ホシノインパル

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株式会社ホシノインパル
Hoshino Impul Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 東京都世田谷区桜丘5-32-3
設立 1980年6月
事業内容 自動車用機能部品の開発及び販売 他
代表者 代表取締役社長 星野一義
外部リンク http://www.impul.co.jp/
  

株式会社ホシノインパル(英文名称:Hoshino Impul Co., Ltd.)は、東京都世田谷区に本社を置く、元レーシングドライバー星野一義が代表を務める日本の企業。社名の由来は英単語の「インパルス(impulse)」から。

目次

[編集] 概要

1980年6月にモトクロス時代の星野のチームメイトで、義弟(金子が星野の妹と結婚)でもある金子豊と星野の2人で設立。設立のきっかけは、星野がレースで必要とするようなパーツの開発・製造を行うと同時に、それらを一般に広く販売することで星野がレース活動を行うのに必要な資金を得ることであった。

主に日産車向けのエアロパーツやチューニングパーツの開発・販売を行っているほか、チューニング済みのコンプリートカー(完成車)の販売も行っており、日産車ファンはもとより自動車ファンからも広く好評を得ており、星野と共に「IMPUL」ブランドの知名度向上にも貢献している。

また、星野が総監督を務めるレーシングチームで関連会社である有限会社ホシノレーシングの運営母体でもある(詳細は下記「ホシノレーシング」の節を参照)。

[編集] ホシノインパル製品

  • アルミホイール
  • サスペンション(オーリンズと共同開発)
  • エアロパーツ
  • ブレーキ(ブレーキパッド、ローター等)
  • シフトノブ
  • エンブレム
  • その他カスタマイズパーツ
  • 完成車

野球MLBシアトル・マリナーズイチロー外野手は、星野ファン・日産ファンであり、過去に、イチロー自身の愛車であるシーマやマーチのチューニングをIMPULにオーダーしたことがあり、現在在住しているアメリカにおいてもIMPULマーチを愛用している。

[編集] ホシノレーシング

有限会社ホシノレーシング
種類 有限会社
本社所在地 東京都世田谷区桜丘5-32-3
設立 1983年4月
事業内容 モータースポーツ競技会への参戦 他
代表者 代表取締役 金子豊
  

[編集] 概要

1983年に星野がそれまで所属していたヒーローズレーシングから独立し、ホシノインパルの関連会社として有限会社ホシノレーシングを設立。その後ホシノインパルはもちろんのことカルソニック、モバイルキャストなど多くのスポンサーを得て、全日本耐久選手権全日本ツーリングカー選手権全日本GT選手権SUPER GTや、全日本F2選手権全日本F3000選手権フォーミュラ・ニッポンと続く国内トップフォーミュラ等に参戦をしている。現在、日本のレーシングチームの中で人気の高いチームのひとつである。SUPER GTにおいては前身の全日本GT選手権時代を含めて唯一全レースに出場し続けているチームでもある。

2008年シーズン、フォーミュラ・ニッポンは新たにコンビニエンスストア大手のローソンをメインスポンサーに迎え、「LAWSON TEAM IMPUL」として参戦。ドライバーは1号車に2007年チャンピオン松田次生、2号車に2006年チャンピオンのブノワ・トレルイエを起用した。また、もう1チームから昨年欧州GP2シリーズに参戦し、2位表彰台も獲得した平手晃平が20号車で「TP Checker TEAM IMPUL」として参戦した。松田次生が他を寄せ付けない圧倒的な強さで見事2連覇を達成、平手晃平も1勝を挙げルーキーオブザイヤーを獲得した。また、LAWSON TEAM IMPULがチームチャンピオンを獲得し、TEAM IMPULはチームチャンピオンを6連覇している。 同じく2008年、SUPER GTには「カルソニックIMPUL GT-R」で昨年までの日産・フェアレディZから日産のフラッグシップ、 日産・GT-Rにマシンチェンジして参戦、ドライバーは共に2007年シーズンから一新し、松田次生/セバスチャン・フィリップ。第6戦鈴鹿1000kmと最終戦富士を制し、シリーズ4位でシーズンを終えた。

2009年シーズン、フォーミュラ・ニッポンは昨シーズンと同じ体制でLAWSON TEAM IMPULから1号車松田次生、2号車ブノワ・トレルイエ、そしてahead TEAM IMPULの20号車から平手晃平が参戦する。松田はFニッポン3連覇を、トレルイエは06年以来のタイトル奪還を、平手は初のタイトルを、そしてTEAM IMPULとしてはチームタイトル7連覇を目指す。 SUPER GTは松田次生/セバスチャン・フィリップを引き続き起用し「IMPULカルソニックGT-R」で参戦する。95年以来のチャンピオンを目指す。

[編集] 全日本F2選手権

  • 1983年
    No.2 LARK MILD 832/マーチ832・BMW 星野一義
  • 1984年
    No.1 LARK 842/マーチ842・BMW 星野一義
  • 1985年
    No.2 LARK 85J/マーチ85J・ホンダ 星野一義
  • 1986年
    No.2 BYZERO 86J HONDA/マーチ86J・ホンダ 星野一義

[編集] 全日本F3000選手権

  • 1987年
    No.1 マーチ87B/ホンダローラT87/50/ホンダ 星野一義
  • 1988年
    No.1 ローラT88/50/無限 星野一義
  • 1989年
    No.1 ローラT89/50/無限 星野一義
  • 1990年
    No.19 ローラT90/50/無限 星野一義
  • 1991年
    No.1 ローラT91/50/無限 星野一義
  • 1992年
    No.19 ローラT92/50/無限 星野一義
  • 1993年
    No.19 ローラT92/50/フォード 星野一義
  • 1994年
    No.1 ローラT93/50/無限 星野一義
  • 1995年
    No.19 ローラT95/50/無限 星野一義
    No.15 ローラT94/50/無限 鈴木利男

[編集] 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン

かもめサービス RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #1 鈴木利男
カルソニック RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 星野一義
TEAM IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
MAZIORA TEAM IMPUL (ローラT98/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
BE BRIDES IMPUL (ローラB99/51→レイナード99L・無限MF308) #19 影山正美/#20 野田英樹
TEAM IMPUL (レイナード99L・無限MF308) #19 本山哲
excite TEAM IMPUL (レイナード01L/99L・無限MF308) #19 本山哲/#20 ナレイン・カーティケヤン
XBOX TEAM IMPUL (レイナード01L・無限MF308) #1 本山哲/#2 ミハエル・クルム(第1・2戦)
TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 本山哲/#20 ブノワ・トレルイエ
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
arting RACING TEAM with IMPUL (ローラB351・無限MF308) #23 本山哲
arting RACING TEAM with IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 本山哲/#2 星野一樹
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 松田次生
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 ブノワ・トレルイエ/#2 松田次生
Arabian Oasis TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 本山哲/#20 ミハエル・クルム
LAWSON TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
TP Checker TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #20 平手晃平
LAWSON TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
ahead TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #20 平手晃平


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[編集] 富士GC

  • 1983年
    No.1MCSⅣ(マーチ822)/BMW 星野一義
  • 1984年
    No.19MCSV(マーチ832)/BMW 星野一義
  • 1985年
    No.1MCSⅥ(マーチ842)/BMW 星野一義
  • 1986年
    No.1MCS7(マーチ85J)/BMW 星野一義
  • 1987年
    No.1MCS7改(マーチ86B)/フォード 星野一義
  • 1988年
    No.1MCS8(マーチ88GC)/無限MCS8(ローラT88/50)/無限 星野一義
  • 1989年
    No.19セルモ89Ge(ローラT89/50)/無限 星野一義

[編集] 全日本F3選手権

  • 1985年
    No.22 ラルトRT30/日産 佐野和志
  • 1988年
    No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
  • 1989年
    No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
  • 1990年
    No.30 ラルトRT33/無限 近藤真彦
  • 1991年
    No.19 ラルトRT35/無限 金石勝智
  • 1992年
    No.19 ラルトRT35/無限 高村一明

[編集] 全日本耐久選手権・全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)

  • 1983年
    No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
  • 1984年
    No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
  • 1985年
    No.28 マーチ83G/日産マーチ85G/日産 星野一義/松本恵二/萩原光
  • 1986年
    No.23 マーチ86G/日産 星野一義/萩原光/中子修
  • 1987年
    No.23 マーチ87G/日産マーチ86G/日産 星野一義/高橋健二

[編集] 全日本ツーリングカー選手権(JTC)

  • 1987年
    No.6 R30スカイラインRSターボ 北野元影山正彦
  • 1988年
    No.12 R31スカイラインGTS-R 和田孝夫/北野元
  • 1989年
    No.12 R31スカイラインGTS-R 星野一義/北野元
  • 1990年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
  • 1991年
    No.1 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
  • 1992年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
  • 1993年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

[編集] 全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

  • 1994年
    No.12 P10プリメーラ 星野一義
  • 1995年
    No.12 P10プリメーラ 星野一義
  • 1996年
    No.12 P11プリメーラ 星野一義
  • 1997年
    No.12 P11プリメーラ 星野一義

[編集] 全日本GT選手権(JGTC)

  • 1994年
    No.12 R32スカイラインGT-R 影山正彦
  • 1995年
    No.1 R33スカイラインGT-R 影山正彦
  • 1996年
    No.1 R33スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
    No.12 S14シルビア 本山哲/水野文則
  • 1997年
    No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
  • 1998年
    No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/黒澤琢弥
  • 1999年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/影山正美
  • 2000年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
  • 2001年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
  • 2002年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/田中哲也/ブノワ・トレルイエ
  • 2003年
    No.12 R34スカイラインGT-R ブノワ・トレルイエ/井出有治
  • 2004年
    No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治

[編集] SUPER GT

[編集] 主なメインスポンサー

  • フィリップモリス(LARK)
    1983~85年 F2&GC
  • 日本ラジヱータ→カルソニック(現:カルソニックカンセイ
    1982年~  SS、耐久、JTC(88年~)、JTCC、JGTC、SGT、フォーミュラ・ニッポン(96年)
  • 大沢商会(BYZERO)
    1986年  F2&GC
  • LEYTON HOUSE
    1987年  F3000、GC、JTC
  • 日本たばこ産業(CABIN)
    1988~92年 F3000&GC
  • 日本石油(現:新日本石油
    1993~95年 F3000
  • 日本ペイントMAZIORA
    1998年 フォーミュラ・ニッポン
  • エキサイト
    2001年 フォーミュラ・ニッポン
  • マイクロソフトXBOX
    2002年 フォーミュラ・ニッポン
  • モバイルキャスト
    2004年~2007年 フォーミュラ・ニッポン
  • アーティング
    2005年~2006年 フォーミュラ・ニッポン
  • アラビアンオアシス
    2007年 フォーミュラ・ニッポン
  • ローソン
    2008年~ フォーミュラ・ニッポン
  • TP Checker
    2008年 フォーミュラ・ニッポン
  • ahead
    2009年 フォーミュラ・ニッポン

[編集] カルソニックスカイライン

青のスカイラインとして星野一義/ホシノレーシングを、そして日本のレース界を象徴する存在と言える。初登場は1988年の全日本ツーリングカー選手権の日産・スカイラインGTS-R(R31型)。当時は星野はドライブしてなかった。翌89年から星野自身もドライブ。1990年には前年に発売されたスカイラインGT-R(R32型)を投入し、星野一義/鈴木利男組でシリーズチャンピオンに輝く。

1993年に全日本GT選手権が発足すると、R32スカイラインで影山正彦をドライバーとし、1995年シーズンまで3年連続チャンピオン(1993年シーズンはニスモからのエントリー。95年からR33スカイラインに)に輝く。レギュレーションの変更により、95年途中からはそれまで監督だった星野一義もドライブするようになった。

星野と組んだドライバーは1989年が北野元、1990、91年が鈴木利男、1992年、93年(グループA)、1995,96年(GT)は影山正彦、1997、2000、2001年は本山哲、1998年は黒澤琢弥、1999年は影山正美がドライブしている。2002年には田中哲也と組んでいたが、シーズン途中に星野が引退表明し、田中哲也/ブノワ・トレルイエのコンビとなった。

翌2003年はトレルイエに井出有治を加え、シーズン2勝をあげる。2レース制が導入された富士と最終戦鈴鹿で勝ち、前年に販売終了となった関係で、この年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの有終の美を飾った。

全日本GT選手権参戦時のカーナンバーは、1993年に2番をつけてチャンピオンを獲ったため、1994年から2年間は1番をつけていたが、1996年にタイトルを逃すと、グループA時代からつけていた12番をつけている。

[編集] カルソニックインパルZ

NISMOは、2003年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの後継車種として、全日本GT選手権(SUPER GT)・GT500クラスのベースマシンをZ33型フェアレディZに変更した。その中のマシンの一台である。

2004年は井出有治、ブノワ・トレルイエのコンビで参戦し、前半は不運で泣くが、最終戦で優勝を飾る。2005年もこのコンビで参戦。2006年は井出有治がF1に進出。ブノワ・トレルイエのチームメイトに星野一義の息子である星野一樹がGT300からステップアップした。2006年はこの年からシリーズ戦に組み込まれた「Pokka鈴鹿1000km」でポールtoウィンを飾っている。2007年もブノワ・トレルイエ/星野一樹のコンビで参戦。2006年、2007年の鈴鹿1000kmレースでは第3ドライバーとしてジェレミー・デュフォアを登録した。

[編集] カルソニックIMPUL GT-R

2007年限りで参戦を終了したフェアレディZの後継車両として、また、日本のレース界を象徴する存在であるカルソニックスカイラインの再来として、R35型GT-Rが2008年開幕戦より参戦している。 鈴鹿の開幕戦でスタート直後に第2コーナーで接触されスピンしリヤを大破させてしまうもなんとかコース復帰し松田はファステストラップを叩き出しポテンシャルの高さを見せ付けた。 続く第2戦の岡山ではセミウエットとウエットの間のような難しいコンディションの中2位でゴールし鈴鹿の因縁を晴らすことに成功した。 第6戦鈴鹿1000kmと最終戦富士を制し、シリーズ4位で2008年シーズンを終えた。

2008年戦績
Round 1  鈴鹿サーキット    リタイア
Round 2  岡山国際サーキット  2位
Round 3  富士スピードウェイ   9位
Round 4  セパンサーキット    14位
Round 5  スポーツランドSUGO 12位
Round 6  鈴鹿サーキット     優勝
Round 7  ツインリンクもてぎ   11位
Round 8  オートポリス      10位
Round 9  富士スピードウェイ  優勝

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月27日 (日) 03:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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