ペルピニャン
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フランス > ラングドック=ルシヨン地域圏 > ピレネー=オリアンタル県 > ペルピニャン
| Perpignan | |
|---|---|
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| 国 | |
| 地域圏(Région) | ラングドック=ルシヨン地域圏 |
| 県(département) | ピレネー=オリアンタル県 (県庁所在地) |
| 郡(arrondissement) | ペルピニャン郡 (郡庁所在地) |
| 小郡(canton) | 9 |
| INSEEコード | 66136 |
| 郵便番号 | 66000 |
| 市長(任期) | ジャン=ポール・アルデュイ (2008年-2014年) |
| 座標 | 北緯42度41分55秒 東経2度53分44秒 / 北緯42.698611度 東経2.895556度 |
| 標高 | 平均:? m 最低:8 m 最高:95 m |
| 面積 | 68,07km² (6 807ha) |
| 人口 | 116 700人 (2004年) |
| 人口密度 | 1 715人/km² |
ペルピニャン(フランス語:Perpignan、カタルーニャ語:Perpinyà パルピニャー)はフランス南部、ラングドック=ルシヨン地域圏、ピレネー=オリアンタル県の県庁所在地。周辺のコミューンを含め人口約28万人の都市圏を形成している。フランス領カタルーニャ(北カタルーニャ)の中心都市。
目次 |
[編集] 地理
市内をテート川(Têt)が流れる。川は、市内に水を供給する数カ所の潅漑運河を流れる。
ペルピニャンは、ルシヨン平野の中央に位置する。南はピレネー山脈、西はコルビエール地方、東は地中海、北は小さなラバネール川である。
[編集] 気候
地中海性気候で、冬は温暖である(氷点下の寒さは年4日ほど)。夏は暑くて乾燥する。北西風トラモンターヌ(en:Tramontane)がしばしば吹き(数年前から日に4時間ほど)、夏には新鮮な空気をもたらす。ペルピニャンの年間平均気温は15.9℃である。夏期の最高気温は30℃を上回る。ペルピニャンのあるルシヨン平野は、フランス有数の暑い地域である。
[編集] 歴史
ローマ時代から人が定住していた。中世のペルピニャンの建設が始まったのは10世紀初め、927年に初めて地名ヴィラ・ペルピニナルム(villa Perpiniarum )として名が現れた。ルサリョー(フランス語ではルシヨン)伯領の本拠地としてである。1172年、ルサリョー伯ジラルドに嗣子がなくルサリョー伯家が断絶するとバルセロナ伯領に吸収され、アラゴン王国の一部となった。1197年、ペルピニャンは半自治的なコミューンとして法令を獲得した。アラゴン王ハイメ1世がマヨルカ王国を建国した1276年から1344年まで、本土にあるペルピニャンが王国の首都として黄金時代を迎えた。王国はバレアレス諸島、ルサリョー、サルダーニャを領有する他、モンペリエ領主でもあった。布地製造、革製品製造、金細工やその他手の込んだ工芸品の中心地として栄えた。アラゴンに対する十字軍遠征が不成功に終わった1285年、フランス王フィリップ3世は、ペルピニャンで病死した。
1344年、アラゴン王ペドロ4世がマヨルカ王国を併合すると、ペルピニャンは再びバルセロナ伯領となった。数年の後、ペルピニャンは黒死病の流行で人口のおよそ半分を失った。1463年、ルイ11世に攻撃され占領された。1473年、フランス支配に対する暴動は長い包囲戦の後無慈悲に弾圧された。しかし1493年、イタリア侵攻を自由に行うためにシャルル8世はカスティーリャ王国を懐柔しようと、ペルピニャンをフェルナンド2世(カスティーリャ王家であるトラスタマラ家と同族)へ割譲した。
1642年9月、三十年戦争の最中にフランス軍が再び包囲しペルピニャンを占領した。1659年、ピレネー条約によってペルピニャンを含むルサリョーはフランス領となった。
[編集] 史跡・行事
- サン=ジャン=バティスト大聖堂 - 1324年から1509年にかけて建設された
- マヨルカ王国の王城 - 13世紀に建てられた。城壁はルイ11世とシャルル5世によって強化され、17世紀にはルイ14世に仕えた軍人ヴォーバンによって改善が加えられた。市街を取り囲んでいた城壁は、1904年に市域の拡大によって破壊され、現在は一部が残る。
- セメーヌ・サント(Semaine Sainte) - カトリック教会の聖週間のこと。Sanchと呼ばれる礼拝行進が行われる。
- 中世市(Le marché médiéval) - 毎年9月開催。
[編集] 料理
ペルピニャンの伝統料理は、明らかにカタルーニャ料理である。オリーブ油をかけて食す野菜と魚介のグリル、エスカリヴァーダ(Escalivada)、ポトフに似た伝統的な煮込み料理オラーダ(Ollada)、パエーリャの一種リズ・ア・ラ・カタラン(Riz à la Catalane)、コリウールで水揚げされたアンチョビ、ヌガーなどがある。
[編集] 産業
観光以外では、ワインやオリーブ・オイル、コルクの生産が主である。他に羊毛製品、皮革製品が知られる。
[編集] 交通
- 鉄道 - ナルボンヌ=ポルトボウ線が通る。2009年にはペルピニャン=フィゲラス線が開通する予定。市の後背地では、ピレネー山中のモン=ルイへ向かうセルダーニュ線が通っている。リヨン駅とリール=ヨーロッパ駅を通過するTGV Duplexを利用すれば、パリから直行で行ける。TERは、毎日ナルボンヌ、カルカソンヌ、トゥールーズ、モンペリエ、マルセイユとの間を往復している。
- 空港 - ペルピニャン=リヴサルト空港
- 道路 - オトルートA9がナルボンヌからバルセロナへと通る。
- 貸し自転車 - 2008年2月より、ペルピニャン市の勧めにより、150台の自転車を集めた15箇所の貸し自転車ステーションが設けられた。
[編集] 環境対策
2009年4月に、周辺の23自治体と共に、2015年までに太陽光と風力発電で地域内の民生部門電力を全て自給する計画を発表した。フランス国内最長の日照時間と、ピレネー山脈に沿って流れる風を利用し、約7万平方メートルのソーラーパネル、3箇所の太陽光発電所、40基の風力発電機、公共施設の屋根を全面太陽光パネル化、廃熱利用施設を1カ所整備することで、年間消費電力である毎時437ギガワットに対応した毎時440ギガワットの電力生産を目指す。[1] [2]
[編集] 友好都市・姉妹都市
ハノーファー、ドイツ
ランカスター、イギリス
レイクチャールズ、ルイジアナ州、アメリカ合衆国
サラソタ、フロリダ州、アメリカ合衆国
ティルス、レバノン
ジローナ、スペイン
バルセロナ、スペイン
フィゲラス、スペイン
Ma'alot-Tarshiha、イスラエル
タヴィラ、ポルトガル
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- City council website フランス語・カタラン語
最終更新 2009年10月4日 (日) 14:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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