ポツダム会談
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ポツダム会談(ポツダムかいだん)は、ナチス・ドイツ降伏後の1945年7月17日~8月2日、ベルリン郊外のポツダムに、米国、英国、ソ連の3カ国の首脳が集まり、第二次世界大戦の戦後処理と日本の終戦について話し合われた会談。
目次 |
[編集] ポツダム会談の概要
- 時期
- 場所
- 主な出席者
- アメリカ合衆国大統領:ハリー・S・トルーマン
- 英国首相:ウィンストン・チャーチル(途中に選挙で政権が交代しクレメント・アトリーと交代)
- ソビエト連邦共産党書記長:ヨシフ・スターリン
[編集] ポツダム会談の内容
会談では主に第二次世界大戦の戦後処理とソ連の対日参戦を含めた日本の終戦について話し合われた。会談の結果は以下の通りである。
- 1937年以降のヨーロッパでのすべてのドイツが併呑した領土の返還と、オーストリアのドイツからの分離。
- ドイツの民主化、非武装化、非ナチス化。
- 1945年2月のヤルタ会談での合意を踏まえたドイツ、オーストリアの分割統治とベルリン市とウィーン市の分割統治。(ポツダム協定)
- ナチスの戦争犯罪の追及。
- オーデル・ナイセ線をドイツとポーランドの暫定国境とする。
- ドイツ本国外に居住するドイツ人の帰還。
- 連合国に対するドイツの戦後賠償請求額は2,000億$に上ると計算されるが、ドイツに対しては200億$の返済を要求する。
- 連合国として日本に対するポツダム宣言の発表。
[編集] 関連会談
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年11月20日 (金) 15:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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