ホンダ・トゥデイ (自動車)
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トゥデイ(Today)は、本田技研工業がかつて生産していた軽自動車である。商用モデルと乗用モデルがあり、商用モデルは軽ボンネットバン、乗用モデルには2ドア/4ドアセミノッチバックと3ドア/5ドアハッチバックがある。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 初代(1985-98年(バン) 1988-93年(セダン) JW1/2/3/4/JA1/2/3型)
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1985年9月10日に軽ボンネットバン(商用車)として販売開始。
丸型ヘッドライトはフロントバンパーにまで食い込み、リアコンビネーションランプはリアバンパーの部分に設置、またフロントワイパーはシングル式とユニークな仕様で、全体がスラント&ショートノーズデザインのスタイルが印象的な車である。「ルノー・トゥインゴ」に影響を与えたといわれているこのデザインは社内デザインによるもので、一部で言われたピニンファリーナによるデザインという説は誤りである。ホイールベースは2,330mmと同社の2代目「CR-X」よりも長く、最小回転半径が大きかったものの、当時の軽自動車を凌駕する車両安定性を確保していた。
エンジンは、2気筒 550cc SOHCのEH型エンジンを搭載。当初から新開発の3気筒もしくは4気筒エンジンを企画していたが、ホンダがしこりを残して去った軽市場に1974年以来の再参入を果たすにあたり、他社からの圧力があり高性能な物を搭載することが出来ず、また、予算も限られていたことから、アクティ用エンジンをチューンして搭載するに至った経緯がある(しかし、これはいくらも経たず既存メーカーの側から反故にされた。原因を作ったのは因縁あるスバルである)。エンジンは水平近くまで前傾され、デファレンシャルギアをその下に配置することによってエンジンルームの全長を抑え、長いホイールベースを実現していた。このレイアウトの発案者は川本信彦(後の本田技研4代目社長)であった。
トランスミッションは4速MTとホンダマチックとよばれたセミオートマチックの設定があった。グレードは「G」/「M」/「F」。1987年9月には「G」をベースにした特別仕様車には5MTも用意された。
1987年2月20日、「G」に女性向け装備の追加や専用色を設定した限定車「ポシェット」を発売。当初は限定車であったが、1990年のマイナーチェンジの際に通常グレードの一つとなった。
1988年2月8日に、マイナーチェンジを行う。エンジンは、3気筒 550cc SOHC 12バルブのE05A型を搭載。電子燃料噴射式(PGM-FI)エンジン搭載車も設定し、NAスポーツ路線を進む。ライトの形は丸目から角目になり、2代目シティの縮小版的なエクステリアデザインになった。ホンダマチックがようやく3速フルATに進化。グレードは「G」/「M」/「F」、スポーツモデルの「Ri」と「Ri-Z」(PGM-FIエンジン、MT車は5速、タコメーター装備)。オプションで電動サンルーフ(アウタースライド)も選択できた。
1988年3月10日、「ライフ」以来の乗用モデル(3ドアハッチバック)が追加される。グレードは「XG」及びPGM-FIエンジン搭載の「XTi」。
1990年2月23日に、軽自動車の規格変更に合わせマイナーチェンジを行う。全長が100mm延ばされ、合わせてデザインも変更される。エンジンは660ccのE07A型が搭載される。さらに、リアサスペンションを新開発の独立懸架としたリアルタイム4WD車を追加。乗用のグレードは「シーズン」とPGM-FIエンジン搭載の「QXi」、商用は「QF」と「シーズンl」。
1993年2月に乗用モデルがフルモデルチェンジして2代目となるのに合わせて、企業向けの商用バン(4ナンバーバン)のみ「トゥデイPRO」として初代のプラットフォームで継続販売された。
その後、商用ユーザーやボンバンユーザー確保及び2代目の販売不振(独立したトランクが使い勝手の悪さに影響)により、1994年9月に初代をベースにして、パワーウインドウ・カラードバンパー/ドアミラー・パワーステアリングなどの快適設備を装備し、ボディカラーを4色に増やしてPROよりもグレードを上げる事で主にセカンドカーとして使う主婦層をターゲットにしたモデル「トゥデイ ハミング」(4ナンバーバン)を発売、これが2代目を上回る人気を獲得し、軽自動車の規格が変更される1998年10月まで継続して販売される。
[編集] 2代目(1993-1998年 JA4/5型)
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先代の乗用モデルは軽ボンネットバンの派生モデルだったが、セカンドカー(特に女性の運転する車)として企画され、乗用専用設計としてフルモデルチェンジされる。初代よりロゴは英小文字を使用したデザインだったが、2代目ではさらに変更されより女性向けのおしゃれな感覚を表現したものとなる。
1993年1月26日に2ドアモデルが発表され、次いで同年5月7日に「トゥデイ アソシエ」(ASSOCIE)と名づけられた4ドアモデルが発表となる。先代のハッチバックとは異なり、独立した荷室となるトランクを採用したセミノッチバック形状となった。これは初代Miniで使われていた手法で、「ほとんどの積み荷が日常の手荷物程度である」ことを理由として、バンとは一線を画す乗用車を主張していた。このトランクは絶対的 なスペースが小さく市場には不評であったが、開口面積が小さいためボディ剛性は後期型(他メーカーのハッチバックモデルに比べても)より強く、スポーツ走行に向いていると思われる。事実、現在行われている軽カーのレースでも前期型ベースが多い。
エンジンは、先代から継承するE07A型 3気筒12バルブエンジンで、全グレードPGM-FI仕様となった。さらに、MTRECと呼ぶツインマップ燃料噴射制御&各気筒独立スロットル機構をもつエンジン(58PS)を搭載したモデル(前期「Xi」、後期「Rs」)もあった。このMTRECは「ビート」に搭載されたもので、デチューンされてはいるが、同機構はF1エンジン等でも使用されているものである。またMTREC車のみ3本スポークステアリング、タコメーターが装備される。
1996年2月16日にマイナーチェンジが行われ、オーソドックスな3/5ドアハッチバック車となる。不評だったトランクがハッチバックに変更されたことで、前期型の2ドアモデルは3ドアに、4ドアモデルは5ドアとなった。
1974年以来の名前を復活し、1997年4月18日に 発表された2代目「ライフ」には、2代目の主要コンポーネントが流用され、型式も同じJA4である。その後、軽自動車規格が変更された1998年に、3代目「ライフ」に統合される形で「トゥデイ」は製造を終了した。同時に、ホンダからは軽セダン及び軽ボンネットバンの車両が無くなったことで、機械式立体駐車場に入庫可能な軽乗用車も消えた。
[編集] モータースポーツ
初代モデルは、軽さ、重心高の低さやデザイン故に軽のレースでは人気があり、またチューニング用パーツにビートや2代目のものが数多く流用出来るので、パーツにも困らない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月21日 (土) 10:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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