ベルント・シュナイダー (レーサー)
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| ベルント・シュナイダー | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 同・サンクト-インクベルト |
| 生年月日 | 1964年7月20日(45歳) |
| F1での経歴 | |
| 所属チーム | '88-'89 ザクスピード '90 アロウズ |
| 活動時期 | 1988 - 1990 |
| 出走回数 | 9 |
| 優勝回数 | 0 |
| 通算獲得ポイント | 0 |
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 0 |
| 初戦 | 1988年ブラジルGP |
| 初勝利 | - |
| 最終勝利 | - |
| 最終戦 | 1990年スペインGP |
| タイトル | 0 |
ベルント・シュナイダー(Bernd Schneider、1964年7月20日 - )は、ドイツの元レーシングドライバー。主にドイツツーリングカー選手権(DTM)で活躍していた。
[編集] 経歴
1976年にカートデビュー。1984年にドイツ国内のフォーミュラ・フォード選手権に参戦して本格的に4輪レースの世界に参戦を開始する。1986年にドイツF3にステップアップし、翌1987年にはドイツF3のシリーズチャンピオンを獲得した。
1988年にはザクスピードよりF1デビューを果たす。しかしザクスピードのマシンは戦闘力が大きく不足しており、シュナイダーは10回の予選落ちを喫した。1989年も同チームからの参戦を継続したが、新規参入のヤマハ製エンジンを搭載するマシンで苦戦し、14回の予備予選不通過を記録し、決勝に進出した2レースもともにリタイヤした。このときのチームメイト、鈴木亜久里は全レースで予備予選不通過となった。
1990年にはアロウズから2戦に出走し、同年のスペイングランプリを最後にF1から離れた。
シュナイダーは1992年よりDTM(第1期)に参戦を開始。この時からメルセデス・ベンツとの関係が生まれ、以後一貫してメルセデスのワークスドライバーとして活躍。1995年にはDTM及び、同年から始まったITCのシリーズチャンピオンを獲得した。しかしDTM、ITCが1996年限りで消滅してしまった(DTMは1995年終了)ため、1997年から1999年にかけてはFIA-GT選手権やル・マン24時間レースなどへ参戦した。
2000年にDTM(第2期)が復活すると再びDTMに参戦し、2000年・2001年・2003年にシリーズチャンピオンを獲得。2004年と2005年はチャンピオンの座から遠ざかっていたが、2006年、第1戦のホッケンハイムでDTM通算40勝を獲得。第2戦も勝利し、そのまま逃げ切り3年振りのシリーズチャンピオンを獲得した。
過去5回のシリーズチャンピオン経験などから「DTMの顔」とも言える存在であり、CSのDTM中継の実況陣には「ミスターDTM」と呼ばれるほどであったが、2008年10月に現役引退を発表。引退後はメルセデス・ベンツ及びAMGの大使・インストラクターとして広報活動に協力するほか、DTMマシンのテストドライバーも引き続き務める予定。
[編集] 外部リンク
- 公式サイト(ドイツ語)
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最終更新 2009年10月21日 (水) 08:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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