ホイットニー・ヒューストン

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ホイットニー・ヒューストン
基本情報
出生名 ホイットニー・エリザベス・ヒューストン
出生 1963年8月9日(46歳)
アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアーク
出身地 ニュージャージー州イースト・オレンジ
ジャンル R&Bポップ、ダンス・ポップ、ゴスペル
職業 ピアノ
担当楽器 歌手ソングライター女優音楽プロデューサー映画プロデューサーファッションモデル
活動期間 1997年 - 現在
レーベル アリスタ
公式サイト www.whitneyhouston.com
  

ホイットニー・エリザベス・ヒューストンWhitney Elizabeth Houston1963年8月9日 - )はアメリカ合衆国女性歌手女優、元ファッションモデルである。

著名なソウルシンガーを親戚に持つ。11歳の時にジュニア・ゴスペル・クワイアに入り、ニュージャージー教会で歌い始めた。ニューヨーク市地域のナイトクラブで母親とパフォーマンスをしていたところをアリスタ・レコードの社長クライヴ・デイヴィスによって発見された。

1985年、デビュー・アルバム『ホイットニー・ヒューストン』を発表。アルバムは女性歌手のデビュー・アルバムのベストセラーになる大ヒットとなった。1987年に発表した2枚目のスタジオ・アルバム『ホイットニー』は、Billboard 200チャートに初登場1位を記録する(女性歌手では初)。1992年に初主演映画『ボディガード』が公開される。映画のサウンドトラックは1994年のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞するなど高い評価を受けた。アルバムからのシングル『オールウェイズ・ラヴ・ユー』は自身最大のヒットとなった。

ホイットニーは世界で最も売れている歌手の1人である。累計セールスはアルバムは1億4000万枚以上、シングルは5000万枚以上で[1][2]、アメリカ合衆国のRIAAより「アメリカ合衆国で(女性アーティスト史上)4番目に売れている歌手」と評価されている[3]。また、音楽雑誌『ローリング・ストーン』によりその声を「強力で鋭いポップ・ゴスペル」といわれ、オール・タイムの素晴らしい歌手100人の内の1人であると評価された[4][5][6][7]

目次

[編集] バイオグラフィ

[編集] 出生・幼少期

ホイットニー・ヒューストンはニュージャージー州ニューアークで父ジョン・ヒューストンと歌手の母シシー・ヒューストンの3番目の子供として生まれた[8]。母シシーは60年代に活躍したスイート・インスピレーションズのリード・ボーカルで、後にはエルヴィス・プレスリーアレサ・フランクリンのツアーにバック・コーラスとしても参加している。シシーがツアーに出ている間、父親ジョン・ヒューストンが育児を担当した。従妹にはディオンヌ・ワーウィック、ディ・ディ・ワーウィック、ジュディ・クレイなどゴスペル、R&B、ポップ、ソウルなど多くのジャンルでヒットを持つ歌手がいる。アレサ・フランクリンはホイットニーの名付け親であり代母である。

1967年にニューアーク暴動が起こるとイースト・オレンジに引っ越した[8]。幼い頃にニュージャージーのニュー・ホープ・パブティスト協会の聖歌隊に加わり、ゴスペルを学ぶ。11才の時には聖歌隊のソリストとして活躍。教会での最初の単独パフォーマンスは『Guide Me, O Thou Great Jehovah』という曲であった。これより少し前にピアノも習い始めた[9]

ホイットニーが10代の時に両親が離婚、母シシーが養育権を得た。ホイットニーはローマカトリック教会の男女共学でない高校に通った。そこで、親友となるロビン・クロフォードと出会う。高校に通う間も母シシーがホイットニーに歌を教えた。

[編集] デビュー・絶頂期

10代の頃にモデルとして活動したり、チャカ・カーンらのバックボーカルを務めるなどして頭角を現した。1983年に敏腕プロデューサーのクライヴ・デイヴィスの目にとまり、アリスタ・レコードと契約した。翌年にはテディ・ペンダーグラスとのデュエット曲がヒットした。

1985年にデビューアルバム『Whitney Houston』をリリースし、いきなり爆発的人気を獲得した。2作目のシングル『Saving All My Love For You』から7曲連続で全米シングルチャート1位の記録を打ち立てた。

1991年の第25回スーパーボウル国歌を披露。これは後に語り継がれる名演となり、シングルとしても発売された。この歌唱は10年後にアメリカ同時多発テロ事件のチャリティとして再リリースされ、ヒットしている。

1992年、ケビン・コスナーと共演した初主演映画『ボディガード』が公開され、成功を収めた。彼女の新曲6曲を収録したサウンドトラックは全世界で3000万枚を売り上げ、日本でも当時洋楽史上最高の280万枚[10]を売り上げる驚異的なヒットとなった。カントリー歌手、ドリー・パートンのヒット曲をカバーした主題歌、「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は全米シングルチャートで14週連続No.1を記録する自身最大のヒット曲になった。

同年R&B歌手、ボビー・ブラウンと結婚。翌年には一人娘ボビー・クリスティナ・ヒューストン・ブラウン(Bobbi Kristina Houston Brown)を出産した。

その後も主演映画『ため息つかせて』(1995年)、『天使の贈り物』(1996年)が公開される。『ボディガード』には遠く及ばないものの成功を収め、サウンドトラックもヒットした。

1998年、オリジナルアルバムとしては実に7年ぶりとなる『My Love Is Your Love』をリリース。翌年にはVH1 Divas Live 99に出演して高評価を得るなど、再び歌手活動を本格化させた。

[編集] 低迷・復活

2000年にベストアルバムを発売したが、時期を同じくしてハワイの空港で大麻所持で拘束された。激しく体重の落ちた姿が度々見られるなど健康を害し、その後テレビ番組で大麻やコカイン等の常用、セックス中毒であったことを告白している。夫が暴行などで度々逮捕され、離婚説が幾度も報じられるなどのトラブルもあり、週刊誌やテレビ等で私生活を取上げられる事が多かった。

2001年、映画『プリティ・プリンセス』の音楽製作に携わる。

2004年から翌年にかけてリハビリ生活を続けた。2006年9月13日、ボビー・ブラウンとの結婚生活に終止符を打つべく離婚申請書を裁判所に提出し、同年10月に離婚が成立した。

2008年6月には年末にクライヴ・デイヴィスのプロデュースの元、ニュー・アルバムをリリースすると発表した[11]。しかし、この発売は延期され、翌2009年6月になって同年9月1日にリリースすることが報じられた[12]。実際には8月31日(米国)にアルバム『アイ・ルック・トゥ・ユー』が発売され、1週目で30万枚以上を売り上げBillboard 200の初登場1位を獲得、復活を果たした。2010年2月の東京公演を皮切りに11年ぶりのワールドツアーも決定している。

[編集] アルバム

アルバムの下に代表的なヒットシングルを記述。

  • Whitney Houston(1985年)
    • You Give Good Love(邦題:そよ風の贈りもの)
    • Saving All My Love For You(邦題:すべてをあなたに)
    • How Will I Know(邦題:恋は手さぐり)
    • All At Once
    • Greatest Love Of All
  • Whitney(1987年)
    • I Wanna Dance With Somebody(邦題:すてきなSomebody)
    • So Emotional
    • Didn't We Almost Have It All(邦題:恋のアドバイス)
    • Where Do Broken Hearts Go
  • I'm Your Baby Tonight(1990年)
    • I'm Your Baby Tonight
    • All The Man I Need
  • The Bodyguard(映画『ボディガード』サウンドトラック、1992年)オリコンでは1位~20位のうちで6位以外にランクされるという珍記録を達成
    • I Will Always Love You
    • I'm Every Woman(チャカ・カーンのカバー)
    • I Have Nothing
  • Waiting To Exhale(映画『ため息つかせて』サウンドトラック、1995年)
    • Exhale (Shoop Shoop)
  • The Preacher's Wife(映画『天使の贈り物』サウンドトラック、1996年)
    • I Believe In You And Me
    • Step By Step
  • My Love Is Your Love(1998年)
  • The Greatest Hits(ベストアルバム、2000年)
  • Love, Whitney(ベストアルバム、2001年)
  • Just Whitney(2002年)
    • Whatchulookinat
  • One Wish: The Holiday Album(2003年)
  • I Look To You(2009年)
    • Million Dollar Bill(邦題:100万ドルの恋)
    • I Didn't Know My Own Strength(邦題:夢をとりもどすまで) 日本映画『笑う警官』主題歌

[編集] 出演映画

  • ボディガード(1992年)
  • ため息つかせて(1995年)
  • 天使の贈り物(1995年)
  • シンデレラ(1997年,TV)

[編集] プロデュース

[編集] 日本公演

[編集] 脚注

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  1. ^ Gross, Ric (2001-08-13), “Talent traffic”, Amusement Business 113 (32): 8, ISSN 00032344 
  2. ^ [Does Britney Rank In The History Of Celebrity Flameouts?], Gil Kaufman, (2007), http://www.mtv.com/news/articles/1553423/20070227/spears_britney.jhtml 2009-04-28 閲覧。 
  3. ^ "Top Selling Artists". RIAA. 2008-06-09 閲覧。
  4. ^ “[100 Greatest Singers of All Time]”, Rolling Stone, http://www.rollingstone.com/news/coverstory/24161972/page/34 2009-04-14 閲覧。 
  5. ^ "Transformers: Whitney Houston". AOL Black Voices (2007). 2008-01-15 閲覧。
  6. ^ "Christina performs on the 2001 BET Awards in a special tribute to Whitney Houston". Billboard Magazine (June 19, 2007). 2008-01-15 閲覧。
  7. ^ Holden, Stephen (February 16 1985). [Whitney Houston”]. The New York Times. http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9F00E6DE1539F935A25751C0A963948260 2009-01-13 閲覧。 
  8. ^ “Whitney Houston”. Driven (VH1). (November 13 2002). 
  9. ^ [& Bobby - Addicted to Love”]. Vibe Magazine. (September 2005). http://www.classicwhitney.com/interview/vibe_sep2005.htm 2007-03-17 閲覧。 
  10. ^ マライアが日本洋楽史上最高売り上げ、ZAKZAK、1998年12月17日。(インターネット・アーカイブのキャッシュ)
  11. ^ "Celebrating Black Music Month: Chart Topping Diva’s - Whitney Houston". singersroom.com (2008-06-16). 2008-06-18 閲覧。
  12. ^ "ホイットニー・ヒューストン、カンバック作のリリースが決定". BARKS (2009-06-09). 2009-06-29 閲覧。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月28日 (水) 02:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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