ホテルイタリア軒

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ホテルイタリア軒
情報
設計者 梓設計
施工 大成建設 本間組
建築主 株式会社イタリア軒
構造形式 RC造 S造
敷地面積 1,936m²
建築面積 1,565m²
延床面積 13,477m²
階数 地下2階 地上12階 塔屋2階
竣工 1976年4月
開館開所 1976年5月
■(Template:建築物全般)
株式会社イタリア軒
ITALIAKEN, Inc.
種類 株式会社
本社所在地 〒951-8061
新潟県新潟市中央区西堀通7番町1574番地
電話番号 025-224-5111
設立 1920年10月
業種 サービス業
事業内容 ホテル・食堂の運営 他
代表者 代表取締役社長 金親顯男
資本金 1億5,400万円
従業員数 94名
主要株主 新潟放送99.9%
関係する人物 宮川清(元代表取締役会長)
外部リンク http://www.italiaken.com/index.asp
  

ホテルイタリア軒(ほてるいたりあけん)は、新潟県新潟市中央区西堀通7番町にある新潟放送関連のホテルである。経営は株式会社イタリア軒がおこなっている。1874年明治7年)に来日したイタリア人・ピエトロ・ミリオーレにより創業された日本最古のイタリア料理店であり、また同時に日本に現存する最古の西洋料理店[1]が前身の、老舗ホテルである。

目次

[編集] 創業の沿革

ピエトロ・ミリオーレ(新潟では「ミオラ」または「ミヨラ」とも呼ばれた)は、1874年(明治7年)に来日したフランス人スリエによる曲馬団一行の賄い方(コック)であったが、新潟での興行中に病気で倒れ、一行から取り残された。これを憐れんだ当時の県令楠本正隆は、ミリオーレに資金を援助して牛肉小売店を開かせた。これは楠本正隆による文明開化政策の一環でもあった。

その後ミリオーレの牛肉店は繁盛し、移転を重ねるとともに西洋料理、牛乳配達業を兼ねて発展していくが、1880年(明治13年)の新潟大火により消失してしまった。そこでミリオーレは西堀通の現在地に二階建ての瀟洒な洋館を建設し、翌年にはイタリヤ軒(のちイタリア軒と改称)と名づけて本格的西洋料理店を新装開店させた。この洋館の西洋料理店は人びとの人気を集め、「新潟の鹿鳴館」と称されるほどであった。

ミリオーレは晩年帰国の思いを強め、1906年(明治39年)にはイタリア軒を新設の会社組織に売却して一時イタリアに帰国するが、翌年再び来日して新潟に住んだ。しかし1912年(明治45年)には再度帰国の途につき、1920年大正9年)11月にイタリアのトリノでこの世を去った。

イタリア軒はその後ホテルに変わり、現在はニューオータニグループに属する。

[編集] ホテルの特徴

  • 客室数 - 102
  • 宴会場等 - 大宴会場「サンマルコ」のほか、中宴会場7、和室宴会場2、神前結婚式場1
  • レストラン等 - 和洋中華各レストラン、ラウンジバー、カフェあわせて計5

上記の他、新潟競馬場内にもレストランがある。[2]

[編集] 脚注

  1. ^ 新潟県内のスーパーマーケットを中心に、イタリア軒の歴史にちなんだオリジナルカレーが販売されている。
  2. ^ 新潟競馬場の改装前はアイビススタンドの最上階に競馬場グリルの名で出店。2001年のリニューアル後は新設されたNiLS21スタンドにホテル名を出して営業している。

[編集] 関連リンク

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月28日 (土) 17:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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