アウディ・R8 (レーシングカー)

アウディ・R8 (レーシングカー)の最新ニュースをまとめて検索!

アウディ・R8

アウディ・R8とは、ル・マン24時間耐久レースへの参戦を目的に開発された、耐久レース専用のレーシングカーである。

目次

[編集] 概要

1998年アウディはル・マンに参戦するべくR8の開発を始める。

1999年にオープンプロトのアウディ・R8R(LMPクラス)と、クローズドプロトのアウディ・R8C(LMGTPクラス)がアメリカン・ルマン・シリーズとル・マンに投入された。この2つはエンジン等は共通であるが、モノコックは全く異なる。R8R及び後のR8はBMW・V12 LMRにおけるウィリアムズ/シュニッツァーのように、ヨースト レーシングが開発協力・チーム運営を行った。R8Cは後にVWグループ内のベントレー・EXPスピード8として進化することになる。

2000年からはオープンプロトのR8Rを熟成させ、R8(LMP-900クラス)として各レースに参戦した。

2006年、V12ディーゼルエンジンを搭載したR10が、R8の後継として開発された。

[編集] 機構・スタイル

エンジンは、3.6リッターの水冷V型8気筒エンジンにツインターボ過給を施したオーソドックスなレイアウトであり、エンジン重量は180kgほどである。リストリクターによる吸気制限を受けるために出力は608-625馬力と言われており、他車に比較して圧倒的なパフォーマンスを誇るものではない。

アウディ・R8は基本的にオーソドックスなメカニズムを持ち、速くはあるものの傑出して(完成度が非常に高いため、トップクラスの速さではあるが)抜きん出ている訳ではない。R8が独自のオリジナリティを持っていたのは、リアに搭載されるパワートレイン、及びサスペンションモジュール構造となっていることだった。

初期型R8には、ギアボックスに不安があると言われていた。24時間の長丁場の間に高確率でトラブルに遭遇する可能性があるとして編み出されたのが、壊れた部品(R8の場合、エンジントランスミッション、リアサスペンションが該当)を「修理」するのではなく、丸ごと「交換」するという概念だった。これは、リアセクションのパーツを全て一体モジュール構造で設計することにより、万が一に深刻、そして複数のトラブルが同時に襲ったとしても、予備のモジュールを準備して交換してしまえば、リタイアする危険のある致命的な部品の半分近くが新品になることを意味している。既成概念を打ち破るこの発想は、ラリーの世界で培われた経験をもとにしたものだった。

特にル・マンの場合、滑らかな路面のサーキットではなく、荒く段差のついた舗装が敷かれている、一般公道を閉鎖した特設サーキットで開催されることがあり、サスペンションを中心にしてマシン全体にかなりの負荷がかかり、蓄積したストレスが原因でトラブルを起こす可能性が非常に高い。そのため耐久レースの場合、レースタイムよりピットでの修理時間が明暗を分ける。

R8はこの修理時間(R8に限っては交換時間)が常識外れに短く、モジュール交換作業だけなら4〜5分で終えてしまう。他のマシンでギアボックストラブルが起こると、程度にもよるが最低でも20分間ほどはピットに釘付けになってしまうので、これは戦略的に決定的なアドバンテージともいえた(ただし途中からレギュレーション上「ギアボックスそのものを交換することは違反」となり、この手段は使えなくなる)。

R8は、入念に行われた事前のテスト参戦をしていたこともあり、大きなトラブルを起こすことはほとんどなく、クラッシュが原因でピットに戻ったとしても、前述の構造を利して迅速にレースに復帰することのできる「リタイアしにくい」特性を存分に生かし、初参戦の2000年のル・マンで1-2-3フィニッシュ、翌年2001年に1-2(3位にはR8用エンジンを搭載したベントレー・EXPスピード8)フィニッシュ、2002年に1-2-3フィニッシュ、アウディが手を引きプライベーターの手に委ねられた2003年はトラブルの影響もあり、VWグループの実質的なワークスとなった新設計のベントレー・EXPスピード8の後塵を拝して3-4フィニッシュに留まったものの、2004年には再び1-2-3フィニッシュを達成している。なお、2004年郷和道が監督を務めるチーム郷が総合優勝を果たしており、日本チームとしては1991年マツダ・787B以来13年ぶり、2度目の総合優勝となった。

[編集] ル・マン24時間レースでの戦績

[編集] 1999年

  • 3位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト (R8R)--F・ビエッラ/D・テイス/E・ピロ
  • 4位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト (R8R)--M・アルボレート/R・カペッロ/L・アイエロ
  • リタイア アウディ・UK (R8C)--J・ウェーバー/A・ウォーレス/P・マッカーシー
  • リタイア アウディ・UK (R8C)----S・ヨハンソン/S・オルテリ/C・アプト

[編集] 2000年

  • 1位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--F・ビエッラ/T・クリステンセン/E・ピロ
  • 2位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--L・アイエロ/A・マクニッシュ/S・オルテリ
  • 3位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--M・アルボレート/C・アプト/R・カペッロ

[編集] 2001年

  • 1位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--F・ビエッラ/T・クリステンセン/E・ピロ
  • 2位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--L・アイエロ/R・カペッロ/C・ペスカトーリ
  • リタイア チャンピオン・レーシング--J・ハーバート/R・ケレネルス/D・テイス
  • リタイア ヨハンソン・モータースポーツ--S・ヨハンソン/T・コロネル/P・ルマニエ

[編集] 2002年

  • 1位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--F・ビエッラ/T・クリステンセン/E・ピロ
  • 2位 アウディ・スポーツ・ノース・アメリカ--J・ハーバート/R・カペッロ/C・ペスカトーリ
  • 3位 アウディ・スポーツ・チーム・ヨースト--M・クルム/P・ペーター/M・ヴェルナー
  • 7位 アウディ・スポーツ・ジャパン・チーム・ゴウ--荒聖治/Y・ダルマス/加藤寛規

[編集] 2003年

  • 3位 チャンピオン・レーシング--E・ピッロ/JJ・レート/S・ヨハンソン
  • 4位 アウディ・スポーツ・ジャパン・チーム・ゴウ--荒聖治/J・マグネッセン/M・ヴェルナー
  • リタイア アウディ・スポーツ・UK--M・サロ/F・ビエラ/P・マッカーシー

[編集] 2004年

  • 1位 アウディ・スポーツ・ジャパン・チーム・ゴウ--荒聖治/R・カベッロ/T・クリステンセン
  • 2位 アウディ・スポーツ・UK・チーム・ヴェロックス--J・ディヴィース/J・ハーバート/G・スミス
  • 3位 チャンピオン・レーシング--JJ・レート/M・ヴェルナー/E・ピロ
  • 5位 アウディ・スポーツ・UK・チーム・ヴェロックス--F・ピエラ/P・カッファー/A・マクニッシュ

[編集] 2005年

  • 1位 チャンピオン・レーシング--JJ・レート/M・ヴェルナー/T・クリステンセン
  • 3位 チャンピオン・レーシング--F・ピエラ/E・ピロ/A・マクニッシュ
  • 4位 アウディ・プレイステーション・チーム・オレカ--F・モンタニー/J・M・グーノン/S・オルテリ

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月7日 (土) 14:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【アウディ・R8 (レーシングカー)】変更履歴

ご利用上の注意