ポストモダン

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ポストモダン(Postmodern)とは、「モダン(近代)の次」という意味であり、モダニズム(近代主義)がその成立の条件を失った(と思われた)時代のこと。ポストモダニズム(Postmodernism)とは、そのような時代を背景として成立した、モダニズムを批判する文化上の運動で、近代の行詰りを克服しようとする動きのこと。

主に哲学思想文学建築の分野で用いられた語。

目次

[編集] 哲学・思想

フランスを中心に興った思想で、ドイツ圏のニーチェマルクスフロイトハイデッガーらの思想を源泉とする。

直接的な契機としては、高度に自己完結的なものとして把握され、人間理解の基礎的な枠組みとして汎用的かつ実体的に前提される近代的な「主体」概念に対して構造主義によって提起された批判が背景にある。

構造主義の立場をとる研究者たちによって、潜在的な構造的規定要因によって主体そのものやその判断、およびその可能な選択肢が構成され、あるいは少なくとも制約されているのであって、近代的な個や主体を思想の前提として素朴に一次的で自立的なものとして実体視することはできない、ということが主張された。

フランス思想の文脈では、それまで有力であったサルトルの実存主義の、自由を不条理にも絶対的に運命づけられた意志的な主体、という発想に対する批判という文脈において主として議論となった。

近代=モダンに特有の、あるいは少なくともそこにおいて顕著なものとなったものとして批判的に俎上に挙げられたものとしては、自立的な理性的主体という理念、整合的で網羅的な体系性、その等質的な還元主義的な要素、道具的理性による世界の抽象的な客体化、中心・周縁といった一面的な階層化など、合理的でヒエラルキー的な思考の態度に対する再考を中心としつつも、重点は論者によってさまざまであった。

このそれ自体はプロパーな科学の領域にあった構造主義を哲学や思想が継承した経緯をさして、アナロジー(類推)で一部借用したにすぎない、との批判がなされた。様々な主張があり一概に語ることは出来ない。

ポストモダニズムとは必ずしもイコールではないが、構造主義以後に構造主義を批判しつつ継承して出てきた思想傾向をポスト構造主義と呼ぶ。

[編集] リオタールによる定義

リオタールは『ポストモダンの条件』を著したが、彼によれば、「ポストモダンとは大きな物語の終焉」なのであった。

ヘーゲル的なイデオロギー闘争の歴史が終わる」と言ったコジェーヴの強い影響を受けた考え方である。例えばマルクス主義のような壮大なイデオロギーの体系(大きな物語)は終わり、高度情報化社会においてはメディアによる記号・象徴の大量消費が行われる、とされた。この考え方に沿えば、"ポストモダン"とは、民主主義科学技術の発達による一つの帰結と言える、ということだった。

[編集] 様々な"ポストモダニスト"

"ポストモダニスト"と言っても、人が自らを指して"ポストモダニスト"だ、と言っているのではないことに深く注意する必要がある。あくまで一部の評論家が勝手に"ポストモダニスト"と形容しただけのことである。

それでも参考までに"ポストモダニスト"を挙げるならば以下のようになる可能性はある。

この人々のなかで自らの概念として「ポストモダン」を引き受けたのはリオタールだけである。フーコーやドゥルーズなどは、この言葉に強い嫌悪を表明した。

[編集] 文学

ポストモダン文学を参照。

[編集] 社会学

社会学では、ポストモダン哲学の影響を強く受け、従来の部分/全体の二元論的発想、近代的自我に根ざした社会分析を離れつつも、難渋かつ抽象的な哲学論議に深入りすることなく、「主体の脱中心化」のテーマに則った経験的記述の方法論が彫琢されている。

代表的には、「アクターネットワーク理論」のブルーノ・ラトゥール、「移動と場所の社会学」のジョン・アーリ、「非表象論」のナイジェル・スリフト、そして、レジス・ドブレに始まるメディオロジーを挙げることができる。

[編集] 建築・デザイン

建築においては、装飾を排して「禁欲的な四角い箱」とも評される機能主義・近代合理主義に基づくモダニズム建築に対する反動として現れた。多様性、装飾性、折衷性、過剰性などを特徴とする建築のことで、1980年代はポスト・モダンの時代であると盛んにいわれ、それらの手法を顕著に具現し内・外観を特徴づけられて多くが建設された。とくに日本では「バブル経済」とも呼ばれた好景気に支えられて、ふんだんな建設費を背景に様々な実験とも見られる建築デザインが試みられ、長期の企画~工事期間を要求される建設事業においてはバブル崩壊後の90年代にまでその後遺は及んだ。一般に、現代人が外見的に見て特異な印象をうけるその時代の建築物は、ポスト・モダンの影響を受けたデザインのものであることが多い。(→「ポストモダン建築」を参照)

当初、「ポスト・モダニズム」という言葉も使われたが、「イズム(-ism)」とするほどの方法論構築もかなわず、のちには「ポスト・モダン」として定着し、単なる流行現象として扱われ現在では余り用いられることはない。元来は近代建築の合理的画一性や単調さに対しての反省や批判からおこった建築スタイルではあるが、あまりの過剰性・奇異性などのあおりを受けて次の時代への可能性に至らず、模索の範囲に留まった一過的な建築表現として片付けられようとしている。一部には近代直前のアール・デコアール・ヌーボー様式などの装飾性への参照も見られたり、あるいは脱構築主義建築のように破壊的な挑戦もあったが、建築の商業的ファッション性やセンセーショナリズムの枠の中だけに留められ、外観や内装の表面的な部分だけが情報化の渦に飲み込まれてしまっている。また、この時代の洗礼を受けた当時の若手が中堅設計家となった現代にいたっては、次代の明確なデザイン理論を模索する途上で、設計の場面あるいは実際に竣工した建築において「ポスト・モダン」の影響を受けた傾向もしばしば見られる。

ポスト・モダンのプロダクト・デザインには、イタリアのデザイン集団「メンフィス」(Memphis)がある。デザイナーのエットレ・ソットサスを中心に1981年に結成され、当初はミケーレ・デ・ルッキらイタリア人で構成され、後にインターナショナルになった。独自の形態、明るい色彩に特徴があり家具・生活用品などにその無国籍なデザインと才能が評価され、世界的に知名度が高まった。好景気に沸いた1980年代の東京には世界中からポスト・モダンデザインのインテリアや商品、什器や建築物があふれた。

[編集] 音楽

ピエール・ブーレーズカールハインツ・シュトックハウゼンによって1950年代に推進されたトータル・セリエリズムは、その固定的な作曲法より批判を受け衰退することとなる。その後のポスト・セリエリスムとして主導的な役割を担った作曲家はジェルジ・リゲティ、イアニス・クセナキスジョン・ケージが挙げられよう。とくにケージの提唱した諸概念はケージ・ショックと呼ばれるほどの衝撃をもたらすこととなった。

しかし1970年代前後からそれらも技法のマイナー化に拍車がかかり、前衛の停滞と呼ばれる現象を起こす。

前衛の停滞以後に生まれた諸流派、例えば多様式主義スペクトル楽派新しい単純性新しい複雑性ヴァンデルヴァイザー楽派ミニマル音楽は全てポスト・モダンと位置付けられる。ポスト前衛と呼ばれることも多い。代表的な例は、フランコ・ドナトーニトム・ジョンソンヘルムート・ラッヘンマン近藤譲のような一連のポスト構造主義者である。

しかし、これらの潮流の寿命が押しなべてどれもこれも短く、ポストモダンの脆弱さを浮かび上がらせることとなった。現在ではこれらのポストモダンに関った作曲家ではなく、モダンに関った戦前世代に教えを乞う若手作曲家のほうが強いという、珍現象すら生むに至っている。

[編集] 批判

ポストモダンの思想家(評論家)は、ポストコロニアリズムカルチュラル・スタディーズから、非西洋文化圏への強い偏見が残っていると指摘され、批判された。

また、物理学者ソーカルによって、ポストモダンを標榜する人々が、衒学的であり(読者が解らないことをいいことにデタラメな数式で根拠づけており)、行き過ぎた相対主義である、として非難された(ソーカル事件参照)。

  • 『「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用』アラン・ソーカル著(岩波書店, 2000年)
  • 『アナロジーの罠―フランス現代思想批判』ジャック・ブーヴレス著(新書館, 2003年)
  • 福田和也と“魔の思想”―日本呪詛(ポスト・モダン)のテロル文藝』中川八洋著(清流出版, 2005年)

なお、近年ではヨーロッパを中心に1989年ベルリンの壁崩壊をもって「近代」と「現代」を区分すべきだという議論が存在しており、この論に従った場合にはポストモダンそのものが「近代」の出来事の一つとして扱われてしまうという矛盾が生じてしまうことになる。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月30日 (水) 12:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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