ペンスキー・レーシング

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ペンスキー・レーシングPenske Racing)は、アメリカノースカロライナ州ムーアズヒルに本拠を置くレーシングチーム。2009年は、インディカー・シリーズNASCARに加え、前年までのアメリカン・ル・マン・シリーズに代わってグランド・アメリカン・ロードレーシングに参戦している。また、1970年代にはF1にも参戦していた。

CART(現・CCWS)やIRLで幾度となくチャンピオンを獲得するなど、アメリカのモータースポーツの中では「名門」と言えるチームである。

目次

[編集] 概要

[編集] ドライバー

※データはいずれも2009年3月現在

[編集] 主なスポンサー

※データは2009年現在。

[編集] 歴代の所属ドライバー

[編集] F1

ペンスキー
参戦年度 1974 - 1977
出走回数 41
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
優勝回数 1
通算獲得ポイント 23
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 1974年カナダGP
初勝利 1976年オーストリアGP
最終勝利 1976年オーストリアGP
最終戦 1977年カナダGP
  
1975年に使用されたPC1

[編集] 概要

1974年の終盤カナダGPからF1に参戦。1975年からフル参戦開始した。1975年の一時期、マーチ製シャーシを使用もしたがそれ以外は自製シャーシで参戦。エンジンはフォードコスワースDFVを使用して、当時の典型的なF1マシンであったが、デザインは他のチームと異なり、曲線などをマシンの随所に使用していた。ほぼ同時期にティレルのスポンサーとしても活動していたファースト・ナショナル・シティ銀行をスポンサーとした。

1976年のオーストリアグランプリでは、チーム唯一となる勝利をジョン・ワトソンが挙げた。1977年にドイツのホイールメーカーであるATSがチームを買収したことから、エントリー名がATS・レーシング・チームに変更されたが、コンストラクター名はペンスキーのままであった。マシンは前年度のPC4を継続使用した。1978年からはコンストラクター名もATSとなり、さらにマーチも買収して、完全にATSとして参戦した。

[編集] 変遷表

エントリー名 車体型番 タイヤ エンジン 燃料・オイル ドライバー ランキング 優勝数
1974年 ペンスキー・レーシング PC1 G フォードDFV スノコ マーク・ダナヒュー 20位 0
1975年 ペンスキー・レーシング PC1,マーチ751 G フォードDFV スノコ マーク・ダナヒュー
ジョン・ワトソン
12位 0
1976年 シティバンク・チーム・ペンスキー
* F&S Properties(PC3)
PC3,PC4 G フォードDFV バルボリン・スノコ ジョン・ワトソン
ボイ・ハイエ
5位 1
1977年 ATS・レーシング・チーム
* Interscope Racing(PC4)
PC4 G フォードDFV バルボリン・スノコ ジャン=ピエール・ジャリエ
ハンス・ハイヤー
ハンス・ビンダー
ダニー・オンガイス
10位 0

*枝がついているチームに車体を供給(括弧内に供給した車体の型番を記載)
*斜体になっているドライバーはスポット参戦など

[編集] 脚注

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  1. ^ 脱税事件の裁判のため第2戦からの参戦
  2. ^ オーナー、ロジャー・ペンスキーがフィリップモリスの役員でもあったことから、1990年以来、マールボロブランドでチームのメイン・スポンサー(冠スポンサー)となっているが、2006年以降、世界的なタバコ広告の自粛を受け車体へのロゴの露出は控えられ、2007年以降、インディカー・シリーズでのエントリー名からMarlboroの文字が外れ"Team Penske"となったが、現在もマシンのカラーリングは赤と白のMarlboroカラーのままである。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月11日 (日) 14:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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