ホンダ・ロードパル

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ホンダ・ロードパルは、本田技研工業1976年に発売したオートバイ原動機付自転車)である。ロードパルの存在は、1970年代後半から1980年代初頭に掛け行われた、メーカー間の原付販売競争(HY戦争の一部)のきっかけとなった。

目次

[編集] 概要

女性の使用も意識したファミリーバイク(レジャーバイク)として企画された。前カゴが付いた婦人用自転車(俗称、ママチャリ)の構造をベースにしたことで、重量を大幅に軽減したこと、また、女優のソフィア・ローレンをテレビコマーシャルに起用し、実際に運転する姿を用いたことで、オートバイという女性の抵抗感を払拭することに成功。1976年の爆発的なヒット商品となった。

なお、テレビコマーシャルで、ソフィア・ローレンが叫んだキャッチフレーズ「ラッタッタ」は、ロードパル自体の代名詞にもなり、気軽に使える印象をさらに深めることとなった。この掛け声は演出した大林宣彦が現場のノリで造ったものといわれている。

車体面では、2.2馬力の2ストロークエンジン回りとチェーンケースなどを、リアの車体と一体化し、画期的な小型化を図っている。こうした手法は、後のスクーターの発展に寄与することとなった。また、始動はペダルを踏み込みゼンマイを回す蓄力式であり、女性でも容易に始動できるような配慮が行われている。翌年2月17日から5,000円高で、それまでのロードパルに腕時計の自動巻き機構に酷似した「クイック・スターター」を付加した「ロードパルL」を追加した。これは後輪が一定距離進むと始動機構のゼンマイが自動的に巻き取られるというもので、次回始動時にはクイックボタンを押しながら後輪ブレーキレバーを引くだけでエンジンがかかるという使い勝手の良いバイクであった。その後派生車種として、ミセス向けに足元を守るレッグシールドを付加した「パルフレイ」、若い男性向けの「パルホリデー」「パルディン」がラインナップされていった。

[編集] 販売競争

1977年、競争相手のヤマハ発動機パッソルを発売し、更に1978年には同じく競争相手のスズキがユーディーミニを発売した。過激な値引きによるミニバイクの販売競争が幕を開けた。ホンダも小型スクーターを発売する一方、ロードパルの定価59,800円を半額近くに引き下げ、客寄せとして用いる販売戦略がとられた。このため当時の性能向上競争から距離を置いた車両となったことから、販売後期には「安かろう悪かろう」的なイメージがつきまとうこととなったが、1983年まで生産され続けた。

[編集] 後継車

1980年代初頭には、より自転車に近づけたホンダ・ピープルが後継車として投入された。しかし、価格面などでスクーターと遜色が無く、特段優れた売れ行きを見せることもなく、やがて製造が打ち切られた。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年5月24日 (日) 04:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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