マイカルハミングバード

マイカルハミングバードの最新ニュースをまとめて検索!

株式会社マイカルハミングバード(MYCAL HUMMINGBIRD CO.,LTD.)とは、かつて存在した日本のレコード会社の名前。前身の株式会社ハミングバードについてもこの項で扱う。

目次

[編集] 沿革

1983年、ハミングバード設立。流通大手のニチイ(現・マイカル)が70%を出資し、ニチイグループを含む広告の製作を行っていたが、翌1984年より音楽事業に本格参入。同年4月21日、第1弾として原田伸郎らの作品がリリースされた。

1985年には中村あゆみのシングル『翼の折れたエンジェル』がカップヌードルのCMソングとなり大ヒット。同じ年にデビューした浅香唯は、当初ヒットに恵まれなかったものの、1987年、フジテレビ系ドラマ『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』で主役を務めたのをきっかけに歌手としてもブレイクした。また、1989年に公開された主演映画『YAWARA!』では、マイカルグループが製作に参加している。

ハミングバード設立当初はビクター音楽産業(現・ビクターエンタテインメント)と販売提携していたが、パイオニアが資本参加したのを機に[1]、パイオニアLDC(現・ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン)に変更された。

1990年は第2次バンドブームの最中であり、ハミングバードからも女性バンドPINK SAPPHIREが登場。デビューシングルで、フジテレビ系月9ドラマキモチいい恋したい!』主題歌『P.S.I LOVE YOU』がヒットした。

1992年、事業の不振に伴い旧ハミングバードを清算、新たにマイカルハミングバードを設立。新会社に音楽事業を承継し(パイオニアLDCとの販売提携も継続)、あわせてグループ内の広告・販促業務も集約した[2]

翌1993年には松田樹利亜『だまってないで』などのヒットもあったが、その後も大型アーティストに恵まれず、1994年8月、音楽・映像事業をワーナーミュージック・ジャパンに譲渡[3][4]。その後、マイカルハミングバードは清算された。

音楽事業の譲渡先がワーナーミュージック・ジャパンになったのは、ワーナー・ブラザーズとマイカルが複合映画館事業で合弁会社(ワーナー・マイカル)を設立していた事も関係している。

ハミングバードはその後もワーナーミュージック内の一レーベルとしてしばらくは存続したが、現在はレーベル名としても完全に消滅し、ハミングバード音源の再発売盤やコンピレーション盤では、ワーナーミュージックのロゴが使われている。

ハミングバード時代にも映像事業が行われていたが、マイカルハミングバードの設立後の1992年、映像事業専門レーベルtaxco(タスコ)が立ち上げられ本格始動した。販売元はバンダイビジュアルと提携し、レーザーディスクを中心としたラインナップを揃えていった。 ハミングバード時代の販売元であったビクター音楽産業製作のメガゾーン23シリーズ、ウインダリアBIRTHなどのOVA作品。円谷プロダクション製作のウルトラマンシリーズなど実写特撮作品を発売し好評であった。

マイカルハミングバード解散後、taxcoレーベルは他社へ引き継がれることもなく消滅した。

[編集] 作品をリリースしていた主なアーティスト

(50音順)

[編集] 備考

[編集] 脚注

  1. ^ 日経流通新聞・1989年12月28日付の記事より
  2. ^ 日経流通新聞・1992年4月28日付の記事より
  3. ^ 日本経済新聞・1994年8月19日付の記事より
  4. ^ ワーナーミュージック・ジャパンもパイオニアLDCと販売提携関係にある。

最終更新 2009年9月9日 (水) 11:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【マイカルハミングバード】変更履歴

ご利用上の注意