ベーカー街221B
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ベーカー街221B(221B Baker Street)はアーサー・コナン・ドイルの著わしたシャーロック・ホームズシリーズにおいて、主人公のシャーロック・ホームズが住んでいたアパートメントがある住所。独身時代のジョン・H・ワトスンが共同生活をしていた場所でもある。
Bはフランス語のBis(第2の)に由来し、建物の増改築などによって同じ番地に2軒の住宅が建つことになった場合などに使われた記号(日本の地番の「x番y」に相当する)。ホームズたちの下宿は2階にあったが、1階のハドスン夫人の自宅が221Aだったというわけではない。
[編集] 概要
ベーカー街(Baker Street)は、ロンドンのウエスト・エンドを南北に走る街路であり、ハイド・パークの東北隅から北に向かってリージェンツ・パークの西南端に至る。
現在ロンドン有数の観光地となっているが、シャーロック・ホームズが活躍していた時代にはベーカー街には221Bは存在せず、85番までしかなかった。1930年にアッパー・ベーカー街がベーカー街と合併して221Bが生まれた。
現在シャーロックホームズ博物館が自身の家屋を『本来221番地Bがあるべきところ』であると主張しているが、博物館の所在地は239番地であり、217番地から231番地を占めるアビー・ナショナル住宅金融組合(Abbey National Building Society)の建物であるアビー・ハウス(Abbey House)が221bを内包していることになる。
2階の下宿へ昇るための階段は17段だった(「ボヘミアの醜聞」)、向かいに空き家があった(「空き家の冒険」)など、作中の記述から本来の位置をつきとめようとする試みも、シャーロキアンによって続けられている。また、作者が考えていたホームズの下宿のモデルはリージェント・ストリートにあったともいわれている。
現在でもベーカー街221B宛のファンレターや調査の依頼の手紙が絶えないとされる。
[編集] 221Bを訪ねた人々
221Bのホームズの下宿兼探偵事務所には、ボヘミア国王や英国首相も含めて多くの依頼人が訪れている。初期にはホームズに対抗心を抱いていたレストレード警部も、「六つのナポレオン」の頃には、しばしば221Bを訪れては談笑するくらいに打ち解けていた。女性の依頼人も多くいたが、その中にはのちにワトスン夫人となるメアリー・モースタン(『四つの署名』)もいる。
221Bにホームズを訪ねながら後に殺された依頼人は、「オレンジの種五つ」のジョン・オープンショウと、「踊る人形」のヒルトン・キュービットのふたり。前者の事件でホームズは大いに自尊心を傷つけられ、後者の事件ではワトスンもかつて見た事がないほどの落胆を見せた。
兄のマイクロフト・ホームズが221Bを訪ねたのは作中2度だけで、「ブルースパーティントン設計書」で、マイクロフトが来ると聞いたホームズはこれでは惑星も軌道を外れかねないと驚いている。ただし、マイクロフトは弟の依頼に応じて「最後の事件」から「空き家の冒険」までの間、ホームズの部屋をそのままにするようハドソン夫人に頼んでいるはずなので、他にも訊ねた事がある可能性もある。
依頼人だけでなく、ホームズに敵対する側の人々もたびたび221Bにやってきた。その中でも最も恐るべき人物はもちろんジェームズ・モリアーティ教授で、「最後の事件」で両者が対決するくだりはシリーズ屈指の名場面になっている。そのほか、ホームズの眼前で火掻き棒をねじまげて威嚇したジェームズ・ロイロット博士(「まだらの紐」)や、ホームズも臍をかんで見送るしかなかった唯一の人物、恐喝王ミルヴァートン(「犯人は二人」)らが特筆される。
厳密には221Bに足を踏み入れたわけではないが、セバスチャン・モラン大佐(「空き家の冒険」)はホームズの部屋に銃弾を撃ちこんだ二人しかいない人物のひとりである。なお、もう一人は他ならぬホームズ自身(「マスグレーヴ家の儀式」)。
もうひとり、やはりホームズの部屋を訪れたわけではないが特筆される人物は、221Bの下宿前で「おやすみなさい、シャーロック・ホームズさん」の言葉を残して去った「あの女性」ことアイリーン・アドラー(「ボヘミアの醜聞」)である。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月3日 (木) 18:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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