ベン・ジョンソン (陸上選手)
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| ベン・ジョンソン | ||||||||||||||||
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| 選手情報 | ||||||||||||||||
| フルネーム: | ベンジャミン・シンクレア・ジョンソン | |||||||||||||||
| 国籍: | ||||||||||||||||
| 種目: | 短距離走 | |||||||||||||||
| 生年月日: | 1961年12月30日(47歳) | |||||||||||||||
| 生誕地: | ジャマイカトレローニー | |||||||||||||||
| 身長: | 178cm | |||||||||||||||
| 体重: | 77kg | |||||||||||||||
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獲得メダル
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ベンジャミン・シンクレア・"ベン"・ジョンソン(Benjamin Sinclair "Ben" Johnson, 1961年12月30日 - )はジャマイカ出身でカナダ国籍の陸上競技短距離走選手。ジャマイカ北西部トレローニー教区ファルマス出身。
目次 |
[編集] 経歴
少年時代にカナダに移民し、陸上競技のトレーニングを始める。1984年、ロサンゼルスオリンピックに出場し、カール・ルイス(アメリカ)が優勝した100mと、4×100mリレーで銅メダルを獲得した。これらのメダルは後述のドーピングが発覚した後も取り消されていないため、今日でもオリンピックメダリストである。この頃のジョンソンは目立つ選手ではなかったが、翌年から次第に成績を上げ始める。
1987年の世界選手権男子100mでルイスを破って9秒83の世界新記録(当時)を樹立し[1]、ルイスのライバルとして広く認知されるようになった。この記録は当時、高地で作られた世界記録を平地で破った点でも注目された[2]。終始イーブンペースで走るルイスに対し、ジョンソンは低い姿勢で序盤から最高速を出す「ロケットスタート」を得意としていた。日本でもTVCMに出演するほどの人気になった。
1988年ソウルオリンピックの100m決勝で9秒79の世界新記録(当時)を樹立して優勝。しかし、競技後の検査でドーピングの陽性反応が出て、世界記録と金メダルを剥奪され、IOCの第2種ブラックリストに登録された[3]。日本でもTVCMが打ち切られ、100m決勝の際にNHKの羽佐間正雄アナウンサーが発した「ベン・ジョンソン、筋肉のかたまり」という声とともに、繰り返し「ドーピングで世界記録を樹立したシーン」が放映された。
剥奪されたジョンソンの記録は、2002年にティム・モンゴメリ(アメリカ)が9秒78を出すまで幻の記録と呼ばれていた[4]。ギネスブックは「薬物の助けを得たにせよ、人類が到達した最速記録」として、但し書き付きで彼の記録を掲載していた。
その後、陸上競技大会への復帰が認められ、1992年のバルセロナオリンピックの100mに出場したが、準決勝敗退した。ところが、その後出場した競技会で再びドーピングで陽性反応が出たため、公式の陸上競技大会からは事実上永久追放され、IOCの第1種ブラックリストに登録された。
[編集] 引退後
日本では、ジョンソンの山あり谷ありの人生が新たな魅力となり、テレビ番組などにゲスト出演している。1996年には本人役で映画「アトランタ・ブギ」に出演した。また、「トリビアの泉」では、走ることで様々な面白実験に協力している。
- ジョンソンが協力したテーマ(このテーマで100mを走ったときの記録が「種から生まれたトリビア」とされた)
- 動く歩道を全力疾走
- 追い風15mで全力疾走
- 催眠術にかかり全力疾走
ちなみにこのコーナーによると、ベン・ジョンソンの収録当時の100mの記録は10秒80前後である。
2000年7月12日、イタリア旅行中に財布を盗んだ少女を全速力で追いかけたものの、取り逃がしてしまったことがあった(これはトリビアの泉にも取り上げられた)。
現在の仕事はスポーツインストラクター。余談だが、1930年代にアメリカ国籍の同姓同名の短距離の陸上選手がおり、当時の100mの世界最高記録を出しながら、追い風参考記録を理由に後に取り消しになったことがある。
[編集] 主な実績
| 年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1983 | 世界陸上競技選手権大会 | ヘルシンキ(フィンランド) | 100m | 6位(sf) | 10秒44 |
| 1983 | 世界陸上競技選手権大会 | ヘルシンキ(フィンランド) | 4×100mリレー | -(qf) | DQ |
| 1984 | オリンピック | ロサンゼルス(アメリカ合衆国) | 100m | 3位 | 10秒22 |
| 1984 | オリンピック | ロサンゼルス(アメリカ合衆国) | 4×100mリレー | 3位 | 38秒70 |
| 1987 | 世界陸上競技選手権大会 | ローマ(イタリア) | 100m | - | DQ |
| 1987 | 世界陸上競技選手権大会 | ローマ(イタリア) | 4×100mリレー | 4位 | 38秒47 |
| 1988 | オリンピック | ソウル(韓国) | 100m | - | DQ |
| 1992 | オリンピック | バルセロナ(スペイン) | 100m | 8位(sf) | 10秒70 |
| 1992 | オリンピック | バルセロナ(スペイン) | 4×100mリレー | -(sf) | DNF |
[編集] 外部リンク
- 公式サイト
- Johnson Ben (国際陸上競技連盟プロフィール)(英語)
[編集] 脚注
最終更新 2009年11月2日 (月) 15:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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