ボルグワルド
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ボルグワルド(Borgward )はかつてドイツに存在した自動車メーカー。創業者はカール.F.W.ボルグワルド(Carl F. W. Borgward 、1890-1963年)で、本社はブレーメンに置かれていた。なお「ボルグワルド」は英語読みで、ドイツ語での発音は「ボルクヴァルト」に近い。
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[編集] 歴史
[編集] 第二次世界大戦以前
カール・ボルグワルドは1920年、共同出資者Wilhelm Tecklenburgと共に"Bremer Kühlerfabrik Borgward & Co"を設立。
1924年には、彼が最初に設計・製造した自動車である「Blitzkarren」(稲妻カート)と呼ばれた2馬力の超小型三輪デリバリーバンが登場、個人商店の運搬用や郵便配達車として市場の隙間を埋めて成功した。
翌1925年にはゴリアーテ(Goliath)三輪トラックの製造を開始、1931年にはHansa-Lloyd-Werke社を吸収合併し、ハンザ、ロイド、ゴリアーテ各車を生産する企業体、ボルグワルド・グループを作り上げた。
1937年に登場した乗用車「ハンザ・ボルグワルド2000」が1939年に「ボルグワルド2000」に改称されると、会社名及び彼の名前自体が車名としても用いられるようになる。この頃にはブレーメン近郊の大工場の従業員数は22,000人に達していた。
[編集] 戦中
第二次世界大戦中は軍用トラックや無限軌道による爆薬運搬車ゴリアテシリーズ、ボルクヴァルトIVなどの製造を行った。
[編集] 戦後
第二次世界大戦中は軍用車やトラックの製造に追われたが、1950年には初の戦後型ボルグワルド・ハンザ1500をデビューさせる。前年に登場した1949年型フォードの影響が色濃いデザインは当時の旧西ドイツでは斬新で、フォルクスワーゲンやオペルとメルセデス・ベンツのギャップを埋めるアッパーミドルクラスの乗用車としての地位を確立する。ハンザ1500は1954年にボルグワルド・イザベラに発展。セダンはなぜか2ドアのみとなるが、流麗なデザインの2ドアカブリオレやクーペも登場し、今日のBMW3シリーズに近い高性能・高品質中型ドイツ車として人気を集めた。
ボルグワルドは更に16バルブ1500ccエンジンを開発してフォーミュラ2レースに出場したり同エンジンを搭載したスポーツクーペを少数生産するなどモータースポーツでも活躍、直列6気筒エンジンを搭載してメルセデス・ベンツの牙城に挑むボルグワルド・ハンザ2400、エアサスペンションを搭載したボルグワルド・P100などの高級車も生産した。カール・ボルグワルドはワンマン経営者・技術者としてこれら製品[1]のディテールに至るまでその設計をコントロールした。
1960年代近くなるとイザベラはじめ各ブランドの主力車種のデザインに旧態化が目立つようになり、高級車の販売成績もメルセデスの敵ではなく不振続きであった。起死回生を図って投入されたロイド社の新型車アラベラには品質面での問題が残っていた。ボルグワルドの業績は下降線を辿り、1961年に経営破綻し破産宣告を受けた[2]。
工場施設の一部はドイツの商用車メーカー・ハノマーグ社に引き継がれ、イザベラとP100の生産設備はメキシコに売られ、1970年まで生産された。一生をかけて育て上げた企業を失ったカール・ボルグワルドは1963年に72歳で死去した。
[編集] 脚注
最終更新 2009年5月1日 (金) 14:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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