プッシーキャット・ドールズ

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プッシーキャット・ドールズ
(2005年)
2005年
基本情報
別名 PCD、ザ・ドールズ
出身地 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル ポップ、ダンス・ポップ、R&B
活動期間 1995年 - 2003年
(バーレスク一座時代)
2003年 - 現在
(ミュージック・グループ)
レーベル ポリドールA&Mインタースコープ
共同作業者 エデンズ・クラッシュ、ガーリシャス、パラディソ・ガールズ、バスタ・ライムスティンバランドA.R.ラフマーンブラック・アイド・ピーズウィル・アイ・アムスヌープ・ドッグ、ロドニー・ジャーキンス、ミッシー・エリオットロビン・アンティン
公式サイト www.pcdmusic.com
メンバー
アシュレイ・ロバーツ(2001年 - 現在)
キンバリー・ワイアット(2001年 - 現在)
ジェシカ・スッタ(2002年 - 現在)
ニコール・シャージンガー(2003年 - 現在)
メロディー・トーントン(2003年 - 現在)
旧メンバー
カーミット・バシャー(1995年 - 2008年)
カーヤ・ジョーンズ(2003年 - 2005年)
アジア・ニトラーノ(2007年)
  

プッシーキャット・ドールズ(The Pussycat Dolls、時々PCDと略される)は振付師ロビン・アンティンによって結成されたアメリカ合衆国のポップガールズグループ、ダンスアンサンブルである。

グループはカリフォルニア州ロサンゼルスに拠点を置くバーレスク一座として1995年に活動を開始した。国中で注目を浴びた後にアンティンは2003年にA&Mレコードインタースコープ・レコードと協議して、一座を音楽グループに変えた。人事変動を経て2005年にニコール・シャージンガー、メロディー・トーントン、キンバリー・ワイアット、アシュレイ・ロバーツ、ジェシカ・スッタでメンバーが定着。アンティン、インタースコープとその他によって監視されてリアリティ番組、ラスベガスでのショー、マーチャンダイジングなど活動を多角化させていった。

グループはアルバム『PCD』で世界的な成功を収めた。アルバムはアメリカのBillboard 200で初登場でトップ5に入り、『ドンチャッ!』『ボタン』『スティックウィッチュー』などのヒットシングルも生み、グラミー賞にもノミネートした。2008年に2枚目のアルバム『ドール・ドミネーション』を発表し、アルバムからのシングル『ホエン・アイ・グロウ・アップ』『アイ・ヘイト・ディス・パート』『ワッチャ・シンク・アバウト・ザット』『ジャイ・ホー』『ハッシュ・ハッシュ』が大ヒットした。

出世すると共に名声を得たグループであるが、その明らかな性的なイメージと露骨なお決まりのダンス[1]は非難の的となっている。リードシンガーであるニコール・シャージンガーがほぼ全ての曲でリードを務め、他のメンバーはバックボーカルを担当する[2][3]

目次

[編集] メンバー

[編集] 現在のメンバー

  • メロディ・ソーントン(Melody Thornton、1984年9月28日 - )
    • アリゾナ出身。
    • 2003年加入。サブボーカル・コーラスを務めている。2007年ソロデビュー。高い声が特徴。
  • キンバリー・ワイアット(Kimberly Wyatt、1982年2月4日 - )
    • 2001年加入。コーラス担当。キレのあるダンスが特徴。
    • 高校卒業後、ラスベガスへ。クルーズショウやカジノショウを経験。   
  • アシュレイ・ロバーツ(Ashley Roberts、1981年9月14日 - )
    • 2001年加入。コーラス担当。ブロンドの髪が特徴。

[編集] 過去のメンバー

  • カーミット・バシャー(Carmit Bacher、1974年9月4日 - )
    • 2001年加入、2008年3月14日グループ引退を表明。サブボーカル・コーラスを担当、ダンサー兼振り付け師。
  • アジア・ニトラーノ(Asia Nitollano、1988年2月14日 - )
  • ステーシー・フラッド(Staci Flood1973年10月10日 - )
  • ロビン・アンチン(Robin Antin1961年7月6日 - )
    • 2003年加入。2005年グループ引退を表明。
  • サイア・バトン(Cyia Botten1975年1月26日 - )
    • 2003年加入。2005年グループ引退を表明。
  • ケーシー・キャンベル(Kasey Campbell)
    • 2003年加入。2005年グループ引退を表明。
  • カーヤ・ジョーンズ(Kaya Jones)
    • 2003年加入。2004年グループ引退を表明。

[編集] 歴史

[編集] バーレスク一座時代:1995年 - 2003年

ロビン・アンティンは1990年代の間に現代のバーレスクについて調査を始めた。そして、グループを友人であったクリスティーナ・アップルゲイトのガレージスタジオで1995年に結成された[4][5]。初期は多数のゲストヴォーカルとパフォーマンスを行い、1950年代と1960年代のポピュラー・ミュージックのレパートリーを歌い、ランジェリーか時代遅れなコスチュームを敢えて身にまとっていた。グループはロサンゼルスのナイトクラブ「Viper Room」の木曜日の夜にパフォーマンスを行い、1995年から2001年まで同クラブでパフォーマンスをした。1995年6月にグループはより広いプレス報道を受けた。雑誌『PLAYBOY』に登場し、セミヌードでポーズをとる少なくとも7人のメンバー(ケーシー・キャンベル、キーヴァ・ドーソン、アントニエッタ・マクリー、エリカ・グディス、リンズレイ・アレン)が掲載された。3年後にグループはロキシーへ移った。

グループは国際的な人気を得るようになって雑誌でフィーチャーされるようになった。グループのメンバー数名が2003年の映画『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』に出演、『The Pink Panther Theme』に合わせて踊っている。また、ピンクの『トラブル』のミュージック・ビデオにも出演している。クリスティーナ・アップルゲイト、クリスティーナ・アギレラカルメン・エレクトラ(グループの多くのショーのリードを務めた)と一緒に2002年に『マキシム誌』でフィーチャーされる[6]

グループの広い人気を得て音楽製作者ジミー・イオヴィーンとロン・フェアをプロデューサーにしてグループはインタースコープ・レコードを契約し音楽グループへと変わった。人事に関するさまざまなプロセスの後、残ったメンバーはカーミット・バシャー、サイア・バトン、ケーシー・キャンベル、アシュレイ・ロバーツ、ジェシカ・スッタ、キンバリー・ワイアットの6人である。リードシンガーのニコール・シャージンガーとソプラノのメロディ・ソーントンはグループが音楽グループへと完全に移行するために2003年後半にキャスティングされた。

カルメン・エレクトラはグループのポピュラー音楽グループへの進化とグループへ参加しなかった事を尋ねられたた際に「私は2年間以上ドールの一部で彼女らとあらゆるショーをやりました。しかし財政的に私は彼女らの新しい音楽プロジェクトの一部になることができませんでした。それは私が作ることのなかった犠牲です。」と答えている[7]。なお、エレクトラはPCDの『ドンチャ!』のミュージック・ビデオに重要な役柄で出演している。エレクトラは2003年後半にBombshell Babiesと呼ばれるバーレスク一座を結成させた。

[編集] ラウンジ:2005年 - 現在

2005年4月にラスベガスのストリップのシーザーズ・パレスのナイトクラブに隣接した「プッシーキャット・ドールズ・ラウンジ」でライブショーが音楽活動と平行して開始された。このショーは1995年にロサンゼルスで始まったバーレスクスタイルのショーを続けているキャストを含む。ロサンゼルス時代の初期のメンバーであるレイチェル・スターリングもショーに参加している。

[編集] レコーディング・グループ

[編集] 2005年 - 2007年:PCD

詳細は「PCD (アルバム)」を参照

2003年、エデンズ・クラッシュの元メンバー、ニコール・シャージンガーがリードボーカルになった。同じ年にソプラノのメロディ・ソーントンも加わった。レコーディングのメンバーはニコール、メロディ、カーミット、キンバリー、アシュリー、ジェシカ、カーヤである。レコーディングが開始される頃には彼女らのステージコスチュームは「PCD」のロゴを入れたり色々な商標をつけられていた。彼女らの歌のレパートリーはポピュラー、R&Bソングと広がり新しくなる一方で、製作者とゲストのラッパー、彼女らの初期のフォーマットで人気のあるものは保持された。2004年の映画『シャーク・テイル』と『Shall We Dance?』のサウンドトラックに現れた。新しく作られたレコーディンググループの最初のシングルは『Shall We Dance?』からの『Sway』であった。

2005年9月13日にデビュー・アルバム『PCD』をリリース、Billboard 200で初登場トップ5入りを果たす。アルバムからの1枚目のシングル『ドンチャ!』はイギリスを含む複数の国のチャートで1位を獲得し、母国アメリカではBillboard Hot 100で2位を記録[8]。同シングルはビルボード・ミュージック賞でホット・ダンス・ミュージック/クラブ・パーティ・シングル・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

アルバムからは6枚のシングルが発表された。バラード曲『スティックウィッチュー』はアメリカで5位を記録[8] 。この曲で第49回グラミー賞のBest Pop Performance by a Duo or Group with Vocalsのノミネートを受けた。3枚目のシングル『ビープ』はウィル・アイ・アムをフィーチャーした作品[9]、4枚目の『ボタン』はイギリス・シングルチャートで3位[9]、5枚目の『アイ・ニード・マン』はオーストラリア[10]アイルランド[10]ニュージーランド[10]、イギリス[10]でトップ10入りをした。6枚目のシングル『ウェイト・ア・ミニット』はティンバランドをフィーチャーした作品で最初2006年8月にアメリカでリリースされ、世界中のチャートでトップ40位入りするヒットとなる[8]

2006年、ロサンゼルスに拠点を置く会社ドッベルギャンガー(インタースコープと共に)がPCD・ミュージック・ラウンジ(インタラクティブウェブサイト)を開始。2006年後半にPCDはリュダクリスコーンと一緒にCingular WirelessのCMのためにフィーチャーされた。2007年にはABCテレビで放映されているNBAの試合のオープニングテーマ曲に『ライト・ナウ』が起用された(起用されるにあたって、一部歌詞が変更された)[11]

2008年3月8日にオフィシャルサイトでカーミットの脱退が発表された[12][13]

[編集] 2008年 - 2009年:ドール・ドミネーション

カルバーシティのスマッシュボックス・スタジオで2008年3月13日に行われたロサンゼルス・ファッションウィークでパフォーマンスをするPCD

詳細は「ドール・ドミネーション」を参照

アルバムはBillboard 200で初登場4位、最初の週で7.9万枚を売り上げた。ピークは5位で9.9万枚を売ったものの、アレックス・ビトルスが雑誌『ACPM』でアルバムの全体的な出来に大いに失望したと述べた。次の週でアルバムは17位に落ち3週目で30位まで落ちた。ほぼ1年間チャートにランクインし続けたデビュー・アルバムに対して本作はわずか7週でランキングから外れた。しかし、2009年1月10日の週で100位になり、久々のトップ100入りを果たす。

アルバムがアメリカやヨーロッパで認知を得始めたので2009年1月18日にスコットランドアバディーンから「ワールド・ドミネーション・ツアー」を開始した。それから2ヵ月後にブリトニー・スピアーズのツアー「サーカス」に参加した。5月5日にガーリシャスがPCDの代わりにカナダで最後の「サーカス」ショーを開いた。そして、『ハッシュ・ハッシュ』のビデオを撮り終えた後に2009年5月16日からヨーロッパ、オーストラリアでのツアーを継続した。

[編集] シングル・リリース

短期間の休止(この間、ニコールがソロシングルとPCDのリアリティ番組に出演)のあと新しいシングルの為に音楽シーンに戻り、2008年5月27日に『ホエン・アイ・グロウ・アップ』をリリースする。5月20日放送の『ジミー・キメル・ライブ』でパフォーマンスをして曲をテレビ番組で初公開[14][15]、6月1日のMTVムービー・アワードでも公開された[16]。曲はBillboard Hot 100で9位、ホット・ダンス・クラブ・パーティチャート上で1位になった。また、ヨーロッパのシングルチャートで6位、イギリスで2位になった。この曲のビデオは2008年のMTV Video Music Awardsでベスト・ダンシング・ビデオ賞を受賞した。

アルバムはアーバン・ポップをテーマにした『ワッチャ・シンク・アバウト・ザット』、世界中のチャートでトップ20位入りした『アイ・ヘイト・ディス・パート』、1位を記録したクラブソング『ボトル・ポップ』、世界中で1位になった『ジャイ・ホー』を含む5作のヒットシングルと国際的なヒットシングル『ハッシュ・ハッシュ』を生んだ。

[編集] ドール・ドミネーション 再リリース

[編集] ツアー

詳細は「PCDワールド・ツアー」、「ワールド・ドミネーション・ツアー」をそれぞれ参照

ツアーでイギリス、ヨーロッパ、フィリピンマレーシアを回りシンガポールSingfestにも参加した。2009年8月8日にクアラルンプールでのコンサートの後、コンサートプロモーターがPCDのマレーシアでのコンサートはマレーシアでの常識を無視していると発表した。『マレー・メール』はマレーシア・クアラルンプール市当局が「PCDが舞台上で振舞った方法は著しい下品さに達したと思っている」と発言したと伝えた。グループは罰金1万リンギ(1,358米ドル)の行政処分を受けた[17]

[編集] ノミネートと受賞

詳細は「プッシーキャット・ドールズのノミネートと受賞の一覧」を参照

[編集] ディスコグラフィー

詳細は「プッシーキャット・ドールズのディスコグラフィ」を参照

[編集] アルバム

  • PCD(2005年11月2日)
  • ドール・ドミネーション(2008年10月15日)

[編集] ツアー

  • 2006年 - 2007年:PCDワールド・ツアー
  • 2009年:ワールド・ドミネーション・ツアー

[編集] オープニング・アクト

[編集] 脚注

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  1. ^ Raunchy Pussycat Dolls Fined in Malaysia. 2006-10-08. Retrieved 2009-01-18.
  2. ^ "Doll Domination". Entertainment Weekly. Retrieved September 17, 2008.
  3. ^ Review: Pussycat Dolls' new CD is the dull 'Domination', Detroit Free Press. September 23, 2008. Retrieved September 23, 2008.
  4. ^ "Pussycat Dolls Biography". Starpulse.com. 2009-09-03 閲覧。
  5. ^ "Neon: Beyond Burlesque". reviewjournal.com (2005-04-08). 2009-09-03 閲覧。
  6. ^ Published 12/25/07 by. "The Pussycat Dolls Maxim Photo Shoot Video at The Insider". Dotspotter.com. 2009-09-03 閲覧。
  7. ^ "''Contactmusic.com'' 12 April 2006". Contactmusic.com. 2009-09-03 閲覧。
  8. ^ Billboard artist chart history[リンク切れ]
  9. ^ "http". //everyhit.com (2000-03-16). 2009-09-03 閲覧。
  10. ^ ""I Don't Need a Man" chart positions". Acharts.us. 2009-09-03 閲覧。
  11. ^ http://media.espn.com/ESPNToday/2006/Dec_06/PCDolls_ABC.htm Media.espn.com
  12. ^ "Dear Fans". Pcdmusic.com. 2009-09-03 閲覧。
  13. ^ "MySpaceTV Videos: Pussycat Dolls -Interview From Kuwait by maria". Vids.myspace.com (2008-06-17). 2009-09-03 閲覧。
  14. ^ "Jimmy Kimmel Live! - Upcoming Guests - ABC.com". Abc.go.com. 2009-09-03 閲覧。
  15. ^ "Pussycat Dolls | News | Pussycat Dolls on the Jimmy Kimmel Show!". Pcdmusic.com. 2009-09-03 閲覧。
  16. ^ Adler, Shawn (2008-05-27). "2008 Movie Awards Story | Coldplay, Pussycat Dolls Set To Perform At MTV Movie Awards - Show Story | Headlines | MTV". MTV<!. 2009-09-03 閲覧。
  17. ^ ttp://www.nme.com/news/nme/23884 nme.com

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月23日 (月) 00:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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