マイク・ザンビディス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | マイク・ザンビディス Μιχάλης Ζαμπίδης |
| 通称 | 鉄の拳 アイアンマイク(Iron Mike) ザンボ(Zambo) |
| 階級 | ミドル級(K-1) |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1980年6月15日(29歳) |
| 出身地 | |
| スタイル | キックボクシング 空手、ボクシング |
マイク・ザンビディス(Mike Zambidis、男性、1980年6月15日 - )は、ギリシャアテネ出身のキックボクサー。身長167cm、体重69kg。アイアン・ジム所属。“鉄の拳”の異名を持つ。
小柄な体にスキンヘッド、試合時は常に紺のショートパンツを着用する異色のファイター。ローキックをどれだけ浴びても全く退かない勇敢なファイトスタイルと個性的なルックスはファンの支持を集めている。右ローのフェイントからのスイッチブロー・左ボディからの右ローキックや飛び蹴り・ヒザ等を多用する。
パンチの殆どがフック系のため、顔面を挟みこむようなブロックに対して攻めあぐねる傾向がある。そのため、ガードの隙間を縫うようなパンチが欲しいと解説者から指摘されることが多い。
体格・ファイトスタイル故にアルバート・クラウス、山本"KID"徳郁などパンチを武器とし真っ向から打ち合うファイターとは噛み合うが、小比類巻貴之や魔裟斗、佐藤嘉洋のようにリーチ差を生かしアウトボックスをされると、脆くなる傾向がある。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] アマチュア時代
6歳まで体操をしていたザンビディスは、その後松濤館流空手を2年間経験し茶帯を獲得。
11歳の時に空手道場でキックボクシングの練習が開始。練習を始めて2か月程度で試合に参加し、キックボクシングのギリシャ・ジュニア王者のタイトルを獲得した。
15歳になる頃には既にキックボクサーとして大人とも対戦し、16歳でアマチュア戦歴は60戦48KOに達していた。
16歳から3年間アマチュアボクシングも経験。国内王者となり、ジュニアナショナルチーム入りを果たした。アテネオリンピックの際にはギリシャ代表候補にもなったが、K-1を優先させるために辞退した。
同時期、ギリシャで開催された「Best of the Best」75kgトーナメントに負傷して試合に参加できなくなった選手の代わりに参加。体重62kgではあったものの3試合を勝ち抜き優勝し、この時を境にプロキックボクサーとなることを決意。
[編集] プロキックボクサー時代
2000年11月19日、オーストラリアで開催された「K-1 OCEANIA STAR WARS 2000」のスーパーファイトに出場。スタン・ザ・マンが創設した世界オリンピックキックボクシング協会(WOKA)の世界スーパーウェルター級王者決定戦でバリス・ネジフと対戦。12RにレフェリーストップによるTKO勝ちで王座を獲得した。
2001年4月3日、オーストラリア・ビクトリア州メルボルンクラウンで行われたWAKOの防衛戦で、クロングサック・レック(タイ)を執拗なボディー攻撃で、8RにレフェリーストップによるTKO勝ちで同王座の防衛に成功する。11月11日、「K-1 WORLD MAX OCEANIA 2001」に出場。1回戦でマイク・コープに1RでTKO負け(カットによるレフェリーストップ)を喫した。
2002年11月26日、「K-1 WORLD MAX OCEANIA 2002」に出場。1回戦でビリー・マムーに2RKO勝ち、続く準決勝ではジェンク・ベヒックに3RKO勝ち、決勝ではジョン・ウェイン・パーを3R判定勝ちで下し優勝。
2003年2月18日、オーストラリア・メルボルンで開催された「NO RESPECT」でISKA世界スーパーウェルター級タイトルマッチ(2分12R)をニクラス・ヴィンベリ(スウェーデン)と行う。3Rに2度のスタンディングダウンを奪うと、直後に右フックでKO勝ちし、王座防衛を果たした。同年3月1日に来日。「K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜」のスーパーファイトで、初代優勝者アルバート・クラウスと対戦し、2R右フックでKO勝ち。
2003年5月17日、イタリア・ミラノで開催された「KING OF THE RING」のスーパーウェルター級トーナメントに出場し、3試合勝利し優勝。7月5日に「K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜」の1回戦で魔裟斗と対戦し、序盤は優勢となるも押し倒されるような形での不可解なダウンが響き判定負け。
2004年4月7日、「K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」の1回戦でHAYATOと対戦。3Rに右フックでダウンを奪い判定勝ち。7月7日、「K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント〜」の準々決勝で小比類巻貴之と対戦、判定負け。8月にナソス・アルギロプロス(元ギリシャムエタイスーパーミドル級王者)を新しいトレーナーとした。
2004年11月28日、オーストラリア、メルボルンで開催された76kg級のワンデイトーナメント「A-1 World Combat Cup」に出場。1回戦でピート・スプラットに2RKO勝ち、準決勝でプリンス・ハミッドに判定勝ち、決勝戦でグルカン・オスカンに判定勝ちを収め、優勝を果たした。
2005年3月12日、シドニーで開催された「GREECE&SERBIA FIGHTS THE WORLD」のキング・オブ・ザ・リング世界ミドル級タイトルマッチで、ゴラン・ボロビッチ(クロアチア)を5Rに右フックでKOし、新王者となった。4月30日、フランスリヨンで開催された「A-1 World Combat Cup」に出場予定であったが、出場をキャンセルした。翌月の5月4日に「K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」のスーパーファイトに出場。山本"KID"徳郁と対戦、右フックで失神KO勝ち。
2005年7月20日、「K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜」の準々決勝で魔裟斗と2年ぶりに再戦。3Rにダウンを奪われ、判定負け。同年11月7日、オーストラリアのメルボルンで開催された「NO RESPECT 3」にて、WKBF世界スーパーウェルター級王座に挑戦。トルコのカラ"ザ・スーパートルク"ムラットに5R3-0の判定勝ちで同王座を獲得。
2006年4月5日、「K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」の1回戦で佐藤嘉洋と対戦、判定負け。同年6月28日、K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜の1回戦でドラゴに延長判定勝ち。
2007年10月3日、「K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜」の準々決勝でアルトゥール・キシェンコに延長判定負け。終始キシェンコのリーチとブロックワークに苦戦していた。12月9日、地元ギリシャでベルナルド・マーバン・デラホーラにKO勝ち。
2008年3月3日、オーストラリア・メルボルンのボーダフォンアリーナで行われた、「NO RESPECT 4」のA1世界ミドル級タイトルマッチでダニエル・ドーソンと対戦。判定勝ちした。
2008年4月9日、K-1 WORLD MAX 2008のトーナメント1回戦で前年度王者のアンディ・サワーと対戦。延長Rまで縺れ込むも、最後は左ハイキックでKO負け。
2008年7月7日、K-1 WORLD MAX 2008のトーナメント敗者復活戦でアルバート・クラウスと対戦し、3R終了時、左目カットによるTKO負け。
2009年5月8日、オーストラリア・メルボルンで開催された「It's Pay Back Time」でジョン・ウェイン・パーと再戦。5R判定で敗れる。
[編集] 戦績
- アマチュアキックボクシング: 60戦 ?勝 48KO ?敗
[編集] プロキックボクシング
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 70 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 59 勝 | 45 | 0 | 0 | |||
| 11 敗 | 3 | |||||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | ジョン・ウェイン・パー | 5R終了 判定 | It's Pay Back Time | 2009年5月8日 |
| ○ | ラッサン・ムハーブ | 3R終了 判定 | WKN ITALY | 2009年1月31日 |
| × | アルバート・クラウス | 3R終了時 TKO(左目カット) | K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL8 【敗者復活戦】 |
2008年7月7日 |
| × | アンディ・サワー | 延長R 2:05 KO(左ハイキック) | K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL16 【1回戦】 |
2008年4月9日 |
| ○ | ダニエル・ドーソン | 5R終了 判定2-1 | NO RESPECT 4 【A1世界ミドル級タイトルマッチ】 |
2008年3月3日 |
| ○ | ベルナルド・マーバン・デラホーラ | 3R KO | UrbanFighter | 2007年12月9日 |
| × | アルトゥール・キシェンコ | 延長R終了 判定0-3 | K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜 【準々決勝】 |
2007年10月3日 |
| ○ | ドラゴ | 延長R終了 判定3-0 | K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜 【1回戦】 |
2007年6月28日 |
| ○ | 武田幸三 | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD MAX 2007 〜世界最終選抜〜 | 2007年4月4日 |
| ○ | TATSUJI | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD MAX 2006 〜世界王者対抗戦〜 | 2006年9月4日 |
| × | 佐藤嘉洋 | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜 【1回戦】 |
2006年4月5日 |
| ○ | マイケル・ハンスグット | 5R終了 判定 | Great kickboxing spectacle | 2006年3月12日 |
| × | ブアカーオ・ポー.プラムック | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD MAX 2006 〜日本代表決定トーナメント〜 | 2006年2月4日 |
| ○ | カラ"ザ・スーパートルク"ムラット | 5R終了 判定3-0 | NO RESPECT 3 【WKBF世界スーパーウェルター級タイトルマッチ】 |
2005年11月7日 |
| ○ | 鈴木悟 | 2R 1:17 KO(右ローキック) | K-1 WORLD MAX 2005 〜世界王者対抗戦〜 | 2005年10月12日 |
| × | 魔裟斗 | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜 【準々決勝】 |
2005年7月20日 |
| ○ | カラ"ザ・スーパートルク"ムラット | 判定3-0 | Professional Title Gala | 2005年6月5日 |
| ○ | 山本"KID"徳郁 | 3R 0:39 KO(右フック) | K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜 【スーパーファイト】 |
2005年5月4日 |
| ○ | ゴーアン・ボーアーウィック | 5R KO | Greece and Serbia Fight The World, Sydney | 2005年3月12日 |
| ○ | "ヘッドハンター"スタンリー・ナンデックス | 1R KO | Kicker V Boxer Melbourne | 2005年2月20日 |
| ○ | グルカン・オズカン | 12R KO | - | 2004年11月30日 |
| ○ | グルカン・オズカン | 判定 | A-1 World Combat Cup Tournament, Melbourne | 2004年11月28日 |
| ○ | ピート・スプラット | 2R KO | A-1 World Combat Cup Tournament, Melbourne | 2004年11月28日 |
| ○ | 小次郎 | 1R 2:21 KO(右フック) | K-1 WORLD MAX 2004 〜世界王者対抗戦〜 | 2004年10月13日 |
| × | 小比類巻貴之 | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント〜 【準々決勝】 |
2004年7月7日 |
| ○ | HAYATO | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜 【1回戦】 |
2004年4月7日 |
| ○ | グルカン・オズカン | 12R KO | No Respect 2, Melbourne | 2003年11月30日 |
| × | 魔裟斗 | 3R終了 判定1-2 | K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜 【1回戦】 |
2003年7月5日 |
| ○ | ワンロップ・ソー・サーッタパン | 5R 判定 | KICKBOXING SUPERSTAR WORLD GRAND PRIX QUALIFICATIONS | 2003年5月17日 |
| ○ | アルバート・クラウス | 2R 0:16 KO(右フック) | K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜 | 2003年3月1日 |
| ○ | ニックラス・ウィンバーグ | 3R KO | No Respect, Melbourne | 2003年2月17日 |
| ○ | ジャンク・ヒベック | 6R KO | World Super Welterweight Title Melbourne | 2002年12月8日 |
| ○ | ジョン・ウェイン・パー | 3R終了 判定 | K-1 WORLD MAX OCEANIA 2002 【決勝】 |
2002年11月26日 |
| ○ | ジェンク・ベヒック | 3R TKO | K-1 WORLD MAX OCEANIA 2002 【準決勝】 |
2002年11月26日 |
| ○ | ビリー・マムー | 2R TKO | K-1 WORLD MAX OCEANIA 2002 【1回戦】 |
2002年11月26日 |
| × | マイク・コープ | 1R TKO(レフェリーストップ) | K-1 WORLD MAX OCEANIA 2001 【1回戦】 |
2001年11月11日 |
| ○ | シャノン"F-16"フォレスター | 3R KO | World Super Welterweight Title Gold Coast | 2001年9月8日 |
| ○ | ポール・シャーイン | 1R KO | World Super Welterweight Title Sydney | 2001年9月1日 |
| ○ | ハッサン・カスリオイ | 6R KO | CHAMPIONS LEAGUE KICKBOXING MANIA | 2001年5月19日 |
| ○ | クローンサック・レック | 8R TKO | World Super Welterweight Title Crown | 2001年4月3日 |
| ○ | バリス・ネジフ | 12R KO | K-1 Oceania Star Wars | 2000年11月9日 |
[編集] 獲得タイトル
- アマチュア
- Best of the Best 75kg級 トーナメント 優勝
- アマチュアボクシング・ギリシャ王者(1996年)
- プロ
- ISKAバルカン半島王座(1997年)
- World Profi ヨーロッパミドル級王座(1998年)
- WOKA世界ミドル級王座(2000年)
- K-1 WORLD MAX OCEANIA 2002 優勝(2000年)
- KOTR世界ミドル級王座(2005年)
- King Of The Ring イタリア大会 優勝(2003年)
- A-1 World Combat Cupトーナメント 優勝(2004年11月)
- WKBF世界スーパーウェルター級王座(2度防衛)
[編集] 関連項目
[編集] 出典
[編集] 外部リンク
- IRON MIKE ZAMBIDIS - 公式ウェブサイト
- K-1 選手データ
最終更新 2009年8月26日 (水) 09:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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