ホンダ・ベンリィ

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ベンリィCD50
2003年9月、静岡市駿河区にて撮影
 
 
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排気量クラス 原動機付自転車
 
メーカー 本田技研工業
 
ブランド
 
親会社
 
製造国 日本
 
設計統括
 
デザイナー
 
製造期間 1968年-2007年
 
車体型式 BA-CD50
 
タイプ ビジネス
 
フレーム バックボーン
 
エンジン CD50E型 49cc
 
燃料供給装置 キャブレター (PB3G)
 
最高出力 2.8kW[3.8PS]/7,000rpm
 
最大トルク 4.1N・m[0.42kg・m]/6,000rpm
 
最高速度 65km/h
 
変速機 常時噛合式 4段ロータリー
 
駆動方式 チェーン
 
サスペンション 後: スイングアーム式
 
ブレーキ
前: 機械式リーディングトレーリング式
後: 機械式リーディングトレーリング式
 
全長x全幅x全高 1,805mm x 700mm x 1,020mm
 
最低地上高 130mm
 
シート高 740mm
 
ホイールベース 1,170mm
 
車両重量 76kg
 
乾燥重量 73kg
 
総重量 kg
 
乗車定員 1人
 
燃料タンク容量 5.5L
 
燃費 120km/l
 
本体価格
 
備考 スペック等は2003年式モデルのもの
 
タイヤサイズ 2.25-17 33L(前)
2.50-17 38L(後)
 
最小回転半径 1.9m
 
先代
 
後継
 
姉妹車/OEM
 
同クラスの車 ホンダ・スーパーカブ
ヤマハ・YB50
 

ホンダ・ベンリィBenly)とは、かつて本田技研工業が製造販売していた主に小排気量(150cc以下)クラスのオートバイに付けられていたシリーズ名である。

目次

[編集] 解説

[編集] 発売までの経緯

戦後間もなくの1946年(昭和21年)に、内燃機関等の製造や自動二輪車の研究を行う本田技術研究所として始まり、1951年(昭和26年)発表のドリームE型、1952年(昭和27年)発表のカブF型などによって急成長を遂げたホンダは、それらに続く汎用エンジンスクータータイプのジュノオK型などの研究・開発を行っていた。ベンリイJ型は、このような時期に並行して開発され、1953年(昭和28年)に発売が開始された。

[編集] 初代モデル・ベンリイJ型

初代モデルのベンリイJ型は、空冷4ストロークOHV単気筒89cc・最高出力2.7949kW[3.8PS]/6,000rpm・最大トルク0.4kg・m/4,000rpm・キック始動・前進3段ミッションで、公称の最高速度は65km /hであった。 特徴として、エンジンをフレームではなくスイングアームの前方に固定し、スイングアーム自体にクッション機構を内蔵した、ホンダ独自のシーソー式のリアクッション方式を採用している。これは、エンジンを直接フレームに固定しないことで、振動低減による乗り心地の向上を狙ったユニークなものである。また、ドライブスプロケットとドリブンスプロケットとの距離関係が常に一定になるメリットもあり、チェーンに掛かる負荷も軽減されたと思われる。しかし、この方式に関しては、未舗装の道路が多かった当時の道路事情下では一定の効果があったとされているが、エンジンが常に上下動することで油温が上昇しがちであった。それに加えて、フレームの限られた点でしかスイングアームを固定できないため、フレームに大きな負荷が掛かってしまうという欠点もあり、発売から3年後の1956年に発売されたベンリイJC56型では、シーソー式からスイングアーム式に変更されている。 他の特徴としては、フロントブレーキやクラッチのレバーがハンドルバーのグリップエンドに支点を持つオポジット型が採用されており、タイヤサイズは自転車と同じ24インチのものが使われている。外観上の特徴として、サドルシートの装備、マフラーとチェーンライン、そしてリアブレーキ関係が全て右側に装着されていることなどが挙げられる。

[編集] ベンリイC90型

それまでのベンリイがNSU等の海外製バイクの影響を多分に受けたものであったのに対し、1958年7月に発表されたC90型は神社仏閣と呼ばれる他に見られない純和風のデザインを採用し、脱欧入亜を計った。 125ccクラスの市販車にも関わらず高回転型の並列2気筒OHCを採用したエンジンは当時としては驚異的な11馬力を発揮し、最高速は115kmを誇る。ほぼ同時期に発表されたスーパーカブC100、ドリームC70と並んで性能面やデザインでも世界レベルに比肩する実力を持つ意欲作であった。単気筒OHVが当たり前であった時代に2気筒OHCを搭載したC90の発売は話題になり、当時のオートバイ誌上においては「世界最高がまた増えた」(C100が世界最高の性能の上に、125ccクラスのC90でも、の意)と記した上に、同時掲載の性能テストにおいてもカタログデータ以上の数値※を叩き出し、紙面はほぼ賞賛で埋め尽くされている。

それ程までに革新的であったC90であるが、セルモーターを採用して欲しいという要望が多数あった事から、わずか半年でセル付きのC92にモデルチェンジしてしまう。この異常な速さのモデルチェンジを見ても当時のホンダの凄まじい性能向上の意欲が伺える。(※実用車にも関わらず0~200mテスト、最高速テストが行われた)

この時期のホンダ製品では性能向上の努力ゆえか【設変のホンダと言われる】頻繁な設計変更が有名であるが 発表からたった半年足らずで生産を打ち切ったC90でさえ大きな仕様変更が一度行われている。 生産開始から数ヶ月後と思われるが、エンジンの騒音対策としてクランクケース、クランクシャフトも変更されている。 C90後期エンジンはC92初期の物と共通の部分も多いがC90の前期エンジンについては腰上以外は別物といってよいだろう。

発表して間もなく行われた全日本クラブマンレースでは250ccのドリーム等と混走のレースにおいて2位に入り、高性能と信頼性をアピールした。 参加車両はホンダの手によってドライサンプ化、ブレーキ強化、キャブ口径変更等がなされていた。このRC90ともCR90とも呼ばれるC90改レーサーは翌年5月発売のスーパースポーツ、CB92開発のベース車両と考えられる。 しかしながら現在の所、当時のレース写真以外に情報が無い。 (CB92は勿論の事、翌年度のワークスレーサーRCも同じボアストロークを採用している)

翌年の浅間火山レースでのクラブマンの主力はもはやC90ではなく同年発売のスーパースポーツCB92であった。 「マン島世界GP帰りのワークスレーサー&ワークスライダーがクラブマン北野&市販車CB92に敗れる!」 という劇的な勝利が有名であり、殆ど知られていないがC90も多数出場している。その中には下位のCB92よりも上位でゴールしている車両もあり、資金的にも厳しかったであろう無名のクラブマンの奮闘が伺えて興味深い。

神社仏閣型のドリーム、ベンリイの成功により以後、トーハツやスズキなど各社から直線基調の類似車が発表された。 機構のみならずデザインにも大きな影響を与えたうえ、日本を代表するレースでも活躍し、また発売時から好調なセールスであったにも関わらず現存車両は非常に少ない。

理由として、生産台数に比して残存数が多くなるスポーツ車とは異なり、 酷使される事が殆どだった事や、ビジネスへの需要が4輪に移行しオートバイに趣味嗜好性が増していった時期にあって、 実用車の特性としては高回転型過ぎてトルクが薄く、印象的にタフさに欠ける前時代のビジネスバイクが顧みられる訳も無く、不調になった途端に解体屋行きとなった車両が多かった等が挙げられる。

現代においても同時期の他車等に比べて馬力、信頼性で大きく差があり、 同系のエンジンが長きに渡って製造された点を見てもエンジンの完成度は非常に高いと言えるが 舗装率も低く砂埃が舞い、オイルの品質も低く、粗悪ガソリンも流通していた時代に高回転型2気筒エンジンは 性能を保持するのも難しかった事だろう。

[編集] ベンリイスーパースポーツCB92

1959年5月発表のCB92は15馬力を発揮し、海外においても絶賛を受けたスポーツ車。 世界GP帰りのファクトリーレーサーに対して、市販のCB92に乗るプライベーター北野元選手が見事勝利を収める等、数々の名勝負、伝説を生んだ。市販車といえども発売当初は純然たるレーサーの扱いだったようで、まず最初に有力チーム等から納車されていったと言われている。実用車を改造してレーサーとするのが主流(前述のC90レーサーの様に)であった当時、メーカー純正のレース専用部品も多数用意されていたCB92は当然の様に国内では無敵状態であったが、技術革新が凄まじい時期だった為にレースで活躍した時間は短い。1962年にはよりロードレース向けのレーサーとしてCR93がデビューし、実質的にレーサーとしての役割は終了した事もあり、その後はスポーツ車としての性格を強めていく。1964年には次世代のCB125(CB93)にモデルチェンジしているが、その時には既にレーサーと市販車が完全に別の物として分かれていた。

日本において戦闘力のあるレーサーでかつ日常でも使用可能という、最後のオートバイと言えるかもしれない。 そうした事もあり海外、国内共に人気は非常に高い。 また59年、61年には世界GPにも出場をしている。 59年のマン島で入賞したホンダワークスが18馬力程度であった事を考えると15馬力のCB92も善戦が期待されたが 残念ながら59年はビル・ハントが転倒リタイヤ。61年は22位で完走した。

余談として

成り立ちはレーサーそのもののCB92であるが時代の変化と共に徐々にその性格を スポーツ、ツーリング車へと変えていった。 例として、初期においては信頼性や耐久性よりも軽量化に注力したと思しきディテールが見受けられるが、 それらは早々に対策されていき、コストおよび信頼性、扱いやすさの向上が図られる。

この時期のホンダ車においては、初期は手の込んだ作りこみをし、理想主義的な 製品として世に出すが、その後 市場の声や販売メーカーの声を聞き入れて使い易く、 また違いの分かり難いであろう部分をコストダウンしてゆくという傾向がある。

当然の事ながら高性能を求めた結果生ずるウィークポイントも対策し、 結果、同車種でありながら初期、後期で大きく特性が変わる等、後期の方が乗り易くなっている。 その為か現存する車両の多くが後期型であり、 また初期型においても新車時のままの部品を装備したものは殆ど見受けられない。

[編集] シリーズとしての経緯

最初にベンリイの名前が付けられたベンリイJ型は、手軽に扱えることができ、自転車よりも便利というところにちなんで『ベンリイ』と名付けられた。 当初は、車名であったベンリイの名前は、徐々にモデルチェンジや派生を繰り返すうちに、機種名からシリーズ名へと変化していった。1958年頃には50ccクラスをカブ、50cc~125ccクラスをベンリイ、125cc超の中間排気量車をホンダ、250ccクラス以上をドリーム号と呼ぶラインナップが出来上がっている。この内ホンダという表記はメーカー名と重複し紛らわしい為に早々にベンリイという名称に替わっていった。60年代半ば以降では 主に250ccクラス未満の小排気量の市場車=ベンリイ、50cc実用車両=カブ、250ccクラス以上の大排気量シリーズ=ドリームと名付けられるようになっていく。 この表記にはいくつか例外があり、車体形状がカブタイプであれば例え排気量が100cc超であってもベンリイにはならない。 また逆も然りでベンリイCDシリーズの末弟であるCD50は50cc実用車であっても表記はベンリイである。

ベンリィというシリーズ名の最後の“ィ”の表記は、元々大文字の“イ”であったが、1990年頃を境にして小文字に変更になり、ベンリイからベンリィに表記が変わっている。これは、アルファベットのBenlyに合わせたものだと思われる。また、近頃は、よくベンリーという表記が見られるが、これは間違いである。

現在(2008年10月時点)において、ベンリィの名の付いた車種は全て生産終了となっている。 最近まで発売されていた車種がビジネスタイプのCDシリーズとCDを元に製作された車両であったため、現在とベンリィいうと、ベンリィCD50・Benly50S・ベンリィCL50・ベンリィCD90・Benly90S・ベンリィCD125Tのことを指すのが一般的になっており、ベンリィ=CDシリーズという誤解も多く見られる。

車種は全て生産終了となったが、入れ替わるようにしてホンダのホームページでは『ベンリィちゃんのバイクメンテ』というメンテナンス方法の紹介ページが公開された。この紹介ページに登場する主人公の女の子のキャラクターの名前がベンリィとなっている。もう一人の主人公の男の子はカブという名前である。ベンリィちゃんは元気いっぱいで、少し豪快ともいえる性格の持ち主として描かれている。

[編集] 系譜

[編集] J型系

  • 1953/6 ベンリイJ型 ━ 1954/5 ベンリイJA型 ━ 1955/3 ベンリイJB型 ━ 1955/11 ベンリイJC型

[編集] C系(標準車)

  • 1958/7 ベンリイC90 ━ 1959/2 ベンリイC92
┗ 1958/10 ベンリイC95(通記名で実際はホンダ号C95)

[編集] CB系(ロードスポーツタイプ)

  • 1959/4 ベンリイスーパースポーツCB92
┗ 1969/5 ベンリイCB125 ━ 1972/8 ベンリイCB125T ━ 1979/5 CB125T
  • 1964/2 ベンリイCB160 ━ 1970/2 CB175 / (CL175) ━ 1971/7 ベンリイCB175デラックス
  • 1970/1 ベンリイCB90 ━ 1972/4 ベンリイCB90JX / ベンリイCB90JX-DISK
  • 1970/9 ベンリイCB125S ━ 1972/8 ベンリイCB125JX ━ 1984/4 CBX125F / CBX125カスタム
  • 1970/9 ベンリイCB135
  • 1971/6 ベンリイCB50 ━ 1973/5 ベンリイCB50 / ベンリイCB50JK

[編集] CD系(ビジネスタイプ)

1966 ベンリイCD125 ― 1977/4 ベンリイCD125T

  • 1963/5 ベンリイC200
┗ 1967 ベンリイCD90 / ベンリイCD90M
  • 1967 ベンリイCD175
  • 1968/2,3 ベンリイCD50 / ベンリイCD50M
  • 1968/2,3 ベンリイCD65 / ベンリイCD65M
┗ 1970/1 ベンリイCD70 / ベンリイCD70M
  • 1970/9 ベンリイCD125S
  • 1996/4 ベンリィ50S
  • 1996/4 ベンリィ90S

[編集] CL系(スクランブラータイプ)

  • 1966/6 ベンリィCL125
  • 1966/9 ベンリィCL90
  • 1967/2 ベンリィCL50
  • 1968/3 ベンリィCL65
  • 1970/8 ベンリィCL70
  • 1970/9 ベンリイCL135
  • 1997/4 ベンリィCL50

[編集] CM系(アメリカンタイプ)

  • 1978/1 ベンリイCM125T

[編集] CS系(スポーティツーリングタイプ)

  • 1959/10 ベンリイCS92(C92と型式同一の同諸元車)
  • 1964/2 ベンリイCS125
  • 1964/7 ベンリイCS90 ━ 1966 ベンリイCS90II ━ 1967 ベンリイCS90III / ベンリイCS90Z ━ 1969/10 ベンリイCS90

[編集] SL系(モトスポーツタイプ)

  • 1969/7 ベンリイSL90
  • 1970/6 ベンリイSL175
  • 1970/9 ベンリイSL125S

[編集] SS系(若年層向けスポーツタイプ)

  • 1967/2 ベンリイSS50

[編集] その他

  • 1962/5 CR93ベンリイレーシング

[編集] 不明車種

  • 1964 ベンリイCS65 もしくは スポーツカブCS65

(年代順・市販車のみ) ※車種名に変化のないモデルチェンジやマイナーチェンジについては省略しています。

[編集] 近年販売されていた機種

[編集] ベンリィCD50

ベンリィCD501968年2月に発売された。ベンリィシリーズ内のビジネスモデルに当たるCDシリーズの50ccモデルで、約39年間とベンリィシリーズの中で一番長く販売されていた機種でもある。

フレームは、初期型から現在まで量産性に優れたプレスバックボーンフレームが採用されている。 エンジンは、空冷4ストロークSOHC単気筒49ccのスーパーカブと同種のもので、最終形まで時代に合わせて徐々にモデルチェンジを繰り返しながらではあるが、40年近く基本的な設計はそのままで使われてきたことは特筆すべきことである。 特徴として、アップハンドル・大型のリアキャリア、ドライブチェーン全体を覆うチェーンカバーの装備が挙げられる。ビジネスタイプの位置付けのため、一貫して車体のカラーリングは黒色や茶色のような落ち着いた色の一色設定である。初期モデルではタイヤは前後に幅2.25インチ、リム径17インチのものが採用されていたが、より安定性を求めるために1973年のマイナーチェンジからは後輪のみ幅2.5インチのものが採用されている。さらに、1998年からのモデルには、タフアップチューブが採用されている。これは、パンクの際に一時的に空気の流出を防ぐことができるというものである。 基本的に、同時期に発売されたベンリィCD65・ベンリィCD70・ベンリィCD90などの兄弟車とは、フレームを含む車体の大部分において共通の部品が使用されている。 また、オプションとして大型の風防シールドやレッグシールドなどの実用的な装備が充実しており、最近の車種では、オプションとしてグリップヒーターや盗難抑止のためのアラームキットが取り付けられるようになっている。

このベンリィCD50の派生車種として、以下のBenly50SやベンリィCL50がある。また、類似車種としてヤマハのYB50や、スズキのK50などが挙げられる。

1999年には、ブローバイガス還元装置を採用し、自動車排出ガス規制に適合させている。 しかし、2007年度の自動車排出ガス規制では、現在のキャブレター方式では対応できず、生産終了となった。スーパーカブで、FI(ヒューエルインジェクション)の採用例があるため、規制に対応させることはできたもしれないが、開発費の問題や需要の伸び悩みもあり生産終了となったと思われる。


[編集] ベンリィ50S

ベンリィ50S1996年3月に発売された。ベンリィCD50からの派生車種である。ベンリィ50Sの“S”はスポーツの意味である。アルファベットを使い、Benly50Sと表記されることもある。

1990年代にレトロバイクブームが起こり、往年のオンロードバイクのようなカスタマイズを施すことが流行していた。元々古典的なスタイルであったベンリィCD50とベンリィCD90は、それらのカスタマイズのベース車両としての潜在的な需要があった。そのため、ホンダはこれに応じる形で、ベンリィCD50とベンリィCD90をベースに、ロードスポーツ向けの外観にカスタマイズしたベンリィ50Sとベンリィ90Sを発売した。

ベンリィCD50からの変更点として、まず、キャリアが装備から外されており、その空いたスペースを使ってライディングポジションの自由度が高いセミロングタイプのシートに変更していることが挙げられる。次に、エアクリーナー方式を湿式から、メンテナンスの頻度が少なくて済む乾式へと変更し、フレームの中に収めることで、不要となった大きなサイドカバーを撤去し、バックボーンフレームを強調させるようなシンプルな外観になっていることも大きく外観を変える要因となっている。このエアクリーナーは、狭いフレーム内で吸気に影響が出ないよう、フレームぎりぎりに設計されており、とても一式を取り外すことが難しいことで有名である。デザインを追求したため犠牲にした点だと思われるが、実は埃などのゴミがエアクリーナーに到達しにくく、エアクリーナーエレメントも比較的持ちが良いという面もある。他の細かい変更点として、セミアップタイプのハンドルへの変更や、ハーフタイプのチェーンカバーへの変更、センタースタンドの取り外し等がある。 しかし、エンジンのセッティングなどは、ベンリィCD50と全く同じであるため、外観はオンロードモデルとなっても性能としてはビジネスモデルのままなのである。

カラーリングは、1996年のブラック×ブラック、1998年のマックスシルバーメタリック×、1999年のマックスシルバーメタリック×モンツァレッド、2003年のシャスタホワイト・モンツァレッド、2007年のムーンストーンシルバーメタリック×ブラックがある。

類似車種として、ヤマハのYB-1やスズキのコレダなどが挙げられる。

ベンリィ50Sは、ベンリィCD50と共に、自動車排出ガス規制のため2007年に生産終了となった。


[編集] ベンリィCL50

ベンリィCL50は、1997年に発売された。ベンリィ50Sと同じくベンリィCD50からの派生車種である。

外見は往年のスクランブラータイプのベンリイCL50を再現している。

特徴として、オフロードパターンで、前後2.5インチ幅のキャラメルブロックタイヤの採用や、アップタイプマフラー、バー付きのアップハンドルなどが挙げられる。その他に、オフロードバイクをイメージしたフォークブーツや、リアにコイルスプリングを露出したサスペンション、ベンリイCL50に似た専用設計の5.8リットルのニーグリップラバー付きの燃料タンクなどがあった。ベンリィ50Sとは異なり、専用設計の部分が多いため、ベンリィCD50との共通部品は少ない。

カラーリングは、1997年のモンツァレッド(R-110)×マックスシルバーメタリック(NH132M)、1998年のテラブルー(PB190)×マックスシルバーメタリック、1999年のブラック(NH1)×マックスシルバーメタリックの3色がある。※()内はカラーNo.

しかし、市場の評価は思ったほど芳しくなく、2001年には生産終了となっている。


[編集] ベンリィCD90

ベンリィCD901967年に発売された。ベンリィC200からのモデルチェンジ車で、ベンリィCD50よりも一年先行して発売されている。

発売当時は、後に72ccのベンリィCD70となったベンリィCD65や、ベンリィCD125、ベンリィCD175など、今では考えられない程にラインナップが充実していた。その中で、性能のバランスの取れており、車両法等に合っているベンリィCD50・ベンリィCD90・ベンリィCD125が近年まで販売され続けることとなる。当時では、ベンリィCD50・ベンリィCD65・ベンリィCD70とは、フレームを含む多くの部分で共通の部品・装備が使われている。近年のモデルでもベンリィCD50と部品は大抵は共通のものである。

エンジンは、同クラスのスーパーカブ90の50ccエンジンベースのものとは別の、より精錬された空冷4サイクルSOHC・単気筒85ccのエンジンが採用されている。このエンジンは50ccのものとは違い、2次側クラッチが採用されている。50ccのエンジンと取り付け部が共通なエンジンの中で一番排気量が多い・二次側クラッチの条件に加えて、90ccクラスで唯一4速MTのため、現在ではモンキーやゴリラ等の4miniと呼ばれているホンダの車種での過度な改造のベースエンジンとしての需要が高まっており、個人売買などでは、エンジン単体で高値で取り引きが頻繁に行われている。これは、現存の車体が徐々に減っていく原因ともなりかねず、深刻な問題である。

仕様は、基本的にベンリィCD50と同じであるが、タイヤは安定性が増すように、前後ともに2.5インチ幅のものが採用されている。また、二人乗りが出来るように、リアキャリアに装着可能なタンデムシートがオプションとして販売されており、スイングアームには折り畳みが可能なタンデムステップが装備されている。

1996年にはベンリィCD50と同様にロードスポーツモデルのベンリィ90Sが発売されている。

ベンリィCD90は、2001年自動車排出ガス規制が適用開始になった際に発売が終了となった。同クラスのスーパーカブ90は、規制に対応して販売され続けたため、事実上は、技術的な問題ではなく、販売台数の伸び悩みになどによって生産終了が決定されたと思われる。


[編集] ベンリィ90S

ベンリィ90S1996年3月に発売された。ベンリィCD90の派生車種である。ベンリィ90Sの“S”は、ベンリィ50Sと同様にスポーツの意味である。アルファベットを使い、Benly90Sと表記されることもある。

発売の経緯については、ベンリィ50Sを参照。

ベンリィCD90からの変更点は、二人乗りが可能なシートベルト付きのダブルタイプのシートを採用している。その他のハンドルやチェーンカバーの変更や、エンジンのセッティングなどがベース車両のベンリィCD90と同一である点は、ベンリィ50Sと同じである。

ベンリィCD90と同じく、2001年に生産終了となっている。


[編集] ベンリィCD125・ベンリィCD125T

ベンリィCD1251966年に発売された。

ビジネス車でありながら、CB92の流れも汲む直列2気筒エンジンを搭載していたが、扱いやすさの点から2気筒を同時に上下させる仕様となっている(4ストローク360°クランクのため点火・爆発は交互)。1977年よりベンリィCD125Tに車名が変更され、1987年に5速ミッションへの改良を受けてからは、十数年間そのままの仕様で販売され続け、最終的には125ccクラス唯一のビジネス車両としての地位を確立させた。地域によっては、警察官の交番と警察署の移動手段として、近年スーパーカブ90への代替が行われる前までベンリィCD125Tがよく使われていた。

2001年の排出ガス規制では浄化装置を導入して適合させたが、2003年の加速騒音規制にはエンジンの構造から対応させることが出来ず、この年で販売終了となった。

[編集] 関連項目

  • CD250U - 位置付けとしてはドリームシリーズであるが、フレーム等の部品がベンリィシリーズのものと共通なものが多いことなどから見て、実質的にベンリィシリーズに近いと言える機種。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月24日 (火) 16:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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