ホルスト・ゼーホーファー
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ホルスト・ローレンツ・ゼーホーファー(Horst Lorenz Seehofer, 1949年7月4日-)は、ドイツの政治家。所属政党はキリスト教社会同盟(CSU)。2008年10月よりバイエルン州首相。その他1992年から1998年までヘルムート・コール内閣で保健相を、2005年から2008年までアンゲラ・メルケル内閣で農業・消費者保護相を務めた。
[編集] 経歴
トラック運転手の息子としてバイエルン州インゴルシュタットに生まれる。1965年に中等教育修了試験に合格後、地方公務員の養成教育を受け、1970年に上級官吏試験に合格。1980年までインゴルシュタットやアイヒシュテットで州職員として勤務。その後ミュンヘンの行政・経済学院で学び、1979年に行政官教育を修了した。二度結婚し、後妻との間に三児をもうけた他、婚外子が一人ある。
在学中の1969年にドイツキリスト教民主同盟(CDU)・CSUの青年団組織であるJunge Unionに加入。1971年、CSU入党。1980年にドイツ連邦議会議員に初当選し、以後現在まで議席を維持。1983年から党の社会政策スポークスマンを務める。1989年、労働・社会政務次官に就任。1992年、ヘルムート・コール内閣に保健相として入閣。1993年にはHIV問題での情報公開の少なさを批判された。保健相として医療費高騰の問題に取り組み、医療費削減や医療費高騰を抑える数々の法案を成立させた。1994年、CSU副党首に選出される。
1998年の総選挙でコール内閣が退陣すると、連邦議会CDU/CSU議員団のヨーロッパ政策・農業・環境政策担当副団長に就任。2002年には職務のために治療が遅れた心筋炎で重体となり入院した。CSU系の被雇用者協会の会長を務め「敬虔なカトリックの社会主義者」とも呼ばれるゼーホーファーは、CDU/CSUでもっとも社会政策通として知られているが、2004年11月に自党の医療保険制度政策を厳しく批判して党内から「社会民主主義的だ」との批判を受け、議員団副団長を辞任した。2005年の総選挙で大連立によるアンゲラ・メルケル内閣が成立すると、食糧・農業・消費者保護担当相として再入閣した。早くも就任数日後に食肉偽装スキャンダルが発生し、対策を迫られた。
2007年1月にCSUのエドムント・シュトイバーCSU党首・バイエルン州首相が勇退を発表すると、ゼーホーファーは後任に名乗りを上げた。折しもゼーホーファーは「ビルト」紙などにより隠し子騒動が報じられて知名度が高く、バイエルン州有権者の世論調査では最有力候補だったが、ギュンター・ベックシュタインに州首相の座を約束して協力を取り付けたエルヴィン・フーバーに、党大会での投票で敗れた。フーバー新党首の指名により副党首に留任。
2008年9月のバイエルン州議会選挙でCSUは単独過半数を割り込む大敗を喫し、フーバー党首とベックシュタイン州首相が共に辞意を表明した。ゼーホーファーは連邦政府の農業・消費者保護相を辞任して、両者の職を引き継いで同年10月にCSU党首・バイエルン州首相に就任した。
[編集] 外部リンク
- ホームページ(ドイツ語)
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最終更新 2009年10月28日 (水) 23:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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