ホープ自動車
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ホープ自動車(-じどうしゃ)は、かつて日本の軽自動車メーカーとして活躍した企業である。
1954年1月にホープ商会から改称し、1974年4月にホープへ改称された。現在は自動車業界から撤退し、遊戯施設向けアミューズメントマシン(エレメカ)の製造販売を中心に経営している。
1950年代中期に「ホープスター」ブランドの軽オート三輪を開発して軽三輪トラックの市場を開拓し、また日本初の軽四輪駆動車を開発したことでも知られる。
目次 |
[編集] 歴史
ホープ創業者の小野定良(1921年~2001年)は、戦前から兄の経営する小型自動車販売修理店で自動車修理業に従事する傍ら、三輪トラックに関する研究を重ねていた。当時の内務省の委託で、三輪自転車である「厚生車」を試作している。その後、マツダで1年間修理技術を学んだ後、陸軍に招集され輜重兵学校(陸軍自動車部隊)や機甲整備学校の教官助手となった。終戦後東京に戻った小野は、エンジン付き三輪トラックを試作するため1951年(昭和26年)に上野で個人商店「ホープ商会」を開業する。翌1952年(昭和27年)4月には株式会社に改組し、12月には長年の構想に基づいた三輪トラックを、軽自動車の規格枠内で開発し発売した。そのスタイリングは戦前の小型オート三輪に類似するオープンタイプであるがより軽快で、オプションで前面風防・屋根幌も装備できた。
特徴は、小さくても既存のオート三輪同様にチャンネルフレームやシャフトドライブを用いた本格的設計を採っていたこと、そして既存メーカー製三輪・四輪トラック用の市販補修パーツを巧みに多用していた点である。心臓となる空冷単気筒・サイドバルブ360ccエンジンは、設計自体は小野定良自身によるものであるが、そのピストンは「くろがね」750cc2気筒用、コンロッドやベアリング類はマツダ用などの流用など、ブロック及びヘッド本体以外の部品の多くが他社製品であった。そしてトランスミッション以降の駆動系統はダットサンのパーツをそのまま利用していたのである。
既存メーカー車両のパーツはすでに市販車で十分な実績を積んで信頼できる品質であり、供給面でも業販ルートから容易に入手できた。これは零細メーカーであるホープにとって都合が良く、またユーザーの立場からは品質やメンテナンス面での裏付けとなって信頼性を高めることになった。
ホープスターはその本格的設計で市場から好評を得て成功し、1950年代中期のホープ自動車は生産体制を急激に拡張することになる。技術的にも2ストロークエンジンの自社開発など、意欲的試みがなされた。
だがホープが開拓した市場は大手メーカーも着目するところとなり、1957年に大手オート三輪メーカーのダイハツが「ミゼット」を発売すると、価格競争力や販売網の脆弱なホープは急速に市場を奪われた。自社開発エンジンを新開発の社外のガスデン製に切り替え起死回生を狙ったが欠陥未完成エンジンで更に悪化する結果となった。また1960年以降の軽四輪トラック市場の拡大にも対応したものの、資本力の乏しさから他社の進歩に対する追随が困難で、元々大手に比べて一桁少なかった自動車生産の縮小が進み、1965年を最後に自動車業界からほぼ撤退した。
一方で、レジャーブームの伸長を捉えて進出した新しいニッチ業種である遊園地向け遊具生産では時流に乗って大きな成功を収め、業界の主要メーカーとなった。
小野定良は自動車分野での再起を目して、ユニークな軽四輪駆動車(ホープスターON型4WD)の開発を試みたが量産に至らず、その基本設計は廉価な代償で鈴木自動車工業 (現・スズキ)に譲渡されて、後のスズキ・ジムニーへと発展することになる。
- 1951年 - 個人経営の「ホープ商会」として東京都台東区で創業。
- 1952年 - 法人化されて株式会社ホープ商会となる。12月、軽三輪トラック「ホープスター」の試作車を完成。翌年から量産。
- 1954年 - ホープ自動車株式会社へ社名変更。東京都品川区田町に工場移転。
- 1957年 - 神奈川県川崎市に工場設置。
- 1960年 - 四輪軽トラックの製造および販売を開始。
- 1963年 - 大手自動車メーカーとの競合により販売不振傾向が顕著となっていたことから、新たな業態を模索して遊園地遊具分野に進出。
- 1965年 - 四輪軽トラックの製造・販売を終了(オート三輪は1963年で量産終了していた)。実質的な自動車業界からの撤退。
- 1967年 - 日本初の軽四輪駆動自動車「ホープスターON型4WD」を開発する。
- 1970年 - 大阪で開かれた日本万国博覧会のパビリオンに自動走行自動車『コンピューターカー』を出展する。
- 1972年 - 自動車販売から撤退し。中古車販売に専念する。
- 1974年 - 株式会社ホープに改称。
- 2002年 - ホープモータース、ホープ精機を吸収合併する。
- 2004年 - 精機事業部をアミューズメント事業部に統合。
[編集] 現本社住所
[編集] ホープスターブランドの製品
[編集] 三輪車
- ホープスター(ON型) 1953年
| ホープスター(ON型) | |
|---|---|
| 乗車定員 | 1人 |
| ボディタイプ | オート三輪 |
| エンジン | ON型 空冷 単気筒 2ストローク 356cc 15ps/5,000rpm |
| 変速機 | MT |
| 全長 | 2,820mm |
| 全幅 | 1,220mm |
| 全高 | 1,070mm |
| ホイールベース | 1,920mm |
| 車両重量 | 350kg |
| -このスペック表は試行運用中です- | |
- 4サイクル空冷単気筒の富士産業製エンジンを搭載。
- SY 1957年
- ユニークな逆U字燃焼室とダブルピストンを持つ、十条精機製ロータリーバルブ式2サイクルエンジンをアンダーフロアに搭載した軽オート三輪。2灯式ヘッドランプと曲面ウインドシールドキャブを装備。
- SY-2 1958年
- SM 1960年
- 丸ハンドル、小径ホイール(16 → 14インチ)化。
- ST 1962年
- 新エンジン採用、小径ホイール(14 → 12インチ)化。
[編集] 四輪車
- NT / ユニカー 1960年
- ホープ自動車初の4輪車。アンダーフロアエンジンながら短いボンネットを持つ。ピックアップとライトバンがあった。
- OT 1961年
- ユニカーの改良版。三輪のSTと共用部品を増やし、コストダウンを図った。
- OV 1962年
- 初のキャブオーバー型4輪車。
- OV-2
- ホープスター・ON型4WD 1967年
- 軽自動車初のオフロード4WDにして、ホープ自動車最後の製品。三菱からのエンジン購入台数から考えて、生産台数は100台と考えられている。[1]
軽快さを活かして、大型ジープ以上の機動性を実現した。自社で全ての部品を開発する事が困難であるため、三菱の軽トラック用エンジンなどを使用していた。
商業的には成功せず、三菱に製造権買取を打診するも拒否される。その後交渉を行ったスズキの鈴木修が関心を示し、スズキエンジンの試作車が3台作られた。試験結果が良好であったことから、ON型4WDの製造権は鈴木自動車工業に買い取られ、その後、設計を一からやり直し、同社のジムニーとして発売された。
[編集] 地方支社
- 和歌山ホープ自動車
- 西播ホープ自動車
- 香川ホープ自動車
- ホープ自動車販売
- 奈良ホープ自動車
[編集] 脚注
- ^ 石川雄一・二階堂裕・CCV編集部 『NEWジムニーブック 1970-2007』 大日本絵画 2007年 ISBN 9784499229470
[編集] 参考文献
- 岩立喜久雄 <轍をたどる6 軽に希望を求めて> 『Old-timer』No.56 八重洲出版 2001年
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月15日 (日) 16:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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