで続行)
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 4ドアセダン 5ドアワゴン ピックアップトラック 2ドアクーペ 2ドアカブリオレ
 
ハイブリッド
 
エンジン 直列4気筒OHV ガソリンまたはディーゼル
 
モーター
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 4MT 3AT
 
駆動方式 フロントエンジン・リアドライブ
 
サスペンション 前・独立 マクファーソン・ストラット 後・固定 パナールロッド・コイル
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 4450mm
 
全幅 1620mm
 
全高 1450mm
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース 2650mm
 
車両重量 1070kg
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
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ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
 
 
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別名 {{{別名}}}
 
先代 プジョー・403
 
後継 プジョー・504
 
姉妹車/OEM
 
車台共有車
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 

プジョー・404フランス自動車メーカー・プジョー1960年から1988年まで生産した中型乗用車である。

目次

[編集] 概要

初めてイタリアカロッツェリアピニンファリーナのデザインであることが公表されたプジョー車であり、[1]その名に恥じぬ流麗なスタイルはデビュー当時大きな評判となった。機構的にも先代のプジョー・403同様の手堅い設計[2]を継承しつつも大部分が新設計となり、初めてラジアルタイヤ標準装着を前提にコンプライアンスを与えて設計された新設計のサスペンションによる高度な操縦性と乗り心地のバランス、そして伝統的な耐久性が高く評価され、一般的にライフサイクルが長いプジョー車の中でも長期にわたって生産され、発展途上国への輸出やタクシーとしての過酷な使用には特に重宝された。

バリエーションとしては4ドアセダン、5ドアステーションワゴンピックアップトラックが主力であったが、1961年にはピニンファリーナ製の2ドアカブリオレ、翌1962年には2ドアクーペが追加され、両者はプジョーのトップモデルとして、1971年に後継車種504のクーペ・カブリオレが登場するまで存続した。

エンジンは1468ccと1600ccのガソリンと1816ccと1948ccのディーゼルで、前者には504が登場するまではクーゲルフィッシャー製機械式燃料噴射付きモデルも存在していた。長いライフサイクルの間、ガソリン車は66馬力~96馬力、ディーゼル車は55~68馬力の、少なくとも10種類の仕様が販売された。ギアボックスは4速コラムシフトが主力であったが、ZF製3速オートマチックも選択でき、クーペ・カブリオレはフロアシフトであった。

フランスでの生産は1975年で終了し、総生産台数は1,847,568台に達した。国外生産は発展途上国を中心に続行され、1988年に404が世界中のどこでも生産されなくなった時点での生産台数は2,885,374台に達した。

404はラリーカーとしても活躍し、1963・1966・1967・1968年にサファリラリーで優勝している。

日本には総代理店新東洋企業により、1960年代を通じてセダン・クーペ・カブリオレが輸入されたが台数は非常に少なかった。

[編集] その他

  • 2000年代、プジョー本国サイト「peugeot.com」で404 not foundページにこのクルマの画像が現れたことがあった。

[編集] 参考文献

CAR GRAPHIC誌1972年4月号

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 実際には前身のプジョー・403にもピニンファリーナの影響が見られる。
  2. ^ 1910年代末以来のウォームドライブ方式のデフギアや多数のグリースポイントなどを特徴とした。

最終更新 2009年6月28日 (日) 16:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【プジョー・404】変更履歴

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